第12話 デート
高級なレストランというものは、適度に照明を暗くしなくてはならないという決まりでもあるのだろうか?
ムーディーなシャンデリア風の照明が照らす店内で、僕はそんな事を考えた。
予約済みである事を伝えると、奥からやってきたウェイターが僕たちを個室に案内してくれた。
髪を整髪料でオールバックにまとめていたウェイターは、まるで背中に定規でも入っているのではないかと感じるほど姿勢が良く、歩く姿も様になっていた。
普段は手頃な店で食事を済ませる僕としては、その美しい所作に感心させられる(もっとも、気疲れしそうなので普段通いはしないだろうが)。
案内された個室は、やはり受付で見たようなシャンデリア風の照明が一つぶら下がっており、微妙に薄暗い照明が向かい合ったテーブルの上を照らしていた。
ウェイターの持ってきたメニューから、おすすめの適当な赤ワインを注文する。花沢にも尋ねると、特にこだわりは無いのか、「同じやつで良い」との事だったので同じものを注文した。
ウェイターが下がると、花沢はキョロキョロと周囲を見回してポツリと呟く。
「……私、個室のレストランなんて初めて」
僕より金がある筈の彼女だが、きっと外食にあまり興味がないのだろう。そも、自分がいくら金を稼いでいるのか知らないという可能性もある。
少し気まずそうにしている花沢を見て、思わずクスリと笑ってしまった。
「……なによ。アンタはこういう場所慣れてるってわけ?」
「いいえ、別に慣れているわけじゃないですが……まあ、初めてでは無いというくらいですね」
苦笑する僕に、やはり花沢は少し不機嫌そうに苦言を呈した。
「……敬語は止めて。今は仕事中じゃないでしょ?」
「それは…………まあ、それもそうか。じゃ、遠慮無く」
広義で言えば、会社の経費を使っている関係上、今も仕事中と言えなくも無いのだが、まあ細かい事はいいだろう。
大学の後輩である彼女に対して敬語を使っていたことに、特に深い意味は無い。
ただ、仕事中にプライベートを持ち出すのは、何だか良くないことのように思えたから、仕事中は敬語で話すようにしていたのだった。
ウェイターが注文したワインを持ってきた。
濃い赤色をした液体が、ウェイターの手によってグラスに注がれる。かすかにブドウが香ったが、普段あまり酒を飲まない身からしてみれば、それが良いものなのかはわからない。
「シャペル・シャンベルタングラン・クリュです。果実の爽やかな香りがします。飲んだ後の余韻をお楽しみください」
シャペルなんとかいう長い名前は覚えられなかったが、どうやら余韻を楽しむものらしい事は理解できた。
ウェイターが下がった後、花沢と乾杯する。
硝子同士のぶつかる澄んだ音。
クイッと一口飲み込むと、安もののワインでは感じられない瑞々しい果実の風味がした。経費だからと少し高めのものを注文したが、やはり良い酒とは飲みやすいらしい。
先程まで緊張していた様子も花沢も、アルコールが入って少しリラックスできたようだ。優雅にワイングラスを傾けている。
グラスを持った彼女の手を見る。
つけ爪でもしているのか、いつもは咬みすぎてボロボロになっている彼女の爪は、ネイルで綺麗に飾り付けられていた。
何故か少し心がざわつく。
ウェイターが前菜を運んできた。
僕は心のざわつきを悟られぬよう、そっと深呼吸をするのだった。
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