第11話 デート
待ち合わせの場所は、予約したレストラン最寄りの駅。
先に着いてしまった僕は、何となく壁に寄りかかりながら、せわしなく移動している人々をボンヤリと眺めていた。
待ち時間にスマホを眺めるのは好きじゃ無い。
何となく、この小さな通信機器に、自分の時間を吸われているような気がしてならないからだ。
何もせず、ぼんやりと立っていると、時間が長く感じる。
地面に落ちたゴミ、壁についている黒いシミ。
急いでいるときは目に入らない、些細な事が認識できるようになる。
世界が広がっている。
何もしない時間というものは、贅沢なものだ。
特に、今の世の中ではソレを手にしている社会人というものはあまり居ないように感じる。 勤勉な人間ほど、その贅沢が許せないらしく、隙間時間があれば何か予定を入れようとしている。
時間はこんなにもゆっくりと流れているのに、現代人は誰もそれを知らないのだ。
チラリと腕時計を確認する。
約束の時間を数分過ぎているが、花沢が現れる様子はない。
彼女は気まぐれだから、今日は来ないかもしれない。それとも、原稿に夢中になって、約束の時間を忘れているのかも。
それでもいいような気がした。
彼女は根っからの小説家だ。
小説を書く。それだけに特化した天才。
彼女に凡人のルールを押しつけるのは、何だか歪だと、そう感じる自分がいる。
だから、花沢が約束の時間に遅れようと……約束自体を忘れていようとどうでも良かった。約束を守るなんて、それは凡人が押しつけたルールだからだ。
彼女は彼女のルールに従って、そして最高の作品を書けばソレで良い。それ以外の事は僕がサポートする……。
僕は、小説家花沢式の担当編集者なのだから。
「……お待たせ。遅れてごめん」
考え込んでいると、声が聞こえた。
どうやら花沢がやってきたようだ。僕は何気なく顔を上げ……目の前にいた人物を見て絶句する。
思えば、僕は花沢が着飾っている所を初めて見た。
ドレスコードがあるという事で、正装をしてきたのだろう。
赤色を基調とし、胸元がざっくりと開いた大胆なドレス。その煽情的な衣装のおかげで、花沢が意外と胸があることに気がつく。
いつもはボサボサに伸ばし放題になっている髪の毛は、しっかりとまとめられ、頭の横で綺麗に編み込まれている。
化粧でクマは消され、アイシャドウとカラーコンタクトのおかげで、ギョロリと大きな彼女の瞳は、すっきりと形が整えられていた。
絶句する僕に、彼女は不機嫌そうな表情をする。
「……なに? 謝ったじゃん。5分の遅刻くらいでけちくさい」
どうやら、僕が黙り込んでいるのが遅刻に対する怒りだと勘違いしているようだ。
少し気まずくなった僕は、小さく咳払いをする。
「……いや、何でもないです。以外と早かったですね。もうすこし遅れてくるかと思ってましたけど」
「レストラン、予約してるんでしょ? 流石の私も少しは気にする」
会話の内容が頭に入ってこない。
僕はぎこちなく彼女をエスコートした。
「そう……ですか。じゃあ、行きましょう」
◇
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