第8話 真っ白な画面
◇
少し酔っているようだ。
バーから帰ってきた僕は、ふらふらとおぼつかない足取りで冷蔵庫を開け、中からミネラルウォーターの500ミリペットボトルを取り出す。
乱暴に蓋を開けると、中身を一気に飲み干した。
久しぶりに酒を飲んだせいか、喉が異様に乾いている気がする。
僕はもう一本ペットボトルを取り出すと、それをチビチビと飲みながら自室の隅に置かれている作業用の机まで移動する。
椅子に深く腰掛け、机にペットボトルを置いた。
会社用では無い自分のノートPCを取りだし、そっと電源を入れる。
本当はコーヒーが飲みたいところだが、流石にこの時間からカフェインを摂取すると寝付きが悪くなってしまう。
起動したPC。
文書作成ソフトを立ち上げ、じっくりと向き合う。
小説家に、なりたかった。
幼い頃から小説が好きで、夏休みなどは図書館に入り浸っていたのを覚えている。
ファンタジーが好きだ。
ミステリーが好きだ。
恋愛小説が好きだ。
純文学が好きだ。
人間ドラマが好きだ。
僕は、ありとあらゆる物語の虜になっていた。
そして、いつしかあたりまえのように自分の小説を書くようになったのだった。
”好き” という気持は何よりも強く。僕はきっと誰よりも素敵な物語が書けるようになると、そう無邪気に考えていた。
あの日。
大学の部室でアイツの小説を読むまでは……。
いつかはわかる事だった。
自分に才能が無い事なんて、大学生になれば薄々は分かっていたことだ。しかしそれが分からないふりをしていた。
見えないふりをして、
知らないふりをして、
そうやって、のらりくらりと暮らしていれば何とかなる気がしていた。
そんな甘ったれた考えをしていた僕の鼻っ柱を、花沢の小説は正面からたたき折ってしまった。
その威力は凄まじく。
鼻っ柱どころか、”物書きとしての僕” そのものを再起不能にまで追い込んだ。
真っ白なPCの画面とにらめっこをする。
キーボードに置かれた手は、ピクリとも動かない。
今日も駄目みたいだ。
小さくため息をつき、眼鏡を外してPCの隣に置いた。
何か適当に書いてしまえば良いと、周囲の人間は無責任に言う。
例え才能が無くても、下手くそな物語を綴ることくらい許されると、心の中の僕は話しかけてくる。
しかし何か物語を綴ろうとした其の瞬間、僕はあの時の衝撃を思い出し、頭の中が真っ白になってしまうのだ。
真実なんて知りたくは無かった。
無知ままでいられたのなら、
逆立ちしても超えられない才能を知らなかったのなら、
きっと僕は、今も物語を綴っていたのだろう。
パタリとノートPCを閉じる。
グッとペットボトルの水を飲み干してベッドに向かった。
今日も僕は、物語を綴ることができない…………。
◇
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