第4話 仕事

 アイツの家は、古びたアパートの最上階。


 エレベーターすら存在しないそのアパートは、聞いたことも無いけれど、きっと家賃もそれなりに安いのだろう。


 アイツの稼ぎを考えると、もっと良い場所に引っ越してもおつりが来るはずだ。でかい一軒家だって買える。


 しかしアイツは頑なにこのボロアパートから出る様子は無かった。


 引っ越しが面倒だったのかもしれないし、住む場所にこだわりがなかったのかもしれない。


 もちろん、何に金をかけるのかは個人の自由なのだが、僕としては稼いでいる人間はそれ相応の場所に住んでいて欲しかった。


 金を稼いでも生活が変わらないなんて、何とも夢の無い話じゃないか。


 目的の部屋の前に来る。


 ネクタイの結び目を直し(本来、スーツで仕事をする必要も無いのだが、僕は好んでスーツで仕事を行う。気持の切り替えがスムーズに行える気がしているのだ)、ボロボロのドアを二度、三度ノックした。


 このアパートに呼び鈴の類いは存在しない。そういった点からも、僕はこのアパートが好きにはなれなかった。


 しばらく待っていると、中からごそごそと物音がして、やがてボロボロのドアがゆっくりと開かれる。


 そこに立っていたのは、着古されたジャージをつけた野暮ったい女だった。


 ボサボサの黒髪、目の下に浮かぶクッキリとしたクマ。ギョロリと大きな三白眼が僕の事を睨み付けるように見てくる。


 明らかに歓迎されていない……しかし、そんなことは僕の仕事には何の関係も無かった。僕は皮肉も込めた最大の笑顔で対応する。


「おはようございます花沢先生……原稿を受け取りに参りました」


「……書けてない。知ってるでしょ?」


「何か行き詰まっている箇所でもあるのですか? 僕で良ければ相談に乗りますよ?」


「……全然良くない……全然駄目」


 しかし彼女は部屋に入るように促してきた。


 不思議な女だ。


 いっそ追い返してくれた方が楽だったというのに……。


 部屋に入る前、チラリと空を見上げる。


 曇り空のどんよりとした黒色が濃くなってきている。雨が降るかもしれない。困ったモノだ、傘など持ってきてはいなかった。僕は天気予報など見ないからだ。


「……どうしたの? 早く入りなよ」


 お姫様からお呼びが掛かった。


 現実逃避はコレでお終い。いい加減、目の前の現実と向き合うとしよう。


 僕はまた、小さなため息をついたのだった。

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