第2話 安物のコーヒー

 甲高く鳴り響く目覚ましの音で目を覚ます。


 眠い目を擦りながら、叫び続ける目覚まし時計を止めた。


 今時スマホのアラームでなく目覚まし時計を使い続けている珍しい奴だと、友人にはよくからかわれているが、僕はどうにもスマホのアラームというものが好きにはなれなかった。上手に理由を説明することはできないけれど。


 大きく伸びをする。背中がパキパキとなって心地が良い。


 起き上がってカーテンを開けると、どうやら今日は曇りのようで、陽光が気持ちよく部屋に差し込むこともなく、ただドンヨリと曇った空模様が視界に飛び込んでくる。


 少し気分が下がる。


 どうにも曇りという天気は良くない。いっそ雨でも降ってくれれば風流なのだが、気持ちの良い晴れでも無く、雨音が風流な雨でも無い中途半端な天気。どうにも気分が乗らなかった。


 それでも無慈悲に一日は始まってしまう。


 毎朝のルーティンにしたがってコーヒーメーカーのスイッチを押し、水を湧かしている間に歯を磨く。


 あまり力を入れず、一本一本丁寧に丹念に磨いていく。


 歯は資産だと誰かが言っていた。本当にその通りだと思う。虫歯にでもなろうものなら、目も当てられない。入れ歯やインプラントを入れられるのは金持ちだけに許された特権で、故に金を持っていない僕は毎日丁寧に歯を磨いているというわけだ。


 たっぷり10分間かけて歯を磨き、口をゆすぐ。どうやらコーヒーが出来上がったようで、部屋に香ばしいコーヒーの香りがただよってきた。


 薄黄色のマグカップに並々とコーヒーを注ぐ。


 朝食は食べない。


 かわりに一日の始まりは、ゆっくりと時間をかけて一杯のコーヒーを飲む。


 誰にも邪魔される事の無い、贅沢な時間。


 コーヒーを飲みながら新聞を読んだり、スマホを触ったりすることはしない。僕にとってこの時間は、片手間で済ませて良いようなものではないからだ。


 安いコーヒーが好きだ。


 苦いだけで香りの立たない安もののコーヒーが僕の好みに合う。


 香り高いコーヒーが嫌いな訳では無い。相応に美味しいとも感じる。しかし、毎日飲みたいとは感じない。


 これは習慣という奴なのかもしれないが、安もののコーヒーは僕の生活にかかせないものとなっていた。


 朝の贅沢なコーヒータイムを終えた僕は、ため息をつきながら出社の準備をはじめる。


 髭を剃り、スーツを身につけて眼鏡をかける。


 今日も一日が始まる。


 安もののコーヒーのように、苦いだけで香りの立たない、そんな一日が。




◇ 

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