第15話 迷宮と、竜

 まずいことになったな、とジャンは思った。探索も4日目に入り、5階層まで下りた二人だったが、ここにきて足止めを食らう事となる。


「ドラゴン、でしょうか」


「ドラゴンだね」


 ドラゴンであった。坑道然としていた迷宮ダンジョン内通路はここにきて石張りの城塞然としたものに変わっていて、遥か高い天井に頭がとっつきそうなほどの黒い鱗のドラゴンが一頭、窮屈そうに通せんぼをしていたのである。


「どうしますか、ジャン師マスター


「倒そう。アレが突然変異的に出現したのか、それとも広く出現するように変わったのかを調べる必要がある。マルーイ、ドラゴン狩りの経験は?」


「3度ほど」


「上出来だ」


 ジャンは山刀を抜き放って、マルーイは盾と長剣を構えてジャンの前に出た。

 ドラゴンは目やにの溜まった黄色い瞳孔を二人に向けると、敵意を急激に膨れ上がらせる。大小様々な、それでいてそのすべてが鋭くギザギザに尖った牙が生え揃った咢が開かれて、喉の奥にデロリとした赤黒い炎がちらついた。火炎放射の構えだ。


「"その大口を綴じよ、間抜けな鰐め。癒着せよ"」


 しかしジャンの魔法が速かった。

 ドラゴンは炎を吐き出す瞬間になって咢を強制的に閉鎖され、荒れ狂った自らの炎に頭を吹き飛ばされて死んだ。

 呆気の無いものだった。通路を衝撃波となって突き抜けた爆風も、マルーイの構えた盾を超えることはなかった。


「お見事です」


「ドラゴン狩りとしては、落第点もいいところだがね」


 ジャンは山刀を戻して苦笑する。角や牙、瞳などのドラゴンの有用な素材は頭部に集中していたから、ドラゴン狩りのセオリーは一撃で首を刎ねる事、それに尽きた。頭部を吹き飛ばされたドラゴンとなると、商品価値は一気に落ちる。


「さて、それでは先を急ごう。ドラゴンの素材で何か要り様ならば、構わず採取していくといい。それくらいの時間は待つよ」


「では、お言葉に甘えて」


 マルーイは手早く後ろ脚の腱と手足の爪をはぎ取って自分用の素材回収箱に仕舞い込んだ。

 飛竜ではなく地竜であったから翼膜が採れなかったのが残念だとマルーイは言ったが、ほんの数時間後に飛竜に遭遇してこれを倒し、手に入れることができた。マルーイは顔をほくほくとさせていた。


「どうやら、この階層は竜の巣になってしまったようだね」


「ですがどれも下位の雑種ばかりです。中階層で遭うドラゴンはもっと手ごわい」


 マルーイの言うとおり、この5階層に出現する竜種はそれぞれが火竜や水竜といった純粋種ではなく、様々な要素が半端に混ざり合った雑種竜であった。本来中階層に出現する純粋種のドラゴンと比べれば、その能力はあまりにも劣る。


「まったくの初心者が立ち入るには厳しいが、程よく迷宮ダンジョンに慣れたものならば良い稼ぎ場になるかもしれないね」


 ドラゴンの素材は雑種とはいえ他の野生動物よりは強靭であるから、そこそこの値で取引がされる。

 規模に比して挑戦者の少なかったこの迷宮ダンジョンにも人が集まるようになるかもしれないな、とジャンはなにか作為的なものを感じた。「迷宮ダンジョンの意思」と呼ばれる類のものだろう。迷宮ダンジョンは巨大な生態系であり、それそのものが生き物のような振る舞いをすることがある。ジャンはその事実を深く胸に刻んだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る