第14話 夜営と、昔語り

 小休止を終えた二人が再び探索をはじめ、2階へ降りる階段を発見したのが数分後。2階も未だ魔物の配置が完了していないらしく探索は順調すぎるほど順調に進み、時計の針が夜を示すころには3階への階段を発見した。


「もう外は日が落ちたころだろうね。今日の探索はここまでとして、3階以降は明朝からだ。マルーイ、キャンプの用意を頼むよ」


「了解しました、ジャン師」


 迷宮ダンジョン内に外界の光は届かない。ゆえに常に薄暗く、時間の感覚が狂う。時間間隔の狂いはそのまま自律神経の狂いに直結し、迷宮探索に悪影響を及ぼす可能性が高いことから時計の携帯はもはや必需であった。

 ジャンの指示でマルーイは手近な小部屋を制圧して野営の準備をてきぱきと開始する。背嚢ザックからテントをとりだして組み立てると、吸着ペグを打って床に固定する。高密度の魔力の塊である迷宮ダンジョンは物理的な干渉を受け付けないために、このように吸盤状のものが普及していた。

 ジャンはその間小部屋の入り口を守りつつも、マルーイの手際には舌を巻いていた。二人はゆうにはいれるテントが組みあがるまで、およそ5分と掛からなかったことからも、その手際の良さがうかがい知れるというものだ。


「"土よ鋼と化せ 万物を阻む檻となれ"」


 迷宮ダンジョンは高密度の魔力の塊であるからして物理的干渉を受け付けないが、魔法的干渉はわずかに受ける。ジャンはテントの設営を見届けると、山刀を振って呪文を唱えた。ダンジョンの構成が一部上書きされて、小部屋の入り口は強固な鉄格子で閉じられることとなった。ねずみ一匹通らないほど目の細かい格子の生成は、ジャンの技術のなせる技である。


「ジャン師、お見事です」


「君の手際も相当だよ、マルーイ。誇っていい」


 ジャンは微笑んで山刀を鞘に戻すと、マルーイが用意した携帯簡易かまどに火を入れ、鍋の中に水を生成した。魔法使いがいれば水に困らないで済むというのは大変重要で、マルーイが何リットルもの飲用水を持ち歩く必要が無いのはそのためだ。

 さて、昼は簡素だった分、夜は少しばかり豪勢にいく。

 マルーイは背嚢ザックから干し肉といくらかの根菜を取り出し、皮をむいて刻んだあと煮立たせた鍋にぶち込んだ。そこにコンソメをひとかけらと塩で味を調えて、肉入りスープの完成である。


「マルーイの背嚢ザックは、まるで魔法のカバンマジックバッグだね」


 ジャンはヘルメットを脱いで乱れた髪を整えながら、冗談交じりに言った。


「収納方法にコツがあるんです。私たち遺品漁りスカヴェンジャーは、荷物をいかに多く運べるかが稼ぎの肝になりますから」


「おっと、煮えたようだね。さっそくいただこうか」


 マルーイは自分の職スカヴェンジャーに対してコンプレックスを持っている。詳しい理由は割愛するが、これに触れると彼女はどんどん自分の内側に沈み込んでしまうので、ジャンはいささか強引に話を変えた。

 木椀にスープをよそい、マルーイに渡す。強引な話題転換ではあったが、しかし椀から匂い立つ香りは鼻腔をくすぐって心地よい。それは真実であった。


ジャン師マスター


「ん?」


 ゴロゴロとした根菜の入ったスープをはふはふと口に運んでいたところ、おもむろにマルーイが切り出した。


ジャン師マスターは何故、迷宮ダンジョン探索者エクスプロゥラーになられたのですか?」


「いきなりだね」


 ジャンは堅いパンをスープにふやかしながら、少し厭世的な笑みを見せた。


「その、昨夜のエリネール卿とのお話で……」


「ああ、落伍者ドロップアウトの事だね?」


「……ええ」


 マルーイは少しだけ言いづらそうにしていたのを汲んで、ジャンは確認をとった。マルーイはおずおずと頷き、「差し出がましいことを聞きました」と謝罪した。


「いや、構わないよ。もうずいぶん前の事だしね」


 ジャンはマルーイに頭を上げさせると、ふやけたパンを口に運んで飲み込んで、「どこから話そうか」と思案顔をした。


「僕がもともと、ホーデンスの魔法研究所アカデミーで研究をやっていたというのは知っているかな」


「ええ、高名な学者先生であられたと聞き及んでいます」


「照れるな」


 ははは、とジャンは後頭部をかいた。


「だがね、僕の研究は少しばかり禁忌タブーに触れてしまった。研究所を叩きだされてしまってね。そういう醜態をさらしてしまったから故郷に帰るに帰れず、ホーデンスからも故郷からも離れたグランヒルデに居ついたという訳さ」


 ジャンはスープをすすって、「あちっ」と体を跳ねさせた。


迷宮ダンジョン探索者エクスプロゥラーをやっているのは、趣味と実益の両立のためさ。ホーデンスでやっていた研究はもうできないけれど、ここでならまた違ったテーマの研究が出来そうだからね。実際、迷宮ダンジョンの調査は楽しい」


 フゥと一息ついて、十分温くなったスープを胃におさめる。ジャンの話はそれで終わりだった。


ジャン師マスターの」


「ん?」


 鍋からお代わりをよそっていたジャンが手を止めてマルーイを見ると、彼女は手にした椀を見つめながら少しの決心をしたようだった。


ジャン師マスターは一体、何を研究なさっていたのですか?」


「……」


 マルーイの問いに、ジャンはしばし沈黙した。鍋からスープのお代わりを自分の椀によそって、それに浮かんだ波紋が消えるまで黙ってから、おもむろに口を開く。


迷宮ダンジョン内における魔法の無詠唱発動についての、研究をしていた」


 ジャンの声は鉛のように重かったが、マルーイにはそれの重要さというものが皆目見当もつかなかった。ゆえに、すこし間抜けな顔をしてしまったのは仕方のない事だろう。


「それが、禁忌タブー……?」


「ダンジョンの外殻の形状は知っているね? おおよそ一辺二十キロメートルの立方体だ。これの示す意味は、わかるかな?」


 ジャンはマルーイのその顔がおかしかったのか、少しふきだしてからそう問うた。


「それは、急に言われましても……あっ」


 マルーイは少し面食らった様子であったが、すぐに何かに思い当たったようだった。


「魔法陣、ですか」


「いかにも」


 ジャンは嬉しそうに笑って、しかしすぐにハッとして語気を硬くした。


「マルーイ、この話は忘れなさい。そして追及もしないように。君の身を滅ぼすことになる」


「は、はい」


 マルーイは若干気圧されながらも返事を返すと、ジャンはそれっきり口をつぐんで、お代わりのスープを黙々と食した。

 痛い沈黙は、二人が交代で就寝するまで続いた。

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