第11話 迷宮監視塔と、義兄

 街を発ったのは正午を少し過ぎた頃であったが、迷宮ダンジョンに到着したのは夕刻に差し迫ろうかという刻限であった。

 既に太陽は赤みを帯びて西の空に没する直前である。迷宮への挑戦ダンジョンアタックは明日からと早々に断じたジャンとマルーイは、"庭"を借りるために互助会ギルド迷宮監視塔ダンジョンモニターを訪ねていた。


「やあ、しばらくぶりだな。落伍者ドロップアウトのジャン・グリック・リック・ルー」


「エリネール・ゲネッズ・レック・レーンか。いきなりきついな」


 ジャンは苦笑を浮かべながら会釈をした。

 互助会ギルド迷宮監視塔ダンジョンモニターはその名の通り迷宮ダンジョンの異変を監視する役目を負っていたが、最近では専ら迷宮への挑戦ダンジョンアタックを互助するのが本業のようになっていた。エリネールは請われてドランの地からやって来たハイ・エルフで、迷宮監視塔ダンジョンモニターの取りまとめ役のようなことをやっている男である。


「"庭"を借りたい。挑戦アタックは明日。朝からだから、車を預かってほしいんだが」


「かまわないよ、好きにするといい。車番には伝えておこう。リュー・リュックは息災か?」


「ああ。心配ならば、顔を見せてやるといい。リューも兄が訪ねてくれば嬉しかろうよ」


 ジャンは雑多な申請書にペンを走らせながらエリネールと和やかに会話を交わす。エリネールはリューの兄代わりを長年やっていた男で、然るにジャンの義兄あにでもあった。歳はジャンのほうが十ばかり年上であるから、少しちぐはぐなのはご愛嬌である。


迷宮ダンジョンの研究をしたいのなら、互助会ギルド迷宮監視塔ダンジョンモニターをやればいいだろうに。落伍者ドロップアウトのジャン・グリック・リック・ルーはいつまで落伍者ドロップアウトに甘んじるつもりか?」


「何か大きな枠組みの中で仕事をするのは、もう疲れたのでね」


 エリネールは薬缶ケトルから暖かい木苺のジュースを三つのマグに注いだ。


「明日の朝に早馬を飛ばそうと思っていたのだが、つい先刻から迷宮ダンジョンに良からぬ動きがある。今日のうちに迷宮入りしなかったのはいい判断だろう」


「良からぬ? 魔力の蠢いているこれの事かな」


「いかにも。暫くぶりの大転換もようがえを観測できるかもしれない」


 そういうエリネールは、いささか興奮した様子だった。


「この調子ならば、明日の朝には中も落ち着こう。内部調査に協力してもらえると助かるのだが」


「上層だけでよければ」


「助かる」


 エリネールがジャンに頼みごとをするというのは、ここ50年はなかった大事である。彼も研究者なのだ。この珍事に興味が無いわけがない。

 互助会ギルドへの情報提供は魔王出版グランヒルデ・プレスとの契約内容には抵触しない。ジャンとしては、まったく断る理由なくそれを快諾した。

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