第10話 風の魔法と、黄色い太陽

 街門の衛士ににこやかに会釈をすると、彼らは几帳面にも敬礼でもって見送ってくれた。

 王都グランヒルデの四周を囲む高い塀はおよそ20メートルに近い高さを持ち、外夷から領民の安全を担保してくれている。外界と都市を隔てる壁に穿たれた門は、それ自体が一種の要塞として機能するよう設計され、見上げれば慄くような威容をもっていた。


「あちらです」


 マルーイの車は、門の外郭に面した一般用の車止めに繋がれていた。人が5人は乗って余りある荷台を持つ2輪車は、"黄色い太陽号"という名を持つ。命名はマルーイの父で、故人だ。かれこれ20年以上、整備を繰り返して使われている。


「相変わらず、年代を感じさせない良い車だね」


「そう言っていただけると、これを遺してくれた父も喜びます」


 "黄色い太陽号"の荷台には、今回の探索に用いるであろう物資が積み込まれていた。マルーイが牽いてきた馬をてきぱきと接続して、数分のうちにそれは立派な馬車になった。

 ジャンはそのうちに、門詰めの役人相手に出庫の手続きを済ませた。


「手続きも済んだことだ。さっそく出発しよう。御者は任せても?」


「もちろん、お任せください」


「助かるよ」


 ジャンはひらりと荷台に飛び乗った。マルーイは慣れた様子で御者台に腰を下すと、巧みに手綱を操って"黄色い太陽号"を発車させる。

 門の外に出てしまうと、目の前に広がっていたのは抜けるような青空と、どこまでも広がるような麦畑であった。いかにも都会的な街の風景とこの田園風景が壁を一枚はさんだ両側に存在しているというのは、どこか不思議な気分にさせられる。と、ジャンは門をくぐるたびに思うのだ。


「気をつけてくださいね、ジャン師マスター。スピードを上げますので」


 マルーイが手綱をさばくと、人の歩くほどのスピードだった"黄色い太陽号"は徐々に加速を始めた。体感ではあるが、時速20~30キロメートルほどであろうか。


「少し風が強いな。風防の魔法はいるかい、マルーイ」


「そうですね、荷物もありますし。なによりジャン師マスターの魔法を少しでも見ておきたいです」


 マルーイはジャンがしきりに腰の山刀を気にしているのを見て察したのか、それでも師を立てることを忘れず返答を寄越した。


「そうかい? ならば、御披露しよう。"風よ"」


 すらりと山刀を抜いたジャンが短く唱えると、掲げた刀身が小さく「りぃん」と鳴って、耳元でごうごうと逆巻いていた風が嘘のように止んだ。

 いや、路傍の草を、見渡す限りの麦畑を見るに風は未だ吹いてる。"黄色い太陽号"の周りだけが、不自然なまでに無風となったのだ。


「万物に介入し事象を操る。これは初歩の初歩だから、マルーイ。きっと君も使いこなせるだろう」


 ジャンはそう言って山刀を鞘に戻した。魔法は事象の改変である。ゆえに条件にそう変化が無いならば、一度書き換えるだけで事足りた。具体的には、停車でもしない限りは。


「はいっ、精進します、ジャン師マスター・ジャン


 マルーイはこともなげに行われた秘術に、さらにジャンへの尊敬を深めたのであった。


 "黄色い太陽号"は風を切り、永遠に続くと錯覚してしまいそうな麦畑の街道を疾駆した。

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