第6話 ちびのリューと、かわいい奥さん
荷物が増えた分、財布はずいぶんと軽くなった。
"三尾屋"で買い物を済ませたジャンはそこそこの荷物を
「ジャン・グリック・リック・ルー!」
不意に馬鹿でかい声で呼びかけられ、ジャンは足を止める。聞き覚えのある声、というか、この界隈で
「リュー・リューズ・リック・レックか。往来で声を張り上げるものじゃないよ」
ジャンは苦笑しつつ振り返ると、やはりそこにはリュー・リューズ・リック・レックの姿があった。長身痩躯のジャンとは対照的にずいぶんと低い背で、細身であることは同じであったが女性である。浅黒い肌にジャンとよく似た構造の耳は、彼女がダークエルフという種族であることを大いに主張していた。
彼女はちょうどジャンの腰くらいの高さの薄い胸をうんと逸らして、ジャンに視線を合わせている。強気に見開かれた瞳は
「また
「そうだよ」
「マルーイとかいう
「そうだね」
ジャンは言葉みじかに、されど温和に返事をるると、リューはみるみる不機嫌になっていった。
「私も……」
「それはできない」
言いかけたリューの提案をみなまで聞かず、ジャンはぴしゃりと拒絶した。リューは一瞬息を呑んだが、すぐに顔を真っ赤にした。怒っているのだということは、一目瞭然だ。
往来の通行人がざあっと円状に散開して行って、二人のやり取りを固唾をのんで見守っている。それは野次馬根性の発露でもあったが、同時にすぐにでも逃げられるようにとの準備でもあった。
ジャンが
「君は
しかし期先を制したのはジャンであった。彼は驚くほど冷静に、その舌は理屈を紡いだ。対応がこなれているともいう。
「あんな命令、なにするものぞ!」
「魔王軍とやり合うつもりかい? まあ、君なら良いところまでは行けるかもしれないが、ハイリスクに過ぎるね。もちろん僕は手伝わない」
リューはついに言葉に詰まって地団太を踏んだ。ジャンはやれやれとでも言いたげに一つ溜息をつくと、ずり落ちていた眼鏡をなおした。
「だいたい、出入り禁止になった理由を忘れたかい? 君が
いまだ憤慨するリューにジャンは噛んで含めるように言い聞かせると、最後のほうですでにリューは涙目になっていた。
ジャンは膝を折って目線をリューに合わせると、懐から刺繍も鮮やかな空色の
すっかり涙をふき取られたリューは、ん、と催促するように両腕を伸ばした。ジャンも心得たもので、彼女を優しくその胸に抱き寄せた。
「心配はいらないよ、リュー。こう見えて僕は強いからね。リューの心配するようなことは起きないから、安心しなさい」
リューの小さな後頭部を柔らかく撫でさすりながら、ジャンは言った。
「……本当だな?」
「もちろん。ドランの大樹に誓って」
それは彼、彼女らエルフに属す者にとっては最上級の誓約で。ジャンはリューの頬にキスをすると、柔らかく微笑んだ。リューは今度こそ本当に、リンゴのように真っ赤になった。
「子供たちの事は頼んだよ、僕の可愛い
「まかせておけ。お前も知っているだろうが、私も強いからな。子供たちを守ることなど造作もない。お前も無事に帰ってくるんだぞ」
口では強気なリューであったが、その表情はとろけるような笑顔であった。
「ああ。行ってくるね」
ジャンはすっかり安堵して、もう一度頬にキスを落した。
「ヒューヒュー!」
「お熱いねえ」
「いよっ、御両人」
危機は去ったと察するや、ふたりを遠巻きに囲む野次馬が、すかさず冷やかしを多分に含んだ定型句的な歓声を飛ばす。彼女の顔は熟れたリンゴよりももっと赤くなった。
リュー・リューズ・リック・レックは齢百二十歳のダークエルフにして凄腕の
ジャンとリューの馴初めから結婚騒動に至るまでを記述するとあまりに長くなるので割愛するが、二人の夫婦仲はおおむね良好であるということは明言しておく。諸般の理由あって現在別居中ではあるが、その辺の事情はいつか語られるべき時に語られるだろう。
とにかくジャンが往来でリューをなだめすかしていなすというのはさほど珍しい光景でもなく、ショーは終わりとばかりに野次馬たちは三々五々に散っていった。
ジャンはリューの背をぽんぽんと優しく叩いてから抱合を解くと、それに紛れるようにその場を後にした。
重ねて言うが、彼らの夫婦仲はすこぶる良好である。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます