第5話 三つの尾っぽと、宝石の刀

 "寂柳亭"はグランヒルデの大通りから4つほど入った御旅屋通りに軒を連ねているが、ジャンの目指す道具屋はさらに5つほどの通りを跨ぐ必要があった。

 商工業区のずいぶん古い区画にその店はあって、屋号を"三尾屋"といった。ジャンが先々代の頃より懇意にしている老舗の道具屋である。


「やあ、これは教授。仕上がっていますよ」


 店先にジャンの姿を見つけてすっ飛んできたのがエルガ・モントベルという自称人狼ウェアウルフ犬人ウェアドッグの男で、この店の三代目であった。

 親譲り、ひいては祖父譲りの大柄な体に似合わないポップな前掛けをしている姿は、どこかコミカルですらある。

 ちなみに教授とは、代々"三尾屋"の店主がジャンを呼ぶときに使う敬称であり、ホーデンスのアカデミーでは准教授の段階で失脚してしまったジャンからすると、少し古傷を抉られる呼び名であった。


「ありがとう、エルガ。中を見ていっても」


「ええ、ええ。もちろん構いません。その間に用意をしておきますので」


 さぁどうぞ、と迎え入れられた店内にはところせましと種々の用途の道具が陳列されており、それぞれに値札が貼られていた。眺めているだけでも楽しいレイアウトだ。


「エルガ、ついでにミスリル銀を切ってくれるかい。魔法陣用の、最少で良い」


「へえ、ずいぶんと強い魔法をお使いになられるようで」


 カウンターの奥で品出しをしていたエルガが、すこしだけ驚いたような声を向けた。


「保険だよ。今回は荷物も多くなるだろうし」


 ジャンはそれに苦笑を交えて返した。

 彼ほどの腕前の魔法使いがミスリル銀を触媒に魔法陣を描くということは、使い方ひとつで小さな町なら消し飛ばせるほどの超級魔法を行使できるという事であるから、エルガの驚きも正当なものといえよう。


 もちろん、ジャンにそんなバカをやるつもりは毛頭ない。


 エルガも驚きこそすれ慣れたもので、店の奥からミスリル銀のインゴットを取り出してくると、定規もあてずにオリハルコンカッターの一発で一辺が15cm角のキューブを正確に切り出した。匠の技である。

 その仕事ぶりは、ジャンに先々代の店主が語った屋号の由来を思い出させた。

 「頭が三つの犬の魔物の、尾が一つでは格好がつかんでしょう」と笑って語った、あの先々代はなんと気持ちの良い笑みだったことか。


「すまない、待たせたね」


「いいえ、とんでもない」


 四半刻ばかりを費やして店内をうろうろしたジャンが気になった商品を持ってカウンターに向かうと、エルガのほうはすっかり準備万端整っていたようで、ジャンが事前に依頼した品はずらりとカウンターに並べられていた。


「まずこちら、ゴアの防水防寒着ヤッケです。丈はぴったりに合わせましたが、試着は?」


「いや、結構。君の仕事を疑うような真似はしないさ」


 エルガは照れたように笑うと、ヤッケをクルクルと纏めて袋にしまいこんだ。手際が良い。

 ゴアは山羊によく似ており、より急峻な山岳に生息域を持つ魔物だ。その毛で織った着物は雨をよく弾くが蒸れず、しかも数打ちのナイフほどなら刃が通らないほど丈夫で、尚且つ伸縮性に富む。相応に値は張るが、迷宮探索者エクスプローラーであれば一着は持っておきたい装備だ。

 ジャンはこれをもう3着は着潰して、これで4着目となる。


「それで、こちらの山刀マチェットですが、芯はヒヒイロカネ、刃は金剛磁石アダマンタイト、柄は樹精霊の躯リメインズ・ドルイドの削り出し。ご注文の通りに仕上げました。鞘は指定が無かったもんで、飛竜ワイバーンの腹のなめし革を使いました。ご確認を」


 ジャンは一つ頷いて、受け取った山刀の鞘を払った。刃渡りが50cmほどの刀身を陽光に透かし見ると、鉱石刀特有の透明感に金剛磁石アダマンタイトとヒヒイロカネが織り成す美しい刃紋が浮かび、一端の芸術品も斯くやの仕上がりであった。ジャンはあらためて、その仕事ぶりに舌を巻いた。


「完璧だ。これを草木の露で汚すのはもったいなくすら思える」


 刃を鞘に納めると、かすかにしゃりぃんと鈴のような音がした。


「ついに御父上を越えたね」


 つい先月の事、ダンジョンの上層で植生の調査をしているときに折れた四十年来愛用の山刀は、今は亡き"三尾屋"の先代が鍛えたものであった。


「褒め過ぎですよ、教授。でも、ありがとうございます。そう言っていただけると、あの世の親父も喜びましょう。それに俺は道具屋ですんで、そいつもどんどん汚してやってください。飾られるよりも、使われる方がそいつも嬉しいに決まってますから」


 エルガは後ろ頭をばりばりと掻きながら、照れくさそうに笑った。


「材料は教授の持ち出しですから、代金のほうは勉強させていただきます」

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