第4話 旅の支度と、遠いあこがれ

 出立を今日の正午と定めると、マルーイは準備のために風のように"寂柳亭"を後にした。このフットワークの軽さも、ジャンがマルーイを雇った理由の一つであった。

 残されたジャンは地図を几帳面に畳んでテーブルを片付けると、すっかり温くなった木苺ジュースの残りをちびちびと腹におさめた。


「サッカウ」


 マグが空になる頃には朝食をとる客もまばらになり、書き入れ時もひと段落といった様子にまで落ち着いた。ジャンはどこか手持無沙汰にしていたサッカウ嬢を見つけたので、手招きをする。


「あい、何でしょう先生」


 深い藍色の髪に半犬人セミ・ウェアドッグのしるしである犬の耳を載せた少女は、黒目がちな瞳で上目遣いにジャンを覗き込む。

 "寂柳亭"のものはジャンを「先生」と呼ぶが、これはどうにもホーデンスのアカデミーで教鞭をとっていた頃を思い返してむず痒くなるのだった。余談である。


「少し出てくるから、部屋を頼むよ」


 ジャンはサッカウの小さな手に自室の鍵と少々の金貨を握らせると、席を立った。


迷宮ダンジョンですかっ」


 サッカウは期待に満ちた目でジャンを見た。


「それはもう少し後。これから道具を取りに行ってくるからね。迷宮ダンジョンへは今日の昼に発って、帰りは十日は後になる。昼の食事は要らないと女将に伝えておいておくれ」


「あいっ」


 サッカウは元気いっぱいに返事をした。ジャンは微笑ましさに目を細めると、彼女の頭に手をやって2度ほど撫でた。


「この仕事から帰ったら、きっとまた迷宮ダンジョンのお話をしてあげよう」


 サッカウは尻尾を一回ピンと立ててから、ぶんぶんと振った。彼女が迷宮探索者エクスプロゥラーに憧れていることを知っているのは、この街ではジャンとマルーイくらいのものだった。


「いってらあしゃいませっ」


 サッカウが元気な声で見送ってくれる中、ジャンは軽く片手を挙げて"寂柳亭"を出た。

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