第2話 仕事の話と、古いならわし
ジャン・グリック・リック・ルーは齢百八十を超えるハイ・エルフであったが、長命の種であるところの彼らからすれば若輩で、しかし同世代のハイ・エルフからすれば老成していた。
彼は透き通るようなプラチナブロンドの髪をなでつけて、襟足のあたりで乱に揃えた、ラフな装いを好んだ。それはエルフの美意識からみれば不格好もいいところであったが、人間から見れば過分に眉目秀麗であったし、白磁の肌に整った顔立ちはまさしくエルフのそれであった。
少し低めの鼻の上にちょこんと載せた小さめの丸眼鏡が、ジャンのトレードマークである。
「それで、今日からの仕事のことだけれど。準備はしてきたね、マルーイ・テッペ」
ジャンはトレードマークの丸眼鏡の位置を直しながら訊ねた。
「ハイ。
天真爛漫なマルーイには似合わない自嘲気味な笑みが浮かんだのは、これが初めてではない。こと金銭絡みの話題になると、明朗快活、元気溌剌を地で行くマルーイの語気は著しく萎む。
そう気に病むこともあるまいに。ジャンは常々思うものだが、コンプレックスに根差した問題であるが故に言ってどうにかなる話でもなく、結果として彼は口を噤む。
マルーイは懐から一通の封書を取り出して、ジャンに差し出した。
「そう卑屈になることもない。周りがとやかく言うのは煩わしいだろうけれど、君は立派に仕事をこなしているよ。……いや、すまない。忘れてくれ」
口を出すまいとして結局口に出てしまうのがジャンというエルフである。とはいえ快活なマルーイの表情に一筋の影が差したのを認めて続きを口にできるほど無遠慮ではなかったから、少々強引に話を進めた。
「これが僕の遺書の写しだ」
ジャンが鞄から取り出したのは先程マルーイの差し出した封書と同様の様式のもので、同様に蝋印がなされていた。それは彼の語ったとおりに遺書の写しであった。
常に死と隣合わせである彼らがパーティで仕事に出る際、同行人の間で遺書の写しを取り交わすのが習わしとなっていた。
もし本人が
そういう合理的な意味のある慣わしであっても、決意だとかの精神的な発起の意味合いが強く籠っているのは事実であった。
ジャン・グリック・リック・ルーはハイ・エルフの
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