エルフのジャンと、弟子のマルーイ

永多真澄

第1話 エルフのジャンと、弟子のマルーイ

 ジャン・グリック・リック・ルーは、贔屓にしている御旅屋"寂柳亭"の食堂で穏やかな朝の時間を過ごしていた。

 カリカリに焼いたベーコンとトースト2枚、それに気分で炒り卵スクランブルエッグをつける。食後には暖かい木苺のジュースというのが、彼の定番の朝食である。


ジャン師マスター・ジャン、おはようございます」


 溌剌とした声が、彼の名を呼んだ。つい最近馴染みになった声だ。

 ジャンはすっかり読み終えて2読目に入っていた朝刊を畳んで、元気に溢れた知人へ顔を向けた。


「おはよう、マルーイ・テッペ。今日も元気がいいね」


「あなたに師事できるのが嬉しいんです、ジャン師マスター


「はは、いささか持ち上げすぎではないかね?」


「そんな、まさか。まだ足りないくらいですよ。マスターは今日も樹精霊新聞ドラン・リポですね」


 マルーイはきれいに四つ折りされた朝刊をまじまじと見つめて、「私には難しい」とはにかんだ。マルーイは野性味のある美系の顔立ちであったから、種特有の浅黒い肌と相まって木漏れ日のような趣きがあった。


「すっかり日課になってしまっているからね。エルフの読み物はわざわざ難解に書かれているから、理解するにはコツを掴む必要がある。コツさえ掴んでしまえば、人間の君にも判読は容易い」


「どれくらいの時をかければ、そのコツをつかめるでしょうか」


「さて。素質の有る無しというのは歴然として在るし、何より本人の意欲が大きく関わる。精進なさい」


 ジャンは少しだけ挑発的な笑みを浮かべ、きれいに四つ折りにした新聞を差し出した。


「はい、ジャン師マスター


 マルーイはそれを恭しく受け取って、溌剌と返事をした。なんと気持ちの良い人物であろう。

 とはいえ、ひとつ気にかかるところもある。


「結構。それでだね、マルーイ・テッペ」


 ジャンは少しずり落ちた丸眼鏡を直して、少しばかり申し訳なさそうに言い淀んでから、ひとつだけ小さなため息をついて意を決した。


マスターはやめてくれないかい。僕は君を雇いはしたけれど、弟子にしたわけではないのだし……」


「それだけは譲れません、ジャン師マスター・ジャン


 マルーイのそれはあまりに即答だったから、ジャンは何事かを言いかけたまま少し思案して、遂に諦観の長いため息をついた。

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