残星


「……ん。ばか蓮……」

頭を軽く小突かれる。

「何?」

零がこちらを見てため息をついた。

「あの?わかってますか??明日から始まるんですツアーが」

僕は携帯で日付を確認する。

“3月25日”

「もう春か」

「もう春です。一体いつで止まってたんですか」

零が呆れたと言わんばかりに、顔を顰める。

「まぁまぁ蓮さんお疲れなんですから仕方ないっすよー」

琉がフォローしてくれる。

「甘やかすな琉。八雲は昨日まで休みだっただろ」

「まぁまぁ」


1週間前

僕は彼女の訃報を知った。

彼女の父から荷物が届いており、その中に手紙が1通とSDカードが1つ入っていた。

手紙には彼女が亡くなったことと、彼女から1枚のSDカードを預かっていたことが書かれていた。

僕は彼女が亡くなったと言う現実を受け入れ慣れないまま、SDカードを急いでVRの危機に入れると仮想世界へと行った。


そこは僕が高校生の頃よくライブをしていた、スタジオだった。

僕がまだソロでライブをしていた時の映像がスクリーンに映し出された。

懐かしいなと映像を見ていたが、なんでこれが流れているのか理解できなかった。

すると急に場面が切り替わり、僕と彼女が出会った初めての路地になった。


するとどこからともなく彼女朝霧ちさとの声が聞こえてきた。

「ごめんね」

僕は周囲を見渡したが、彼女の姿は見つけられなかった。

「あ、探しても私は見つからないよ」

僕が探すことを予見していたのか、彼女は笑っていた。

「蓮さんごめんね。私あなたに声をかけなければよかったかな……

私は病気が治らないことを知っていたし、長く生きられないことも知っていたの。

怖かったよ。どんどん身体が動かなくなっていって、指が動かなくなった時はだいぶ落ち込んだっけな……。ピアノ弾けなくなるんだ……って。両親が仮想世界を作ってくれて、またピアノ弾けたけど、現実では弾けなくてさ……。大好きだったピアノがすごく遠いものに感じた。

あの土砂降りの日、何も連絡できなくてごめんね。その日に指が急に動かなくなって……行きたかったけど、無理だった。

蓮さんを振り回してしまって本当にごめんね。蓮さんには連絡できなかった。

あ、ちなみに蓮さんの高校生の頃のライブ映像は伊織さんに貸してもらいました。

昔の蓮さんこんな感じだったんですね。

私の知ってる蓮さんとは違くて新鮮でしたー。まぁ最初の頃少し冷たかったけどね。

さてさて、色々伝えたいことも、あるけど最後に蓮さんにこの曲を送りたくて。


――――――――――

残星ざんせい


見えても届かぬ星 僕らの一等星

明けてもなお明るく 照らせ

どこまでも


下を向いていたら気付かぬ光

僕は その光にさえ気付かずに

暗い闇を纏い 彷徨いながら

探していた


きっとこの星は 知らぬ誰かを

想いながら 輝き続けるでしょ

明日を 


――――――――――


「蓮さんごめんね。ありがとう。私自分勝手でごめんね」


そこで彼女の声は途切れた。

僕は現実世界に戻ると、零に連絡を入れた。

「蓮?どうしたの?」

「伊織は一緒にいる?」

「京?いるけど」

「変わってくれ」

京〜!蓮から電話。

「どうした八雲?」

「お前朝霧さんを知っているのか?」

「……知っている」

「連れて行け」

「今家か?」

「あぁ」

「今から向かう」


数分後

京ではなく、零が車で迎えにきた。

「なんで零なんだ?」

「まぁまぁそれじゃ朝霧さんち行くよ」

「もしかしてお前ら全員朝霧さんの家知ってるのか?」

「ははー」

「いつ仲良くなったんだよ」

「さぁ?蓮はさぁ視野が狭いからね〜」

「あぁほら着いたよー朝霧さん家」

「ここ?」

「ここだよ。朝霧って書いてあるだろ」

表札には朝霧と書いてあった。

自分の家から数分の距離に朝霧さんの家はあった。

僕は恐る恐る呼び鈴を鳴らす。

「はい。どちら様でしょうか」

「八雲と申しますが、あ、ちさとさんに会いにきました」

朝霧さんと言おうとして、訂正した。

「どうぞ」そう言われると正門が開いた。


朝霧さんのご両親は丁寧迎え入れてくれた。

「あの、ちさとさんはいつ亡くなられたんでしょうか」

失礼だとはと思いながら単刀直入に聞いた。

「今朝です」

「……そうですか……」

「ちさとはあなたのことをよく話していました。それは嬉しそうに」

「……」

「私達は仮想世界ではなく、本当は直接合わせてあげたかったんです……。でもあの子はそれだけはやめてと、だからあの子が動ける仮想世界を」

母親はごめんなさいと言って涙を堪えながら席を立ってしまった。

「すいません。突然押しかけてしまって。ご家族の方が辛いのに……」

「いえ、私達は何度も覚悟をしてました……その時がいつ来るかわからなかったけれど。それならば彼女がやりたいことをできるように、支えて……最後のその瞬間まで笑顔が溢れた人生になればと……」

「……」

「正直まだ私は実感が湧かないんです……。またおとさんおはようって言ってくれるんじゃないかと」

僕はなんと言葉をかけていいかわからなかった。

「でもあの子死の間際に本当にとても楽しそうに笑ったんです。もう動かなくなったはずの表情が。最後は」

ちさとさんのお父さんもそこで泣き崩れてしまった。


僕は零の車に乗り朝霧家を後にする。

零は何も聞かなかったし、言わなかったけど流してくれた曲だけがただ温かく僕を包んだ。

バンドメンバーの計らいにより、僕は体調不良を理由にツアー前のこの大事な1週間を休ませてもらった。

彼女に最後の別れをし、ふらっと桜を見に行ったり、思い出の場所に行ったりした。


前日の今日は、会場でのリハーサルもあり僕はメンバーと久しぶりにあった。

僕はリハが終わると、メンバーに新しい曲を聴かせた。

彼女が亡くなり、曲が描けなるかと思っていたが、そんなことはなかった。

彼女が教えてくれたことを、忘れないようにこれからも進み続ける。


〜Fin~

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本当の君を知らぬまま 白雪凛 @shirayukirin

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