変わらぬもの
あのフェスは間違いなく大成功だった。
僕らはあの後からさらに忙しくなった。
音楽番組にも呼ばれ、次のツアーの追加公演も決まった。
動画の再生回数もさらに増え、期待も膨らんでいった。
ただ、彼女からの連絡は今も来ないまま。
僕の心は、どこか満たされないまま過ぎていった。
ある日、僕のもとに1通のメールが届いた。
「八雲蓮様
ちさとが大変お世話になっております。
ちさとの父の朝霧永遠と申します。急なご連絡で大変申し訳ございません。
ちさとは今、外に出られない状況が続いております。
本人は元気だと言っておりますが、時々寂しそうな表情をします。
ちさとは外へ出られない代わりに、仮想世界によくいっております。
八雲様にもその世界に入れるように、手続きをいたしました。
大変恐縮ではございますが、そちらで是非ちさとに会ってあげてください」
僕は状況を整理することができなかったが、彼女の症状が良くないことだけは理解した。
家の呼び鈴が鳴る。
僕は出るかどうか悩んだが、呼び鈴を鳴らしたその主は勝手に鍵を開けて入ってきた。
「蓮〜いるか〜?」
零はうちの家の合鍵を持っている。僕の部屋の前まで来ると扉をノックする。
「荷物届いてたから、預かって置いた。朝霧って人から」
僕は名前を聞いて急いで扉の鍵を開ける。
「荷物見せて」
僕は送り主に朝霧永遠の文字を見て、急いで箱を開けた。
最近話題のVRの機械と、縦3cm×横2cm位のSDカードみたいなものが入っていた。
しかし僕は使い方がよくわからなかった。
「VRもらったの?ってかこれ最新作??どこのモデルだ??」
零はまじまじと機器を観察する。ゲームするので多分違う種類のを持ってるんだろう。
使い方教えてって言ったら、すぐに説明してくれた。
「それじゃあ。行ってくるね」
「お前明日仕事あるのだけは忘れるなよ。少し早めに迎えにくるから」
「ありがとう」
僕はスイッチをオンにした。
しばらくすると、よく見知った街が現れた。
僕は辺りをキョロキョロと見渡す。
やっぱりここは……。あの広場だ……。
僕は人が集まっている広場の中央まで歩いていくと、誰かが演奏をしているようだ。
そこに人がたくさん集まっていた。僕は恐る恐る近づいた。
目の前には笑顔でピアノを弾く朝霧さんがいた。彼女は以前会った時と同様とても元気そうに歌っていた。
歌っている本人だけではなく、周りの人たちもとても楽しそうだ。
温かい……。彼女の奏でる音はとても温かく、人の心を溶かしてくれる。
僕はしばらく少し遠くからその様子を伺っていた。
彼女が近くにいる……。また会えたという喜びとここは仮想世界という現実。
手放しには喜べない。
どうしようか……。この世界から出てまた来ようとログアウトのボタンを押そうとしたその時。
「あの?」
誰かに声を掛けられ、僕は声の主の方を見て驚いた。
「大丈夫ですか?」
声を掛けてきたのは、広場で歌を歌っていたはずの朝霧さんであった。
「……えっ……」
「あ……ごめんなさい。さっきからずっと泣いていらっしゃったので、大丈夫かなって思って……余計なお世話でしたかね」
その時初めて僕は自分が泣いているということに気づいた。
僕は服の裾で涙を拭うと彼女の方を見て言った。
「……ありがとうございます」
「ここは初めてですか?」
僕はこくりと頷いた。……あれ?僕だって気づいていない?
「ここは病気で外出すらできない子が多くて……。……お兄さんは見かけたことないなーって」
「……」
「よかったらもう少しこの世界散歩しませんか」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます