この空の青さと景色を僕は忘れない
「やべぇ〜緊張してきた」
「いやいやまだ始まってないよ」
僕達はリハーサルを終え、本番までの時間をそれぞれ過ごしていた。
「本番前に気合い入れないとな」
「よっしゃ肉だ肉―」
零と琉は本当に朝から元気だ。
「良いよねああ言う能天気」
伊織が少し離れたところにいる二人を見ながら話しかけてきた。
「あっ!?誰が能天気だって?!」
「げっ……聞こえてたの?」
「はいはいそこまでにしてくださーい。初フェスなんですから写真撮りましょ!!」
琉は携帯を取り出すと、全員が写るように位置を調整し「じゃあ撮りますね〜」と言って写真を撮った。
琉はそのまま携帯をいじっていたので、すぐにSNSに写真をUPしたようだ。
順番が近づいてきた。
他のメンバーは近づくにつれ緊張しているのか、ソワソワし始めた。
いつものように円陣を組むと、琉→伊織→零→僕の順番で一人一言ずつ意気込みを言う。
「よーっし今日も楽しむぞー」
「僕はいつも通りに最高のパフォーマンスをする」
「今日は初めての大きな会場。最高の歌を届けようぜ」
「みんなここまで、たくさん心配させて本当にごめん。待っててくれてありがとう。今日をこのメンバーで迎えられてよかった。最高のフェスにしよう」
メンバーの目を順番に見つめる。最後にいつもの掛け声。
「アール」
「エンドォォォォ」
僕はどう階段を登ったのだろう。緊張のせいか記憶がない。
会場はまだ少しざわついている。
伊織のピアノの音が響くと、照明が一斉につき会場は一瞬でステージに惹きつけられる。
僕はこの時初めて顔を上げた。多くのお客さんがこちらを見ている。僕は歌い出す。
最初の曲は、僕達がバンドを組んで最初にお客さんに披露した曲『夜想の調べ』。
今回披露する3曲中この曲のみ伊織はピアノだ。
彼のピアノは、僕の曲をさらに深くする。さっきまで盛り上がっていたはずの会場がシーンとする。
ギター・ベース・ドラムも混ざり、この曲はさらに深く人々のもとに飛んでいく。
僕はこの曲を作った時のことを思い出しながら、歌う。
多くの人にも幸せが届きますように。
伊織のピアノソロになり1曲目が終わる。
会場は相変わらずシーンとしていた。
「『夜想の調べ』でした。ありがとうございます」
1曲目と2曲目で伊織がギターに変わるので、ここで僕達の紹介をすることになる。
シーンとした会場をどうしたものかと思っていると誰かが拍手をした。
人々は我に帰ったかのように盛大の拍手と歓声が一気に巻き起こった。
椅子から立ち上がり、いつの間にか僕の近くに気ていた零はマイクを手にとると会場をさらに盛り上げる。
「お前ら楽しんでるかー」
「イエェーイ」
「お前らこの後も、楽しむ準備できてんのか」
「イエェーイ」
「もっと声出んのか」
「イエェーーーーーイ」
「俺らR end(アール エンド)って言うので覚えて返ってください」
会場からは声援が飛び交う。
零は伊織の準備が終わったのを確認すると、ドラムに戻っていった。
「それでは2曲目『朝凪ぐ薫り』」
ドラムのスティックが聞こえ曲が始まる。
この曲はフェスにあった盛り上がれる曲だ。琉や零は隙あらば、お客さんを盛り上げているようだ。
僕も1曲目とは違うお客さんの楽しそうな反応に、歌もどんどんノっていく。
しかし不思議なことに、こんなに盛り上がっているのに、スローモーションのような感覚に戸惑いを感じざるを得ない。
この景色を僕は忘れないだろうと思う。
2曲目が終わりそのまま3曲目に入る。
「『残星の光』」
僕は呼吸を整えると歌い始めた。
この曲は新曲だ。僕が彼女……朝霧さんを想って描いた曲だ。
バラードとJ―POPの間。嬉しさと悲しさの間。初恋を謳った曲だ。
最近会えていないけれど彼女は元気だろうか……。どうか届きますように…。どこかでこの曲を聞いていたらどうかまた会いに来てください。
そんな想いを込めながら歌う。
あぁ……会いたいな。一筋の雫が頬を伝う。汗か涙かわからない。
僕は歌い切るも放心状態で上手く言葉が出てこない。
ただ、見上げた空はどこまでも青く澄んでいた。
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