アンチに月

エリー.ファー

アンチに月

 単語について少しだけ。

 私は知らない言葉があると検索するようにしている。

 それは、基本的に自分の考え方ではない。

 影響を受けた、ということである。

 祖父は調べるのが好きな人間であった。単純に調べるということが好きだったのだ。プライドの問題ではないところがまたスマートだった。

 調べて、理解し、その上で別のことについても知ることができる。意図せずとも知識が繋がる。これが最も楽しい遊戯であると信じていたのだ。

 博学というほどではなかった。

 ひけらかすわけでもなかった。

 しかし、よく知っていた。

 物知りな祖父。その立場にいた。

 偏見は持っていなかった。ように思う。

 もしかしたら、こういう人種の人間はこういう性格に決まっているとか、あの国の人間はそういう性格をしているとか、思っていたかもしれない。でも、祖父とそのような話をしたことはないので、そのような人間ではなかったと信じている。まぁ、信じるしかないというか。

 祖父が亡くなった時。

 誰も来なかった。

 私だけだった。

 祖父は一族から嫌われていた。

 血が違うのだそうだ。

 祖父の体にはもっと高貴な血が流れていた。

 落ちてきた存在だから、異分子として嫌われて当然。

 祖父の評価はそんなものだったのだろう。

 祖父の書斎にはカバーのついていない本はない。祖父は読み終えた本のカバーを取って誰かにあげてしまうという癖というか、こだわりがあった。

 祖父の血肉になっていない本が所狭しとならんでいる。

 私は一冊手に取る。

 中を確認する。

 良い本であると思った。

 祖父というフィルターを通しているから、そう思えただけかもしれないので何とも言えないのだが。

 書斎から出る。

 空気が変わる。

 なるほど。

 祖父の香りは、この書斎の香りだったのか。

 だから、ここを出てしまえば祖父は存在しないのだ。

 生きてもいないし、死んでもない。

 いなかった、ということなのだ。

 祖父が亡くなり、二年が経った。

 祖父を訪ねてくる人は、五十人を超えた。

 皆、祖父が亡くなっていることを知らなかった。

 泣く人もいたし、驚く人もいたし、寂しそうに微笑む人もいた。


「あの人はね、凄かったよ」

「良い読書家である前に、良い人間だったよ」

「あの人と話せたことが、僕の誇りなんだ」

「占い師にでもなればいいのに、と勧めたことがあったんだけど、断られたんだよね」

「本を借りに来たんだけど。そうか、それは残念だ」

「本を貸しにきたのよ。でも、もう貸し借りもできないのね」

「なんで、亡くなったことを教えてくれなかったんだ。どこだ。いや、どこってお墓だよお墓、場所を教えてくれ。あと、近くに花屋はないか」

「先生との時間は本当に素晴らしいものでした。非常に残念です」

「天国に逃げたな。まったく、ずるい死に方だよ。困ったもんだ」

「亡くなったんだ。へえ。まぁ、あの人は僕の心の中で生きてるし、どうでもいいけど。ねぇ、書斎に入れてもらっていいかな。あの場所で、いつも一緒に過ごしていたんだ」

「講師として迎えようとしていたのですが、それは残念です」

「一緒に、習い事をしないかって誘いに来たのですけれど。残念ですわ」

「あいつは頭でっかちだったけど、面白い奴だよ。俺が会った中で一番面白い奴だった」

「ううん。ちょっと悲しいなあ」




 檜佐木・A・ロキトワ・千春

 享年 七十一歳

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