第25話 Mはかく語りき


 俺の意識は今休眠状態だ。

 何故こんな事になっているのか、知っている様で思い出せない何とももどかしい。


 言うなれば深い眠りに就いていると言っていい。

 だが分かる、身体は普通に日常の営みを送っていると。

 一体今は何時で何が起こっているのだろうか。

 今の俺には知る術がない。

 そう、前にもあった事だが俺のもう一つの人格である母、真紀の人格が表に出ているのだ。

 しかし今回は彼女の意識とのリンクが一切遮断されている状態であり、以前の様におぼろ気ながらでも外の様子を伺う事が出来ない。

 ただ身体は正常で生命活動は至って普通なのは分かる。

 何かあったのならこんなに穏やかではいられないだろうからな。


 今更ながら俺は母である真紀と息子である有紀の両方の人生を体験してきた。

 そこで俺は考える。

 俺は有紀でも真紀でも無いしそのどちらでも在ると。

 こうして俺の精神が引きこもってしまった場合に表に現れている人格も言うなれば俺自身であり、こちらはその身体に順応した性別と人格を受け入れている無意識化の自分ではないのか。

 恐らくこれは何度も時間を遡る事で生まれた自己防衛として生み出され備わってしまった能力なのかもしれない。

 何故何度も時間を遡っている事に気付いたかはあの謎の人物のGが以前夢の中で言っていたからだ。

 『今回は……』……この言葉の意味することは何度も繰り返している内のを指すと考える。

 だから今の所未来で俺が有紀として知っていることが概ね同じように起こっている。

 真紀視点というべきか、現在はそれを裏側から見る格好だな。

 しかしここで一つ疑問が残る。

 何故何度も繰り返してきたことをまたしても繰り返すのかという事。

 未来人GとMの様子から俺が真紀として過ごしてきたこの一年ちょいはほぼ史実通りに進んでいたようだ。

 未来を変えなければならないならどこかで大きく改変を行わなければいずれ来るだろう宇宙人の地球支配を阻止する事は出来ないはずだ。

 だが彼らがそれをしない、いやさせないのはきっとそうする、そうせざるを得ない意味があるから。

 そう考えるならもしかすると変えるべき未来は寧ろこれから訪れると考えるべきだろう。


『こんにちわ』


「うわぁ!!」


 もの思いに耽っていた俺の目の前に空間を裂くようにひょこっと銀色のヘルメットが現れた。

 余りにいきなりだったので俺は脅かされた猫の様に飛び上がった。


『何をそんなに驚いているのよ』


「突然出て来るなよ!! 心臓が止まるかと思ったわ!!」


 銀ずくめのスーツ、この声は以前に会った未来人の少女Mだな。

 しかし何だって俺に精神世界にこいつが登場するんだ?


『今、何でこいつがここに居るかって思ったでしょう?』


「あっ、ああ……」


 心を見透かされた?


『何でか分かるかって? 私はあなただからよ』


「はっ……?」


 コイツ何言っちゃってるの?


『まあそう思うのも無理ないよね』


 まただ、コイツ、俺の口に出していない脳内の思考と直に会話をしているな。


『分かって来たかな? 君は私だし、私は君だから出来る事なんだよ』


「……説明しろ!! お前だけがその事を知っているのは不公平だろう!!」


『あーーー、そうね、はいはい、そのつもりで私はここに来たんだよ……いや違うか、元々ここに居たんだった』


 益々訳が分からない事を、俺はお前と禅問答の真似事をする気は無いぞ。


『ゴメンゴメン、じゃあ今から説明するね』


 Mは自らのヘルメットに手を掛けるとすっぽりとそのヘルメットを外した。


「ぷはっ!! ふぅ~~~、やっぱりこっちの方が楽でいいわね……」


 Mの素顔が露になる。

 前に会った時はヘルメットを被りっぱなしだったからな。

 現れたのはショートカットの美少女だ。

 顔を左右にプルプルと犬の様に振るとキラキラと汗の雫が飛び散る。

 この少女、どこか俺に似ている……いやどちらかというと真紀に似ているのか?


「そうね、それはそうでしょうとも、私は真紀ママから生まれたんですもの」


「何だって!? ちょっと待て!! それはどういう事だ!?」


 Mの衝撃の発言に俺は大いに困惑し眩暈さえ覚える。


「分からない? 私はあなたの妹なのよ……父親は違うけどね」


「そんな馬鹿な……俺に妹がいたなんて話聞いた事がないぞ……百歩譲って母親が俺の母さんだとして父親は誰なんだよ!!」


「それを聞く? それを聞いちゃう?」


 Mはいたずらな笑みを浮かべて俺の方を見る。

 コイツ、俺を弄んで楽しんでいるな?


「いいから教えろよ!!」


「はいはい、分かったわよ、そんな怖い顔をしないで頂戴……道明寺凱よ、知っているでしょう?」


「えっ?」


 道明寺? 何で?


「あーーー、ゴメン、そうだったわね、そこら辺の記憶も改竄していたんだっけ……真紀ママはお兄ちゃんを身籠った後にすぐ道明寺凱と結婚したのよ」


「マジで!?」


 コイツは驚いた。


「で、お兄ちゃんを産んだ後すぐに私を身籠るのよ、要するに年子って訳」


 そんな馬鹿なとも思ったが俺は振り返る。

 俺は有紀が五歳の頃に一度意識が覚醒した事があった。

 俺にはそこから三年ちょいの記憶が無い。

 もしかしたらその間に真紀おれはこのMという少女を産んでいたのかもしれないな。

 という事は俺は道明寺に? いやそれは敢えて考えまい、考えたくも無い。


「うむむ……信じがたいがそれを理解するとして、俺にはお前と過ごした記憶が無いんだがな、家にもその形跡は無かったし」


「それはそうでしょう、その辺の記憶は私が消してしまったもの」


 開いた口が塞がらない。


「……何故そんな事をする必要があった?」


 何とか言葉を絞り出す、いやMとは会話は必要ないんだったな、ただ念じればよかったんだ。


「私の存在を■■に知られない為よ、私は生まれてすぐにパパである凱に連れられて家を出ているもの、未来人の仲間の手引きで私たちがいた全ての形跡を家の中から消してね」


 そんな事があったのか、そしてまたその耳障りな単語を久しぶりに聞いたな。


「でも待った、道明寺はどうしてそんな事をした? 彼はこの事に関係していないんじゃなかったのか?」


「私がそうさせたのよ、母さんとお兄ちゃんが駅に美沙さんを迎えに行っている間にね……これから女の子が生まれるからその子を連れて家を出てってね」


「よく道明寺がそんな突拍子の無い話しを信じたものだな」


「直前に母さんが一連の出来事の経緯をそれとなく話していたからでしょうね、意外と簡単にお願いを聞いてくれたわよ、地球の命運が掛かってるのもあったんでしょうけど」


「ああ、そうか」


 それを伝えたのは俺だったなそう言えば。


「それはそうと、お前が俺で俺がお前ってのはどういう事なんだ? 俺たちは兄妹なんだろう? 危うく聞き忘れる所だったが」


「うん、それはね……それを答える前にお兄ちゃんはクリムゾンレッドを憶えてる?」


「ああ、あの謎の多い赤い玉だろう? 俺が真紀の時、誤って飲み込んじまったアレ」


 誤ったと言うか園田に飛びつかれた拍子に飲み込んでしまったのだ、謂わば事故だな。


「そう、ママが飲み込んでしまったあの赤い玉……あれはママの身体に吸収されてしまったの」


「それは以前聞いたな、それがどうかしたのか?」


「そのクリムゾンレッドに蓄積された精神エネルギーは既にママのお腹の中に受精卵として存在していた私の身体にも流れ込んだわ……エネルギーは身体の中を循環していたから私は十ヶ月間エネルギーの供給を受け続けたの……だから私にはママとお兄ちゃんの意識と記憶が共有出来ているって訳」


「それでか、なるほどな」


「うん、だから私はお兄ちゃんの人には言えない色々な情報を知っているのよ?」


「オイオイ、止めてくれよ? 俺の恥ずかしいあんな事やこんな事、人にバラすなよ?」


「バカ!! そんな事しないわよ!!」


 Mは真っ赤になって怒り出した。

 俺が頭の中で想像したいかがわしい事をもろに感じ取ってしまったらしい。

 なるほど、これが精神の共有。


「オホン、話しを元に戻すわ、そして私が産まれた時に手にクリムゾンレッドを握っていたのね、どうやらお腹の中で再結晶化したらしいのよ、そして今ママが所有しているのはその時の物よ、憶えてるでしょう? 私がお兄ちゃんに渡したアレ」


「そうか、だからまた俺の所にクリムゾンレッドが戻って来たのか」


「そんな事があってか私にはある特殊な能力が備わったけどね」


「……その能力ってのは?」


「精神感応能力よ」


 うん? どういう事だ?


「そうね、例えば自分の意識を他人の脳内に飛ばして意識を共有したり、他人の意識をさらに別の他人に移したりと、まあ応用次第で色々出来るわね」


「イマイチよく分からないが何だか凄そうだな」


「もう……今の私たちのこの状態がまさに私の能力を使っている状態なの!!」


「そうなのか?」


「………」


 Mはあからさまに不機嫌そうな顔をした。

 仕方ないだろう、俺にそんな超能力みたいなことが理解できる訳がない。


「何を言っているのよ、お兄ちゃんだってれっきとした超能力を持っているじゃない」


「えっ?」


「えっ? じゃない!! 時間遡行よ!! タイムリープ能力!!」


 Mは呆れた顔をしている、今更? と言った顔だ。

 ああ、俺が母さんの過去の身体に入ってしまったアレか。


「アレって超能力だったんだ? 俺の?」


「そう、特に宇宙人の血の濃いお兄ちゃんだからこそ授かった能力と言っていいでしょうね……私の仲間にも時間系超能力者は何人か居るけどここまでのタイムリープが出来る人はいないもの……園田に襲われたお兄ちゃんたちを助けるのに私たちがタイムスリップしたのだって十数人の能力者がヘトヘトになって数日動けなくなるほどの力を使ったっていうのにお兄ちゃんは何事も無く使い熟してるし」


「マジか……」


 そんなに凄い能力なんだアレ。


「だからこそお兄ちゃんにはこの果てしの無い人生のループという過酷な任務をさせてしまったわ、さぞ辛い経験をしたでしょうに……ゴメンなさい」


「うん、まあ確かにそうだが、それでも結構楽しい事もあったんだぜ?」


 完全なる性別の反転と無意識化の出産と育児……絶対に他の人間には体験できないだろう。


「お兄ちゃんが何度も何度も人生を繰り返してくれたおかげで私にはそれに応じた精神エネルギーが蓄積されたわ、今まで本当にありがとう……これであの■■共を排除できるわ」


「それがお前たち未来人の目的だったって事か」


 なるほど、これで先ほどの俺の疑問のいくつかが解消されたって訳だ。


「そうよ、寧ろここからが本番……作戦は最終フェーズに入るわ」


「どうするんだ?」


「お兄ちゃんにはママの身体に戻ってもらいます、そしてクリムゾンレッドを有紀に渡して頂戴」


「ああそうか、そうしないと俺の所にあの玉は来ないんだ」


「そうよ絶対に忘れないでね、そして紺野美沙に会うように有紀に伝えて」


「それはまたどうして?」


「伝えれば分かるわ、ここから先は私も知らない未来だから」


「そうか、分かったよ」


「これで私からの伝言はお終い……これからはお兄ちゃんにとって未知の領域よ、頑張ってね」


「ああ、任せろ!!」


 俺はMと固い握手を交わした。

 徐々に目の前に居るMの姿がホワイトアウトしていく。

 いよいよ俺の精神が身体の主導権を得る訳だ。


「あっ、そう言えばお前の本当の名前!!」


「私の名前は……」


 彼女の名前を聞く前に俺の意識はここで途絶えた。




「………!!」


 意識が覚醒した瞬間、胸を物凄い力で圧迫されているかのような激痛を感じた。

 ここは病室……そうか、俺、これから死ぬんだな。

 正確には真紀の死だが。


「母さん……!!」


 俺の目の前に顔を歪ませ涙をボロボロとこぼす有紀の姿があった。

 俺、あの時こんな顔をしていたんだな。

 しかしこの苦痛は耐えがたい、これではいつ事切れるか分かったものではない。

 早く有紀にクリムゾンレッドを渡さなければ。

 都合よく真紀おれの手には既に赤い玉が握られていた。


「……有紀……これを……」


 震える手で有紀にクリムゾンレッドを手渡す。


「これは……?」


「これはとても大事な物……」


 もうループする必要はない、ここからは俺の言葉を有紀に伝える事にする。


「絶対に無くさないで……私に何かあった後は紺野美沙という女性を頼りなさい……」


「何かあったらって何だよ!? そんなこと言うなよ!!」


「後はお願いね……」


「母さーーーーーーーん!!」


 有紀の叫びが脳内にこだまする。

 こんな物かな……まさか死までおも体験してしまうとはな。

 本当に俺以外の他人には体験できないよなこれ。


 意識が覚醒したのも束の間、俺は再び深い闇の中へと落ちていくのだった。

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