第26話 自身への帰還


 「………」


 ごく普通に目が覚める。

 何だろう、逆に違和感を覚える。


 ここ最近は眠っているのか起きているのかさえ分からない何ともはっきりしない状態を過ごしていたからに他ならない。

 そして覚醒していく意識の中、その場の状況確認をする。

 さっきの理由によりこれも殆ど癖となっていた。


「ここは……」


 見慣れた部屋。

 とは言っても最近のものではない。

 いや時系列的に言えば最近なのだが。

 それは何故か、ここは俺が有紀として生きていた時の部屋だ。


「……帰って来たんだな」


 これには二つの意味がある。

 無事元の時代に戻って来られた事と、元の男である有紀の身体に戻って来られた事だ。


「……くっ」


 俺は無意識に自分の身体を自分の腕できつく抱きしめる。

 自然に涙も流れて来た。

 考えて見ると真紀になってしまった時間と有紀として生きて来た時間がほぼ同じになっていたと気付く。

 意識が無い時期もあったから全く同じだとは言えないが、まるで二倍の人生を過ごしたかのようだ。


「あっ、そうだ」


 いつまでも感傷に耽っている訳にもいかない。

 俺は壁に掛かっているカレンダーと時計を見た。


「2021年八月十三日……午後九時三十分……」


 この日付と時間、これは真紀ははの葬儀が終わって家で休んでいた時間だ。

 という事は……俺はを探してテーブルの上を見た。


「やっぱりあった」


 目的の紙切れを手に取る、それには紺野美沙の携帯電話の番号が記されている。

 これではっきりした、既に美沙はここを訪れこれを置いて帰っていったのだ。


「連絡しなきゃ」


 この紙を貰った当時はクリムゾンレッドの事もあり美沙を警戒していたものだが、今はその美沙と連絡を取ろうと言うのである、奇妙な感じだ。 

 だがそうだからこそ時間を遡った事の意味合いも出て来る。

 確実に先に進んでいる、そう感じる。

 当たり前だがこの先は誰にも分からない未来が始まる。

 もう今までの様なループではない。

 早速電話番号をスマートフォンに入力する。


『……もしもし?』


 美沙が出た。

 しかしどことなく不機嫌な様子。


「あっ、俺です、有紀です、先ほどはどうもありがとうございました」


『まあ有紀君なの!? さっそく電話をくれたのね!! 叔母さん嬉しいわ!!』


 さっきとはまるで態度が違う、そう言えば以前もあちらの時間でこんな事があったな。

 知らない番号から電話が掛かってきた事もあるのだろうが、こちらでも美沙は感情の浮き沈みが激しい様だ。


「あの、美沙さんが言ってた宝石の件でお話しが……」


『あら!! もう調べてくれたの!? それで何か分かったの!?』


 物凄い食いつきぶりだ、少しばかり不安になって来る。

 本当にこの時代の美沙にクリムゾンレッドの事を伝えて良いものだろうか。

 いや、考えても仕方がない。

 あの未来人Mが美沙に接触しろと言ったんだ、間違いはないはずだ。


「はい、ビー玉程の大きさの赤い玉が見つかりました」


『まあ素敵!! よく見つけてくれたわね!!』


「それでこれをどうするんですか?」


 果たして美沙はこのクリムゾンレッドをどうするつもりなんだろう?

 持ち主の俺でさえ使い熟せていない、何が起こるか分からない、この危険極まりないエネルギーの塊を。


『あっ、勘違いしないでね? 私がそれを欲しいと言っているんじゃないのよ? あなたの所にその玉があるのを確認したかっただけなの』


「はぁ、そうなんですか」


『そうね……ねぇ有紀君、もう一度私と会ってくれないかしら?』


「……いいですけど」


『じゃあ今度の日曜日にそちらに行くからね、多分その後一緒に出掛ける事になると思うから赤い玉を持ち運ぶ準備もしておいて』


「えっ? はい、分かりました」


『じゃあまた日曜日に会いましょう』


 そこで通話は切れた。

 取り合えずMの言う通りにはした。

 一体ここからどう転がる?

 明日は木曜日だ、それからの日常生活は物足りない程あっという間に過ぎていった。


 そして日曜当日。

 

 ピンポーーーン!!


『おはよう有紀君、私よ、美佐よ』


インターフォン越しに美沙の姿を確認した。


「はい、今行きます」


『そう』


 事前に出掛けると聞いていたので既に準備は万端だ。

 玄関のドアを開けると美沙が微笑みながら立っていた。


「じゃあ行きましょうか」


「はい」


 俺は美沙に付いて家を後にした。


「美沙さん、今日はどこへ出掛けるんですか?」


 二人で乗った路線バスの最後尾座席に二人して並んで座る。


「実は特にどこへ行くかは決めていないのよ」


「えっ? それはどういう事ですか?」


 一体どういう事だ? 

 俺はてっきり宇宙人絡みの要件だと思っていたので身構えていたというのに。


「私とあなたのお母さん真紀とは随分と疎遠になっていてね、不幸にも久しぶりの再会が葬儀場になってしまったのよ……だから真紀の息子さんであるあなたとお話しがしてみたかったの、真紀はどんな様子だったのか……とかね」


「そうだったんですか」


 社会人になってしまったらそれまでの友達とは進路や引っ越しなどで離ればなれになると始めのうちは連絡を取り合ってあったりするが、次第に関係が希薄になっていく。

 それは俺も真紀として生活している時に実際に体験した。

 しかも会いたい親友は既に他界してしまい二度と会うことは叶わない。

 だからこそこの時代の美沙もそういったセンチメンタルで行動したのだろう。

 だがおかしいぞ、それならば何故最初から俺にそう言わなかった?

 何故クリムゾンレッドの話題を引っ張り出してくる必要がある?

 美沙は確かに公園で再会した時にクリムゾンレッドを目撃しているが、その直後にMに記憶を消されたはずだ。

 何か嫌な予感がする……これは多少警戒した方が良いな。


 バスがゆっくりと走り出す。

 車内は俺と美沙二人だけしか乗客がいない。

 逃げ場もなければ助けも呼べない、これは益々怪しくなってきたぞ。


「ねえ、有紀君にとってお母さんはどんな人だった?」


「……普通に良い母親だったと思いますよ、片親で裕福ではなかったけれど母さんとの暮らしは楽しかったですし」


「そう……」


「あの、こちらからも美沙さんに聞いてよいですか?」


「いいわよ」


「どうしてこの玉の事を美沙さんは知っていたんです? 俺は母さんが死ぬ間際に初めてこれの存在を知ったっていうのに」


「ウフフ……やっぱりそこは気になるわよね……実は私、記憶が戻っているの」


「やっぱり」


 Mは記憶の改竄方法が完全ではないと言っていた。

 きっと長い年月の間に記憶操作が解けてしまったのだろう。


「ある日突然にあの時の記憶が甦ってきて、まるで自分の頭がおかしくなってしまったかと思ったわよ、でもそのタイミングはあまりにも遅すぎた、もう既に真紀は死んでしまっていたから」


「………」


 俺には痛いほどよく分かる、それは俺も経験済みだ。

 自分の意識に反して生活している身体ともう一つの意識……そこに自分認識を持った意識と記憶が突然覚醒するのは違和感でしかない。

 そしてがらりと変わってしまった自身の境遇に混乱するのである。


「ただあんなことを知ってしまったからにはもう平穏に生活なんか送れはしない、いつ何時自分の周りの女性が誘拐されて宇宙人の孵卵器にされるかと思ったらね……でも頼れそうな真紀が死んでしまったからにはもう息子であるあなたに接触するしか手段が思い浮かばなかったのよ……ねえ有紀君、何か真紀から聞いていない?」


 なるほど、確かにそうだ。

 あの場に居合わせたのは俺が中に居た真紀とMとG。

 当然MとGは未来に帰ってしまったので事情を問いただせるのは真紀だけという事になるからな。

 しかも真紀が死んでしまったからには何かを知っているかもしれない一緒に住んでいた俺に白羽の矢が立つのは至極当然の事だ。


「美沙さん、いや美沙……驚かないで聞いて欲しいんだけど、あの時の真紀は俺の意識が入って状態だったんだ」


「そう、何となくそんな気はしていたわ、実際園田に有紀君って呼ばれていたものね」


「それ以前も俺は真紀として美沙やヨミと接したことがあるんだよ、女の子として生活するためのイロハを美沙に教えてもらったりね……生憎その時の君の記憶は園田に消されてしまったんだけど……」


「へぇ、きっと楽しかったでしょうね」


「俺に取っては散々だったよ」


「ウフフ……」


 美沙とこうして話していると昔に戻った気がするよ。


「美沙、俺はまだ園田達宇宙人と戦っている最中なんだ、悪いけどもう行くよ」


「有紀、私に出来る事は無いの?」


「残念だけれど無いよ……今まで色々とありがとう」


 バスが丁度バス停に泊まった。

 俺は席を立つと開いた降り口からバスを飛び降りた。


「有紀!!」


 窓を開けて美沙が叫ぶ、目じりには涙を浮かべて。

 再びバスが動き出す。

 俺は美沙に向かってゆっくりと手を振った。

 恐らくもう二度と会う事は無いだろう。

 美沙は頻りに俺の名を叫んでいたが次第に街の雑踏に搔き消されていった。


「さてと……」


 しかし美沙に会えと言う指令は何だったんだろう?

 Mが意味の無い事をさせるとは到底思えないんだが。


「よう、来てくれたか」


 背後から声がする。

 このバリトンボイスは……俺は急いで後ろを振り返る。

 

「やっぱりな……」


「久しぶりだな、元気だったか?」


「よく言うぜG……いや、道明寺凱」


 そこには俺の記憶にある姿より少しばかり老けた道明寺凱が立っていた。

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