第24話 禁則事項


 謎の銀色の二人組に付いてどれほど走ったろう。

 

『こっちだ』


 如何にも怪しい出で立ちの二人なのだが道ですれ違う人々は特に気にする様子もなく、普通に街中を移動できているのはどういうからくりなのだ?

 そうこうしている内によく分からない会社が複数入居している雑居ビルの前に辿り着く。


『この建物に入るぞ、付いて来い』


 男の指示で建物脇にある階段を上り室内に入る。

 中はやはりどこかの会社の事務所然としておりかなり殺風景だ。


『ここまで来ればもう大丈夫ね』


 女の方が来賓用のソファに腰掛け溜息を吐いた。


『ここは俺たちが拠点にしている食品会社のオフィスだ、隠れ蓑だけでなく実際に営業していて資金調達にも一役買っている……とは言っても俺たち二人は働いていない、雇っている従業員が別にいるがな』


『さあ、あなた達も遠慮せずに座って頂戴』


「はぁ……」


 俺と美沙は女の対面にある一人掛けの椅子にそれぞれ座る。

 どちらかというとこちら側に会社の人間が座るんじゃないかな。


「助けてくれた事には礼を言うけど、お前たちは何者なんだ?」


『そうだな、まずは自己紹介といこうか、俺はGジー……こちらでは初めましてだが俺の声に聞き覚えは有るよな?』


「やっぱりね、俺の夢の中に出て来たのはお前なんだな?」


『そうとも』


『私はMエムよ』


「俺は……」


『そっちの紹介はいいよ、もう知ってるからな』


「まあそうだろうな、じゃあ早速いくつか聞きたいことがあるんだがいいか?」


『おっと、前もって言っておくが質問の内容によっては俺たちには答えられない事が有る、所謂禁足事項って奴だ……それを念頭に置いてくれると助かるのだがね』


『そうね、同様にヘルメットを取らない事も理解して欲しいわね』


 顔から今の時代に居る人間との関連がバレるのを恐れているのか?

 何だか釈然としないな。


「何だよ、それじゃあ質問に答える気が無いと言ってるのか?」


『それは違うわ、もうぶっちゃけちゃうけど私達は未来の世界からここに来ているの、要するに未来人って訳……だから過去の人間であるあなた達に教えられない情報があるのよ……本来ならあなた達が知り得ないこれから起こる出来事のね』


 やはりそうか、夢の中でそこの大男が言っていたのは本当の事だったんだ。

 だがおかしいぞ? 


「それを言うなら以前そこのGが言っていた未来は宇宙人共に支配されている情報は俺に聞かせて良かったのか?」


『それは問題ない、あの未来は到底許容できるものではないからな……だから有紀、君の手であんな最悪の未来を変えてもらいたいんだ』


「そう言われてもなぁ……」


 正直俺にそんな期待を掛けられてもどうしてよいか分からない。


「でもさ、それならもっと過去に遡って宇宙人の侵略を阻止すればよかったんじゃないのか?」


『……正直耳が痛いよ、だがね皮肉な事に宇宙人と地球人の両方の血を引いたお前の力がどうしても必要なんだ……それにこうしなければ君はこの世に存在すらしない事になるんだぜ?』


「むむむっ……それを言われると弱いな」


「ちょっと!! さっきから何の話をしているの!? 私には何が何やら……さっきの公園の出来事も説明を要求するわ!!」


 今まで静観していた美沙が堪りかねて話に割って入って来た。


『済まないわね紺野美沙さん、巻き込んでしまって……でもここから先はあなたは知らない方がいいと思うのよね』


「何よ!? ここまで巻き込んでおいてその言い草は!!」


 美沙が怒るのも無理はない。


『本当にご免なさい……』


 Mは腰のホルスターからおもちゃの光線銃のような物を引き抜くと美沙に向かって引き金を引いた。

 銃口からは波状の光線が発射され美沙の身体を捉える。


「あがががががっ……!!」


 美沙が激しく痙攣し、その場でぐったりしてしまった。


「おい!! 何をするんだ!?」


『安心して、殺してはいないわ……少し記憶を消しただけだから』


「お前たちもそんなことが出来るのか、あいつらと同じ様に……」


『宇宙人から分捕ぶんどった技術を応用したんだ、さっきも言ったが俺たち未来人は過去の人間に知られちゃいけない情報を持っているからな、中々に役立ってるよ』


「所で美沙はどうなるんだ?」


『数日前辺りからの記憶が消えているはずよ……困ったことにあまり正確に記憶を消す期間を指定できないのよねこれ、下手すると記憶以外にも趣味趣向、性格が変わってしまう事があるらしいけどこればかりはどうなるか……』


「………」


 もしや俺が初めて会った大人の美沙の性格がやたらと温和な感じだったのはこれのせいではと勘繰ってしまう。

 だからそれ以降も記憶に障害が出ていてクリムゾンレッドの事も曖昧にしか覚えておらず指輪とか言い出したのかもしれないな。

 禁則事項何たらでそうしなければならない理屈は分かる、しかし何とも受け入れがたいな。

 だが割り切るしかない、この目の前にいる未来人の協力無くして宇宙人の侵略を阻止する術は無いのだから。


「で、俺はこれから具体的にはどうすればいいんだ? 悪いけどあんたたちが思う程俺には何の力も無いんだぜ?」


『うん分かっている、お前はそのまま十六年間平穏に過ごしてくれ、身の安全は我々が保証しよう』


「えっ? それだけ?」


 Gが全く予想だにしていなかった事を口にする。

 一体どういう事だ?


『やる気になってくれている所悪いんだけど、今のあなたに出来る事が無いのよ……あっ、そうそう、これを渡しておかなければね』


 Mが俺に向けて手を差し出す。

 その手の平には赤い玉、クリムゾンレッドが乗っているではないか。


「えっ!? これって!?」


 まさか、有り得ない。

 クリムゾンレッドはさっき俺が飲み込んでしまったはずだ。


「もしかしてもう一つあったとか!?」


『いいえ、それは正真正銘、あなたが持っていたクリムゾンレッドよ……それは唯一の物、何個も存在しないわ』


「そんな馬鹿な!!」


『さっき飲み込んでしまったって言うんでしょう? でも今はここに在る……出所は言えないけどね』


「禁則事項ってか? じゃあ俺が飲み込んだのは……」


『ああ、それは気にしなくていい、それも織り込み済みだから……今頃お前の身体に吸収されている頃だろう』


「何だって……?」


 俺は本気で脅えていたんだぞ、あんな得体のしれない物を飲み込んでしまってどうなる事かと思っていたのに。


『済まないな本当に……』


「今更もういいよ」


『いや、そういう事じゃないんだが……済まない、これも未来をより良い方向へと導くためには仕方がない事なんだ』


 何だ? G のこの奥歯にものが詰まったような言い方は。

 また禁足事項ってか?


『という事であなたの記憶も消させてもらうわね、十六年の間今日の事を憶えていられると色々と都合が悪いの』


 Mがさっき美沙を撃った銃を俺に向ける。


「おい!! どういう事だそれは!? まさか俺の事も撃つ気か!? 美沙の様に記憶を消す消すために!!」


『安心して、美沙さんと違ってあなたの場合は身体に備わっている能力のお陰で十六年間きっかり有紀の意識が眠りに就くだけだから』


「俺の身体に備わっている能力って何だ!?」


『ご免なさい、それは今は言えないわ……十六年後にまた会いましょう』 


 そう言ってMは躊躇することなく銃の引き金を引いた。

 

「待ってくれ!! うっ……!!」


 光線に撃たれる俺。

 ビリビリと激しく感電する中、俺の記憶は薄れていった。




「うっ……うーーーん……」


 俺はいつの間に眠ってしまったのだろう。

 目を開けると家の居間ごろ寝していた。

 今は一体いつなのだろうか、とにかく時計を確認しなければ。

 まず居間にある壁掛け時計を見る。

 午後三時きっかり、出掛けたのが午前中だったから帰って来てから疲れて眠ってしまったのか?

 まあそんなに時間が経っていないからいい、これから晩ご飯の支度をしても十分間に合う。

 しかし何だろうこの違和感は……何か重要な事を忘れている感じだ。


「あっ!!」


 有紀がいない事に気が付く。

 赤ん坊の有紀がいないなんて、まさか誰かにさらわれたんじゃ?

 必死に家中を探し回るが有紀はどこにもいない。


「そんな……」


 有紀がいない事もそうだが不思議なのは寝室にあったベビーベッドも見当たらない事だ。

 俺に片付けた覚えがないのに何故?

 それにもう一人家に住んでいた様な気がするのだがそれも思い出せない。


「ただいまーーー!!」


 玄関先で元気の良い子供の声が聞こえる。

 近所の子が迷い込んだのか?

 取り合えず玄関に出てみる。


「ただいまお母さん!! 今日のお弁当もおいしかったよ!!」


 とても可愛らしい男の子が満面の笑みで俺に向かって空の弁当箱を包みごと渡してくる。

 この男の子、見覚えがある……分かった俺だ。

 五歳ころの俺の姿だ。

 以前アルバムで見たから憶えている。

 しかし一体どういう事だ? 何で有紀が成長している?

 俺は慌てて居間に戻りカレンダーを確認する。


「……2010年……そんなまさか……」


 いつの間にかあれから四年の月日が流れている?

 ショックのあまり俺はその場に膝まづく。


「お母さん、どうしちゃったの?」


 有紀が不安そうに俺の顔を覗き込んでくる。


「……あなたは誰?」


 思わずそんな言葉が口を突く。


「有紀だよ……お母さんの子供じゃないか」


「そう……じゃあ私は誰なの?」


 まただ、俺は一体どうしてしまったというのだ?

 自分が自分である自信がない。

 

「えっ? そんなの決まってる、僕のお母さんだよ、|早乙女真紀(さおとめまき)、お母さんの名前じゃないか」


「ごめんなさい有紀……今言った事は忘れて頂戴……母さん、ちょっと疲れているのね」


 立ち上がろうとしたが再びふらつき、その場に倒れてしまう。


「お母さん!? ねえお母さん!! 大丈夫!?」


 有紀が心配して俺の身体を揺さぶるが、その甲斐虚しく俺は又、深い眠りに就くのだった。

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