第23話 アブダクション
「さあ行こうか早乙女有紀君、君にはまだまだ僕らの子供を産んでもらわなければならないんだからね……水野さんたちは未だ実験段階で、仮に我々の子を産んだとしてもその子供の質が極端に落ちるとの報告が研究部門から入っているんだ……やはり生粋の適合者である君が頼りなんだよ」
園田は身の毛のよだつ事実を俺に対して告げる。
子供の質が落ちるだと? こいつら宇宙人は生まれてくる命を工業製品か何かと勘違いしてるんじゃないのか?
「ご免だね!! お前らの思い通りになんて二度となるものかよ!!」
「おやおや、君は自分が今どういう状況にあるのか理解していない様だ……さっきからこの公園に起こっている変化に気付かないかい?」
「どういう事だ!?」
俺は公園内をぐるっと見回した。
暦と園田が現れるまで公園に居た人々がいない、それどころか公園の外にも人の気配が無い。
「まさか……」
「そう、そのまさかさ、今この公園は我々の技術で外の人々に認識されない様に特殊な装置で生成したエネルギーフィールドで囲ってあるのさ……だから外の人々にはここに公園が有る事が分からないし入ってくることも出来ない」
「そんな……!!」
俺は園田の隙を突き、有紀をベビーカーから取り上げ自分から一番近くに見える公園の出入り口に向かって走り込んだ。
「あれ!?」
確かに車止めのポールの間を通り抜けて公園外に出たはずが、反対側にある出入り口から再び公園の中に戻って来たではないか。
「無駄だよ、この障壁の中では空間も歪んでいるからね、どこに行こうと外に出る事は出来ないよ」
「くそっ……」
逃げられないとなるとこれは完全に俺が不利だ。
園田を力でどうにかしようにもこの女の身体ではそれも叶わない。
元々の俺の男の身体であったとしてもあの身体能力の高い園田に格闘戦を挑んで勝てるとは到底思えない。
それに人の記憶を操作する力を持つほどの存在だ、何か得体のしれない超能力か超科学の武器を持っているかもしれない。
ならどうする? このまま園田に捕まるのか?
それは無い、絶対にない。
「真紀……」
俺の傍らにはすっかり脅え切った美沙がおり、震えながら俺の腕に縋り付いている。
俺が諦めてしまえばきっと有紀は実験の成果として奴に取り上げられ、美沙も捕まり暦と同じ処置をされて宇宙人の子供を孕む事になるだろう。
こんな理不尽な目に遭う女性を増やして堪るか。
ここは何としても状況を覆す情報を園田から引き出してやる。
「なあ園田、何故俺が記憶を取り戻したか知りたくないか?」
「何だい藪から棒に?」
「お前は約一年三か月前、学校の関係者大勢の人間の記憶を消したよな? それって簡単に元に戻るものなのか?」
「……何の意図があるのか分からないけど答えてあげるよ、単刀直入に言ってそれは不可能だね」
いいぞ、俺たちが絶対に逃げられないからと余裕ぶって俺の誘導尋問に引っ掛かったな園田め。
「その簡単に戻らない記憶を俺は取り戻した、それの意味が分かるか?」
「………」
園田がそれまでの薄ら笑いを止め急に神妙な顔つきになった。
何故俺がこんな話題を園田に振ったかというと、それは先ほどの園田の発言に引っ掛かりを憶えたからだ。
園田は俺の妊娠から出産、結婚後の転居の事を把握出来なくなっており、その事で俺に誰かしらの協力者がいるのではないかと疑っていた。
ならそこに付け込み、俺のハッタリで何とかこちらに有利になる様に話しを持っていけないかという事だ。
「……協力者がいるとでも? 僕らの記憶改竄の技術に匹敵する能力を持った協力者が……?」
「さてどうだろうな? それを答えるのはお前の出方一つなんだけどな」
心臓が張り裂けそうに脈動する、しかし動揺を絶対顔に出すな。
嘘を吐いていることが園田にばれてしまっては元も子もない。
「それで僕を脅しているつもりかい?」
「別にどう取ってもらっても構わないんだぜ俺は、でもお前らの脅威になるかもしれない存在、知りたくは無いのか?」
「………」
園田が口元に手を当て何やら考え込んでいる。
俺も今言った事に根拠なんて無いし確証なんて無い。
しかし全てが全くの作り話ではない。
何故なら俺の夢の中で語り掛けて来た謎の存在が居たのは事実だからだ。
しかしその事は記憶から消えていた筈なのだが、今回の意識覚醒にあたりその事が俺の記憶の中に蘇って来たのだ。
あの野太い声の持ち主は将来俺が園田に襲われるであろうあの不思議な空き地の事を教えてくれた上に今回の記憶の覚醒にも手を貸してくれた。
あんな芸当が出来る存在がありきたりな存在だとは到底思えない。
あの男が手を貸してくれれば或いは……と限りなく勝つ望みの薄い賭けに俺は手を出そうとしている訳だ。
だがこれだけでは園田との交渉材料としては弱い。
もう一押し何か無いか……あっ、そうかそれなら。
「これが何だか分かるか?」
「それは……クリムゾンレッド」
俺はポケットから赤い宝玉、クリムゾンレッドを取り出し園田に見せつける。
「この玉が俺の記憶を呼び覚ましてくれたんだ、どうやらお前らはこれをただの遺伝子適合者の目印くらいにしか考えていない様だがこの玉には様々な能力があるんだぜ」
もちろん今言った事は記憶の覚醒以外は全て俺の噓だ、妄想だ。
能力としてはっきりしている事と言えば、しいて言うならふとした拍子に赤く光ることくらいか。
「ほう、それは良い事を聞いたね、じゃあそれを頂いてじっくり調べ尽くすとしようか」
園田がこちらに一歩を踏み出そうとした。
「おっと、それ以上近付くなよ? おかしな素振りを見せたらこのクリムゾンレッドを嚙み砕く」
俺は指で挟んだクリムゾンレッドを口元へ運び、前歯で軽く噛み園田を睨みつける。
「未知の精神エネルギーの凝縮体なんだろう? 破壊したら何が起こるんだろうな?」
「………」
園田はそのまま足を止めた。
いいぞ、園田はクリムゾンレッドに脅威を感じて警戒している様だ。
咄嗟に思いついたハッタリだがこのまま逃げることが出来そうだ。
「フフフッ……」
「何がおかしい?」
園田が突然含み笑いを始めた。
何だ? 物凄く不安を感じる。
「噛み砕きたいならご自由に、もし大爆発でも起きようものならあなたはもちろん、お友達の紺野さんとあなたのお子さんであり自分自身の有紀君も巻き添えになるのだけどいいのかな?」
「くっ……!!」
園田め、冷静じゃないか。
流石は学校一の秀才と言われていただけはある。
動揺させて的確な判断が出来なくなっている内に逃げる算段が水の泡だ。
「君がそんなに僕らを拒絶する意味が分からないんだよね、僕らに保護されれば命の安全は元より上等な生活環境を提供すると約束しよう、ただ僕らの子供たちをあなた方の身体の生殖機能が限界を迎えるまで産み続けてもらう事にはなるけどね」
「ふざけるな!! 地球人を!! 女を何だと思っているんだ!!」
こいつ、自分の言っていることが分かって言っているのだろうか?
まるで家畜の様な扱い、誰がそんな条件を受けると言うのか。
「はぁ、交渉決裂か、じゃあ力づくでその玉を奪うとしよう」
次の瞬間、園田が目にも止まらぬ速さでこちらへと駆け出してきた。
両肩を掴まれそのまま背後に押し倒された。
「きゃあ!!」
巻き添えを食って美沙も勢いよく弾き飛ばされた。
「ぐっ……!!」
背中に激しい痛み、有紀は俺の身体がクッションになって無事だが園田め、赤ん坊がいるというのに容赦がない。
ゴクッ……。
「あっ……!!」
倒れた拍子に前歯で保持していたクリムゾンレッドがはずれ俺の喉を滑る様に通り過ぎていく。
まるで口に入れたばかりの大きな飴玉を誤って飲み込んでしまった感覚に似ていてかなり苦しかった。
だがこれは困った……これを飲み込んでしまったら俺の身体に何が起こるか知れたものではない。
しかもあれは死にゆく俺からこの赤ん坊の有紀が成長したのちに託さなければならない大切な物だというのに。
「ゲホゲホっ!!」
激しく咳込むが出てくる様子は無い。
「やれやれ、飲み込んでしまいましたか、そこまでしてそれを僕に渡したくないとはよっぽどなんですね」
あきれ顔から真剣な表情に変わる園田。
違う、これは成り行きで……。
だがクリムゾンレッドが貴重なものだという事を園田に信じさせることには成功したようだな。
「まあいいや、あなたを基地に連れ戻って開腹手術でそれを取り出すとするよ」
「なっ……」
冗談じゃない、そんな事されてたまるか。
俺が激しく憤ると同時に胸の奥が急に熱くなり始めた。
これは怒りによる血流から来るものではない、何か別の要因だ。
何故なら胃の辺りから火傷しそうなほど高温を感じるから。
「あっ……!!」
俺の胸が赤く光っている。
何だこれ? まさか飲み込んでしまったクリムゾンレッドが体内で発光しているのか?
「ふぎゃあ!! ふぎゃあ!! ふぎゃあ!!」
胸に抱かれている有紀が今まで見せたことがない程猛烈に泣き叫ぶ。
それに呼応してか光は益々輝きを強めていった。
「くっ!! 何だこの光は!? 目っ……目がああああああああっ!!」
俺に覆い被さっていた園田は至近距離でまともに顔面にその鋭い赤光を浴びてしまい一瞬にして目を焼かれてしまった様だ。
目元を手で押さえながら仰け反った。
今だ、この隙に……俺は園田との間に出来た隙間に足を差し入れるとそのまま園田の腹を蹴飛ばした。
「ぐあっ!!」
後ろに倒れ込む園田を尻目に俺は立ち上がり美沙の元へと駆け寄る。
「大丈夫か美沙!?」
「……ちょっと、何がどうなっているの!?」
「済まない、今は事情を話している暇は無いんだ、ここから逃げられたら必ず話すから!!」
美沙を助け起こすと今度は暦の所へ行き手を掴んだ。
「暦!! 一緒に逃げよう!!」
「嫌よ!! 私は園田君と一緒に居るの!!」
「さっきの俺と園田の会話を聞いたろう!! 暦は園田に騙されている!!」
「いいのよそれでも!! 少なくとも園田君は私を必要としてくれているもの!!」
腕を引っぱっても頑として動こうとしない暦。
駄目か、暦は前から園田を好きだったのだ。
しかも園田が俺に近付く為に
記憶操作などが間にあったが、それがまたこうして園田と出会い、その腹に園田との子供を宿したのだ、暦にとってはこの上ない幸せなのだろう。
「分かった無理強いはしない、でも必ず助けるからな!!」
俺は暦から手を放し有紀と美沙を連れ走り出す。
ただ最大の問題は今いる公園は園田により外界から隔絶されている事だ。
このまま走り回った所で逃げることが出来ない。
どうする?
その時だった、突然目前の何もない空間に亀裂が入った。
そしてその亀裂は一気に大きくなりまるでガラスが割れるかの様に砕け散ったではないか。
『やっと見つけた!! 無事!?』
女性の声がする。
そこに現れたのは銀色のヘルメットに銀色の全身スーツを着た二人組。
一人は筋骨隆々の大男で、もう一人は身長の低い華奢な人物……恐らくこちらは女の子だ、先ほどの声は少女然としたものだった。
「……うん」
あまりに唐突に現れた二人に茫然とする俺。
大男の体型は物凄く見覚えがあるが彼かどうかは分からない。
助けに来てくれたのなら嬉しいのだけどそんな訳は無いか。
『今の内にここから脱出するぞ!! ついて来い!!』
あっ、この大男の声には聞き覚えが有る、この野太い声はまさかあの……?
だが今はそれを問いただしている時間は無い。
俺たちは銀色の二人組の先導の元、公園から走り去るのだった。
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