第22話 最悪の再会
「来たわよ真紀」
美沙が軽く右手を上げながら改札を通り抜け俺が待つ駅の出口へとやって来る。
俺も手を上げて応じる。
美沙は俺の記憶にある姿とは少し違い、少し大人びた印象を受ける。
そうだ、この姿は17年後の俺が
彼女ももう社会人だ、学生の時とは違う。
だがどうしてか少しばかり淋しさを感じるのは何故だろう。
親友として一緒に時を過ごせなかったから? それはどうだろう、そもそも俺とこの時代の美沙や暦、道明寺とは同じ時代に同級生になるのは有り得ない事だ。
それなのに精神の時間遡行という有り得ない現象によってそれが実現してしまい、俺はその中で彼らとの時間を過ごし俺自身の思い出の一つとしてしまったのだ。
こんな事、誰でも経験できるものではない。
「久しぶり美沙……」
「そうね、一年以上会ってなかったわよね」
「うん、来てくれてありがとう」
数日前に電話で話したときとは違い、今の美沙の物腰は穏やかだ。
少しは機嫌が直ったのだろうか。
「まあ!! この子が有紀ちゃん!? 可愛いわね!! 真紀によく似てるわ!!」
「そう……ありがとう」
美沙がベビーカーの中に居る有紀を覗き込み表情を緩める。
傍から見ると少しヤバい程に顔を紅潮させ鼻息が荒い。
こんな状況でも有紀は泣き出さなかった。
ふと思ったのだがこの子は滅多な事では泣かない。
どうしてなのかは分からない、ただ肝が据わっているというだけの事なのだろうか。
「どこかお店に入って話さない?」
「そうね、じゃあお店じゃなくて公園に行きましょうよ、そこで話しましょう」
「えっ? いいけど……」
以前学生の頃は放課後によくヨネダ珈琲に寄って暦と三人で駄弁ったものだ。
だが美沙は店ではなく公園を要望した。
そこまで気にする事では無いのかもしれないが一抹の不安が俺の胸を過る。
駅からそう遠くない噴水を囲むように円形のベンチが並ぶ公園。
俺は飲み物を買いに自販機に、美沙はベンチに腰掛け有紀を抱っこしている。
美沙が有紀を抱きたいと熱望するので仕方なくだ。
遠巻きに見ていると美沙は有紀を上手にあやしており、有紀もキャッキャと歓声を上げている。
さすがの美沙も赤ん坊の有紀に対しておかしな気は起こさないだろう。
自販機から買った缶ジュースを持ってベンチに座る美沙の元へと戻った。
「ありがとう真紀」
イチゴミルクと無糖コーヒーを見せると、美沙は無糖コーヒーを選んだ。
美沙はイチゴミルクを選ぶだろうと思い買って来たのだがどうやら昔と違い味の好みが変わった様だ。
よって俺はイチゴミルクを飲むことになった。
本当は俺用に買った無糖コーヒーだったんだがまあいい。
有紀を返してもらい、美沙と並んで腰かけ缶のプルタブを開ける。
「さて、何から話そうか」
「じゃあ早速だけど何であの道明寺凱と結婚したのかを小一時間ほど問い詰めてあげましょうか?」
美沙は至近距離まで顔を近づけ俺の目を覗き込む。
その見開かれた目、張り付いた無表情から恐怖に似た感覚を受ける。
「……話せば長くなるのだけれど……」
俺は美沙に妊娠発覚後の顛末を話して聞かせた。
ただ俺自身も分からない事は想像で補い、ぼかしながら。
「……そう、そんな事があったのね……」
「うん、だから美沙や暦に合わせる顔が無くって、だから私と彼は街を離れたのよ」
今言った事は完全に俺の妄想だ、この件に関してだけはどう考えてもわからない。
そしてそれを聞いた美沙の全身が微かに震えている、痙攣というのが近いかも知れない。
そしてその痙攣が大きくなった時、美沙は勢いよく立ち上がった。
「それなら尚の事、どうして最初に私を頼ってくれなかったの!? 真紀の為だったら私は何だってしたのに!!」
美沙は激昂した、物凄い迫力だ。
かなりの大声だ、これは喫茶店に入らなくて正解だったかもしれない。
「ゴメンなさい……」
美沙の迫力に気圧され正直これくらいしか言葉が出てこなかった。
あの時はとにかく自分の事しか考えられなくて妊娠した事実から逃げ出したかったんだと思う。
何故他人事風かというと、俺の精神が眠りに就いている間の記憶は俺自身鮮明には憶えていないのだ。
例えるなら意思疎通の出来ないもう一人の自分がこの身体を使って自動的に生活していたとでも言おうか。
自分でも何言ってるのか分からなくなってきた。
要するに全く記憶が無かった訳では無く主導権をもう一人の自分、真紀に握られている関係上、曇りガラス越しに起きている物事を傍観していた感覚か。
「……あっ、こっちこそゴメンなさい、今更あなたを責めても始まらないわよね、じゃあこれからの話しをしましょう?」
美沙は自らの気性を顧み、落ち着きを取り戻す。
「うん、美沙とは暦も含めて以前の様な良好な関係に戻れたらいいなって思う」
「もちろんよ!! 今日は二人きりで会う約束だったからヨミには声かけなかったけれど、今度は三人でまた会いましょう!?」
「うん、そうだね……ヨミってあだ名を聞いたのは久し振りだわ」
「懐かしいでしょう?」
俺の目じりに独りでに涙が湧き出る。
恐らくこれは今は眠っている真紀の感情が少しだけ表に出て来たのだろう。
いや、これは俺自身も胸が熱くなっているので俺たち二人の感情だ。
「……ならこれから会いましょうよ、三人で」
「えっ……?」
背後から聞き覚えのある声が聞こえ、俺と美沙はゆっくりと振り向く。
するとそこには一人の女性が立っていた。
眼鏡を掛けている、もしや。
「ヨミ? どうしてここに?」
やっぱり暦だ、真紀の親友の一人である水野暦。
暦はゆったりとしたワンピースを着て佇んでいる。
美沙に視線を向けるが彼女は驚いた表情のまま顔を何度も横に振る、どうやら美沙が暦に声を掛けた訳ではなさそうだ。
「冷たいわね、私だけ除け者にして二人っきりで会うなんて……美沙ったら真紀と連絡を取れたことすら私に黙っていたものね……」
「違うのよヨミ!! お互い疎遠になっていたから関係が少しぎくしゃくしていて……だからまずは二人だけで会って蟠りを取ろうかと思って……!!」
「それなら私も入れてくれたっていいじゃない、どうしてコソコソ会っているの?」
美沙の弁明を物凄い恐ろし気な表情で論破する暦。
何だろう、どこか違和感を感じる。
暦は明るくて誰からも慕われる子だったはず。
確かに以前俺は暦と園田の事で関係が険悪になったことはあったが、ここまでの憎しみを前面に押し出すような事は無かった。
「まあいいわ、結果的には三人で会えたのですもの、それに今日はもう一人、是非同窓会に参加したいって人がいるのよ」
「えっ?」
「……お久しぶり、早乙女さん、紺野さん」
暦の後ろから現れたのは何とあの園田健太郎であった。
そしてニコニコと満面の笑みを浮かべているではないか。
「お前!! どの面下げて俺の前に現れやがった!?」
「真紀……あなた……?」
美沙は
しまった、園田を見て我を忘れて元来の俺の言葉遣いで怒鳴ってしまった。
「おやおや、感情的になると地が出るのは治っていない様ですね、早乙女有紀君」
「………!!」
園田、今その事に触れる気か?
「……どっ……どういう事……?」
さらに追い打ち、美沙は何が何やら分からないといった感じで茫然としている。
まさかこんな展開になるとは夢にも思わなかった。
暦が登場したのも想定外だがまさか問題の渦中の人物、園田が直々に現れるとは全く予想していなかった。
「まさか君が隣町に居たなんてね、全く気が付かなかったよ……赤ん坊の有紀君が生まれた頃に君に会いに来る予定がどうしてか君の居場所を我々は掴めなくなっていたんだよね……君、何かしたのかい?」
「……何を言っているのか分からないな」
「知らばっくれるんだ? 我々の情報網でも見つけられない隠蔽力は普通の人間に出来るとは思えないんだけどね」
一体園田は何を言っているんだ?
知らないものは知らないので答えられない。
一体どういう事だ?
「仕方なく昔の伝で水野さんにコンタクトを取ったんだけどそれでも分からなくてね、だから今度は紺野さんを見張っていたんだけどビンゴだったよ」
「それでここに……」
美沙に連絡を取ったのが裏目に出たか。
「ねえ真紀、私あなたに感謝してるのよ? こうして園田君にまた会えたんですもの、それに、見て……?」
暦は上気し頬を赤らめ、恍惚とした表情で愛おしそうに自らの腹を撫でた。
暦の腹は僅かに大きくなっていた。
それの意味する所は……。
「まさか……園田お前!!」
「うん、水野さんには君同様我々の作戦を手伝ってもらう事になってね、何せ君が見つからなかったんだ、こうでもしないと作戦に遅延を来たすからね」
「ちょっと待て!! お前らの遺伝子を受け入れられるのは、適合者は俺だけじゃなかったのか!?」
「そうだね、あの頃まではね……だけど今はもう少しだけ僕らの研究も進んでいるんだよ……母体になる人間の身体をいじって適合者自体を量産する所までフェーズが進んでいるのさ……その被験者として水野さんには臨床実験に付き合ってもらっているって訳」
「この外道……!!」
「随分な言われようだ、でも仕方がないじゃないか、君さえ僕らに協力的だったら水野さんがこうなる事は無かったんだよ? そういう意味では君にも責任があると僕は思うけどね」
「言わせておけば!!」
何の罪悪感も感じていない園田の張り付いた笑顔。
奴のあまりの自分勝手な言い分に俺は怒りの余り体中の毛が逆立つ感覚がした。
園田を、こいつを野放しにしてはいけない。
何としてもこいつら宇宙人の野望を阻止しなければと俺は心に誓ったのであった。
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