第21話 衝撃の告白

 「……もしもし?」


『………』


 美沙は電話には出てくれたが、何故かこちらの呼び掛けに応答してくれない。


「あの……聞こえてる?」


『……何?』


「久しぶりね真紀だよ、元気だった?」


 今の俺は有紀の記憶が戻っているが、敢えて真紀を名乗った。

 思い返すと俺が園田に襲われてから俺は元より美沙や暦をはじめ、クラスメイトや教師にまで記憶の改竄が見られたからだ。

 実はあの時、微かにだが俺の有紀としての人格は残っており、違和感を覚えていたが、それからは徐々にその感覚は薄れ本来の母、真紀の人格と同化し次第に真紀自身となっていた訳だ。

 本当なら俺の置かれている状況の説明と俺が真紀として過ごしたこれまでの経緯を美沙から聞くために有紀として彼女に接したいところだが、記憶がいじられている可能性がある限り美沙を混乱させる恐れがある。

 だからいま彼女と会話をするなら真紀である方が都合がいいと判断したのだ。


『……で、何か用?』


 やっと返事をしてくれたかと思えば素気ない返事、いやどことなく不機嫌ですらある。


「あーーー、えーーーと……今度二人きりで会えないかな?」


『………』


 再び押し黙る美沙。

 一体どうしたのだろう?


『……どうしてあの男と結婚することも引っ越す事も私に話してくれなかったの? 親友であるこの私に……』


「あっ……」


 そうか、分かったぞ、きっと美沙は真紀おれが道明寺と結婚した上に隣町に引っ越した事を知らされていないんだ。

 俺も今日まで記憶が覚醒していなかったから憶測の域を出ないが、嫉妬深い上に女同士の恋愛に固執する美沙だ、その事に腹を立て拗ねているに違いない。

 だがそうなるとなぜ真紀おれが道明寺と結婚してこの街に越してきたのかを美沙から聞き出すのは難しいだろう。

 しかも俺が初めてこの時代に来た時と違い、美沙に俺、有紀の精神が真紀ははの身体に入っているという事を説明するのが困難だ。

 何故ならその真紀の息子である有紀は赤子としてここに存在しているから。

 そんな事を美沙に言おうものなら確実にこいつは頭がどうかしていると思う事だろう。

 ならどうする? ここで電話を切って美沙には合わない方が良いのだろうか?


『……まあいいわ、折角真紀の方から連絡を取ってくれたのだから、会いましょうよ……で、どこで落ち合いましょうか?』


「私は今、隣町に居るの……ちょっと事情があってここから離れられないからこちらに来てくれないかしら」


『分かったわ、今は仕事中だから今度の日曜はどう?』


「うん、それでいいよ、それじゃあこちらに着いたら連絡頂戴、駅に迎えに行くから」


『いいわ、それじゃあ日曜に』


 ここで美沙との通話は終了した。

 だがどうしようか、さっきも思った通りこうなってしまっては美沙と会うメリットが殆ど無いではないか。

 今更後悔しても遅い、こうなれば彼女に会うその日まで何を話すか考えておかなくてはな。

 まずは今の美沙との会話から判明した事から。

 真紀ははは何故結婚して引っ越したことを親友の美沙に話さなかったのか。

 美沙の口ぶりでは結婚と引っ越しの事実については知っていたようだから、大方美沙の事だ、恐らく真紀おれの実家にでも押しかけて聞き出したのだろう。

 なら何故こちらにやって来なかったのか? 実家は真紀おれの居場所を教えなかったのだろうか?

 釈然としない部分もあるがこの辺の話しは全て俺の憶測でしかない。

 取り合えず俺の背中でぐっすりと眠っている有紀を起こさない様に俺は家路についた。




 その日の夕方。


「ただいま」


「お帰りなさいあなた」


 道明寺が仕事を終え帰宅した。

 思わずあなたと呼んでみたがどうやらこれが普段通りなのだろう、道明寺は特に反応しなかった。

 凱と呼んでみようかとも思ったがこちらで正解だったようだ。


「夕食にする? お風呂が先?」


「うん? 珍しいな、いつもはそんなこと聞かないのに」


「そっ、そうだったかしら?」


 大体こういうのは定番のやり取りだと思ったのでつい聞いてしまったがそうじゃなかったのか?


「いつも通り仕事で汚れた身体を洗ってから飯にするよ」


「分かった、お味噌汁を温めて待ってるわ」


 風呂場に向かう道明寺の背中を見送りながら内心穏やかではない俺。

 でも仕方がないじゃないか、この夫婦が普段どんなやり取りをしているなんて知らないのだから。

 取り合えずコンロを点火、味噌汁を温め直す。

 自慢じゃないが俺は料理が出来る。

 シングルマザーの家庭は伊達ではない、母が仕事から帰る前に夕食の支度を毎日していたのだから。

 外から戻ってから料理の腕を振るって俺の得意料理のハンバーグを作ったのだ。

 こちらもレンジで温め直す。


「あっ、いい匂いだな」


「今夜はハンバーグよ」


 風呂から上がった道明寺が鼻を鳴らしながら居間に入ってきた。


「ほう、これは美味そうだ、頂きます!!」


 勢いよく飯をがっつく道明寺。

 大きな体の見た目通りの豪快な食いっぷりだ。


「美味いなこれ!! いつもより!!」


 目を丸くして驚いている。


「へへ~~~ん、どんなもんですか」


 胸を張ってドヤ顔を決める俺。


「……どうしたんだ? 今日のお前、少し変じゃないか?」


「えっ?」


 もしや感づかれた?


「いや変というのは違うな、どちらかというと昔に戻ったと言うか……悪い、上手く言えないんだが、男友達が居たらこんな感じだったんだろうかと思ってな……」


 昔に戻った? しかも俺の事を男っぽいと感じている? もしや、俺が初めて真紀ははの身体に入ってから過ごした僅かな時期の事を言っているのだろうか?

 だがそれはおかしい、その頃の学校の人間全員は記憶を園田達宇宙人に操作されているんじゃなかったのか?

 

「あっ……」


 俺はふと思い出す、道明寺が学校を退学になったのはその集団記憶操作の前だったはずだと。

 もしかしたら道明寺は記憶の操作を受けていなのでは?


「ねえ、一つ聞いていい?」


「……なっ、何だよ?」


 俺の醸し出す雰囲気に何かを感じ取ったのか道明寺は神妙な顔つきになる。


「あなた、どうして高校を退学になったんだっけ?」


「それは……お前も知っているだろう?」


「いいから答えて」


「……文芸部に捕まったお前を助けようとしてそいつらをぶん殴ってしまったからな、暴力沙汰で退学さ」


「そうよね、それで少年院に入ってたんだものね」


「………」


 済まないな、心の傷を抉ってしまって、しかしこれは必要な確認なんだ。


「その事は私とあなたは知っていても学校のみんなはそうじゃない、誰もその事件の事を知らないのよ」


「何だって!?」


 ショックを受けた顔をしているな、それも当然だろう。


「知らないというのはちょっと違うかな、正確には忘れさせられたと言った方がいいかも」


「お前、さっきから何を……」


「園田君って憶えてる?」


「ああ、あのイケメンで成績優秀のいけ好かない奴だろう? 憶えているぜ」


「その園田君の事も誰も覚えていない、それどころか最初から居なかったことになってるわ」


「おいおい、冗談だろう!?」


 今度は頭を抱えだした。


「あなたがそう思うのも無理は無いわね、ダメ押しで言ってしまうけど有紀は園田の子なのよ」


「なっ……お前、その事を知っていたのか!?」


 道明寺は勢いよく立ち上がり俺に詰め寄った。

 これはきっと俺が元から子供が園田の子だと知っていながら記憶喪失の振りをして自分を騙したと思ってっるのだろう。

 それは断じて違う。


「さっき思い出したの、私は街にある不思議な裏路地で園田に抱かれてしまった……それと同時に記憶を消されてしまったよ……そして彼は宇宙人と地球人の間に子孫を作り地球を内側から侵略しようと企む宇宙人の手先なのよ」


「そっ、そんな馬鹿な話しを信じろと言うのか!?」


「信じられないでしょうね、でもこれが事実なの……この際だから全てを話しましょうか? 私は、俺は早乙女真紀じゃない、未来から精神だけがこの身体に入った未来の早乙女有紀なんだ……」


「なっ……」


 道明寺は衝撃の余り開いた口が塞がらない。

 顎が痙攣し言葉が出てこない様だ。

 それはそうだろう、さっきまでの話しでも意味不明なのに更に訳が分からない事実を上乗せされたのだから。

 俺だってこの事実を未だ受け止め切れていないのだ、同情を禁じ得ない。


「……紺野美沙は真紀の中身が未来の有紀と知りながら協力してくれていた、お前が昔と言った真紀の性格は俺がこの身体に入ってた頃の事だろうな」


 それからこれまでにあった出来事を時系列順に追って道明寺に話したのだが、当然彼は終始茫然として固まっているだけだった。


「………」


 道明寺は押し黙ってしまい、椅子に座り直し俺から目を背けると、テーブルにあったビールを一気に煽った。


「今度の日曜日、美沙と会う約束をしているんだ……お前を連れて行くわけにはいかないけど近くで見守っていてくれないか?」


「………」

 

 道明寺は口を利いてくれない。

 いっぺんにこんな荒唐無稽な話をされてはいそうですかと信じられるわけがない。

 もしかするとこれを切っ掛けに真紀おれと道明寺の関係も終わってしまうかもしれないな

 なにせ俺は不可抗力とは言え道明寺の恋心を踏み躙ったのだから。


 そして日曜日。


『もしもし、あと三十分くらいで駅に着くわ』


「分かった、待ってるね」


 美沙からの連絡が来た。


 不安を胸に俺はベビーカーに有紀を乗せて駅へと向かうのだった。

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