第20話 リフレイン


 「ふあっ……!?」


 物凄い勢いで上体を起こし目覚める私。

 

 目に飛び込んでくる景色は見慣れた寝室。

 ベッドの横のベビーベッドでは私の息子、有紀が静かに寝息を立てている。

 良かった、今のは夢だった。

 私の身体は嫌な汗でびっしょりだ。

 パジャマが身体に張り付いて気持ちが悪い。


 最近よく同じ夢を見る。

 私が何故か男の子で学生服を着て学校に通っている。

 同級生には女の子の様な顔立ちのせいで揶揄われたりしていた。

 そして自分の母親の忌の際に立ち会うのだが、病床に横たわるその母親というのが私自身なのだ。

 そして男の子の私に赤い玉を渡してくる。

 そこでいつもこの夢は唐突に終わりを迎えるのだ。

 しかし何故こんな不可解な夢を見るようになったのだろう?


「またいつのも夢か? 今日も魘されていたぞ」


 隣で寝ていた私の夫、凱が心配そうに私を見つめている。

 先ほども言ったように私が夢で魘されるのは初めてではないので凱もそこまで慌ててはいない。

 

「うん……どうしちゃったんだろう私……」


「一度病院で診てもらうか?」


「ううん、そこまでしなくても大丈夫……」


 凱にはこういったが私自身夢のせいで相当精神が追い詰められているのを感じる。


「すぐに朝ごはんを用意するから服を着て待っててね」


「分かった、その前に有紀のおむつを確認しなきゃな」


「お願いね」


 私はこの話題を打ち切る様にベッドから起き上がりキッチンに向かう。

 何かしている方が気が紛れるから。




「行ってらっしゃい、あなた」


「行ってきます」


 朝食後、凱を玄関で見送り居間に戻るなりソファに倒れ込むように座る。


「……はぁ」


 溜息を吐く。

 仰向けに寝そべり天井を見上げるとすっと一筋、顔の側面を涙が流れる。

 思った以上に夢による精神的ダメージは蓄積しているみたいだ。

 そして寝室へ移動しベビーベッドの中に居る有紀の顔をじっと見つめる。

 有紀は生後五ヶ月になった。

 首も座り、髪も生え揃い、表情も豊かになってきた。

 よく赤ん坊は日に日に顔が変わると言われるがその通りで、お猿さんのような顔から変化し今は私に似てきている。

 だがこの子を見ていると嫌でも思い出す、今朝見た夢を。

 夢の内容から想像するに夢の中で私がなっている男の子は有紀なのではないかという事。

 そして病院で息を引き取るのは紛れもない私だという事。

 しかしあれは夢だ、間違いない。

 だが何故だろう、まるで経験したことがあるかのような臨場感と現実感が私には感じられるのだ。

 少し違うかもしれないがあれは予知夢か何かなのではないかとさえ思えるのだ。


「あっ、そう言えば」


 私は自分の私物を入れている小さな卓上の小物入れの置いてある所へ行き引き出しを開けた。


「……これ、よね」


 ビー玉程の大きさの赤い玉を取り出し掌に載せる。

 夢の中で男の子の私が母親である私から受け取る件の赤い玉。

 夢が予知なのだとしたら私は将来的に有紀にこの玉を渡すことになるのだろうか。

 しかし何故そんな事をするのだろう?


「あっ!!」


 不意に赤い玉が輝き出した。

 赤白色の光が部屋の中を無遠慮に照らし尽くす。

 何? 何が起こっているの?

 だが暫くするとその光は徐々に弱まり、遂には何事も無かったかのように輝きは収まった。


「うっ……頭が……」


 次は猛烈な頭痛が私を襲う。

 目が回る、猛烈な乗り物酔いに似た感覚に吐き気をもよおす。

 あまりの激痛に私は立っていられなくなり、傍にあるベッドに縋り付きながら床に膝を付いた。

 

「はぁ……はぁ……」


 暫くして頭痛は収まっていく……呼吸を整えゆっくりと立ち上がって周囲を見回して俺は驚いた。


「……どこだ、ここは?」


 見慣れない家の見慣れない部屋。

 しかも傍らには赤ん坊が眠るベビーベッドがある。

 はっ? 何だこれ? 何で俺はこんな所に居る?

 園田に身体を弄ばれた時から記憶が無いがこれは戻って来れたという事でいいんだよな?

 しかも俺の手にはクリムゾンレッドが握られているじゃないか。

 もしやまたおかしな事になっているのか? 目が覚めたら俺の精神が過去の真紀ははの身体に入っていた時同様に。

 俺は自分の姿を確認するために丁度この部屋にあった姿見に自分の姿を映す。


「また母さんになってる……」


 どうやら戻って来たみたいだが、その姿に強い違和感があった。

 髪を後ろで三つ編みに纏め、飾り気のない普段着にエプロンをしていて、まるで主婦みたいな印象を受ける。

 いや待てよ、みたいじゃない、主婦そのものだ。

 慌ててベビーベッドを注視すると赤ん坊の頭上の格子の上の板にはローマ字で『YUKI』の文字が配してあった。


「まさか……この赤ん坊は……俺なのか?」


 全身が細かく震える、痙攣と言った方がいい。

 じゃあこの子は俺が産んだと言うのか? この俺が?

 俺が俺を産んだ? だがこの状況から見て間違いないだろう。

 残念ながら出産時の記憶は俺には無いが。

 出産は物凄い激痛で、仮に男だったらその痛みには耐えられないとさえ言われているからな、逆に記憶が無くて良かったのかもしれない。


「落ち着け俺……状況を整理しよう……」


 そう、こんな時こそ冷静にならなければならない。

 幸いここには誰もいない、今自分が置かれている状況を確認するにはもってこいだ。

 もし誰かが側に居た状態でおかしな挙動と言動をとってしまったら面倒な事になるからな。


「取り合えず、ここがどこなのか調べないとな」


 家の中を移動して間取りを調べる。

 居間に六畳二間の平屋建ての一軒家だ。

 外にも出てみる。

 表札には道明寺凱と書かれている。


「道明寺……道明寺凱だって!?」


 ここは道明寺の家なのか? しかしここで更に驚愕の事実を俺は知ることになる。


「えっ……えええっ!?」


 凱の文字の下に『真紀』の文字がある、これは要するに二人は結婚しているという事だ。


「何だって母さんとあいつが結婚しているんだ!?」


 まさか俺の父は道明寺なのか?

 おかしい、母は俺の父に当たる男の事を知らず女手一つで俺を育てていたはずだ、しかも俺の苗字は『早乙女』だ。

 これは俺が知っている現実とは違う。

 いや思い出せ、俺は園田に宇宙人の遺伝子を仕込まれて俺を産んでいるんだ、認めたくは無いが俺の父親は園田なのは間違いない。

 よって俺は地球人と宇宙人のハーフという事になる。

 なら何故道明寺と同居している? しかも表札から察するに結婚もしている様だが。

 まずいな、こればかりは本人に聞いてみるしか経緯が分からない。

 もしこの後道明寺に会ってしまった場合どういうリアクションを取ればいいんだ?

 だかそればかりに気を取られるわけにもいかない、状況把握はまだまだ終わっていない。

 もう少し遠出を、町内を見てみたい。

 しかし赤ん坊の俺を放置していくわけにもいかない。

 一度屋内に戻り、有紀おれをおんぶ紐で背中に背負い出直す事にした。

 幸い有紀おれはぐずることなく大人しくしているのでほっとする。

 これなら暫くは大丈夫だろう。

 取りあえずは道沿いに進んで家の近辺を確認しよう。

 

 暫く住宅が続く。

 どうやらこの辺は住宅街の様だな。

 しかも何故か懐かしさを感じる。

 そしてその懐かしさの意味はすぐに判明する事となる。


「あれ? ここは……」


 物凄く見覚えのある通りに出た、ここは俺が元々暮らしていた街じゃないか。

 ただ、今現在の住まいではなく普段はあまり立ち寄らない区域ではある。

 だがこの街は紛れもなく俺が住んでいる街だった。


「そうか、母さんは俺を産んだのを機にこの街に転居したんだな……だとしたらまだ史実から逸れた訳では無いのかもしれないな」


 そもそも生前の真紀はははそこまで過去を詳しく語る方ではなかった事を思い出す。

 なら俺が物心つくまでに何かがあったのかもしれない。


「そうだ、こんな時は彼女に連絡を取れば……」


 忘れる所だった、園田を除けば唯一俺の状況を知っている人物がいるじゃないか。

 俺は服のポケットからスマートフォンを取り出した。


「紺野美沙……あった、番号は残ってる……」


 俺は早速電話を掛け、美沙とコンタクトを取ることにした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る