第12話 ジェラシックスクール


 衝撃的な告白劇のあった翌日の登校路、美沙と二人で学校を目指す。


 さすがにあんな事があった昨日の今日だ、美沙も積極的には俺に話しかけてこず、二人で歩いてはいるが沈黙が続く。


(はぁ……)


 俺は心の中で溜息を吐く、何でこんな事に……。

 家に戻ってからヨネダでの美沙との会話を思い出し、こちらに来てから起こった事も含めて俺なりに少し整理してみた。

 

 俺の母である真紀が無くなりその葬儀の夜に17年後の美沙が訪ねて来た。

 そして真紀が宝石を持っていなかったかと聞いて来たんだ。

 実際持っていたが訝しんだ俺は美沙のその事を告げず、美沙が帰った後に気絶するかのように眠りに就いた。

 で、次に目覚めたら学校の教室。

 しかも17年前の真紀になっていた。

 期せずして過去に来た事を利用して真紀の遺言の俺は不明の父親捜しをする事を決心した。

 その後すぐに園田健太郎という限りなく俺の父になりそうな人物に遭遇。


 ここまでは良かった。

 だが昨日の美沙の言葉で俺の行動に対しての疑問と不安が沸き起こってしまった。

 仮に父を特定したとしてどうするのか、それを知りたがっていた真紀はははもういない上に俺自身が元の時代に戻れる方法も無ければ保証もない。


(あーーーもう、どうすればいいんだ?)


 ただ出来る事というかやるべきことは園田と付き合いを継続する事。

 もし彼が俺の父親ならそのまま真紀と結ばれてくれなければ困る。

 そうしなければ俺が生まれて来ないから。

 だがこれも確実とは言い難い、もし違う人物が俺の父親だった場合の可能性が否定できないからだ。

 何故そう思うか……それは真紀が俺を誰との間に儲けたのかを憶えていない事が引っ掛かるから。


 常々思っていた事だがこれは凡そまともな事ではない。

 自分の出生に関わる事であまり悪い方に考えたくなないのだが、犯罪や陰謀の類の関与を考察せずにはいられない。

 はたまたファンタジー的な何か……実際に俺が過去の真紀になっている時点でこちらの要素も否定が出来ない。

 もう荒唐無稽だなんて言っていられない、何だって考えられるのだ。


「真紀、通り過ぎてるわよ」


「あっ……」


 美沙に声を掛けられて気付く。

 もの思いに浸り過ぎて学校の校門を通り過ぎる所だった。

 慌てて戻り校門をくぐる。


「やあ、おはよう」


「えっ?」


 校門を入ってすぐに声を掛けられた、何と園田がそこに立っていたのだ。


「えっ? えっ? 園田君? どうしてここに?」


 まさかこんな所に居るなんて思わなかったので心の準備が出来ておらず戸惑う俺。


「折角だから早乙女さんと一緒に教室へ行こうと思って」


「そ、そう……」


 この天然男は……いくら俺たちが昨日から付き合い始めたからって露骨すぎるだろう。

 これでは女子たちの燃え上がる嫉妬心に新たに燃料を透過するようなものだ。

 だからと言って邪険にするわけにもいかず俺と園田は並んで昇降口へ歩むを進める。

 美沙は数歩下がって俺達に付いてくる。

 彼女の表情も言わずもがな、である。


「みんなおはよう!!」


 教室に到着、園田の明るい挨拶に普段は活気づく教室内も今日だけは微妙に違っていた。

 皆、挨拶こそ返してくるがどことなくぎこちなさが滲み出ている、特に女子の。

 ううっ……居心地が悪い。

 そそくさと着席するも、何と俺の席の前に園田が近付いて来るではないか。


「あれから昨日は何していたの?」


「えっと……その……勉強を……」


 実際はそんな事はしていない、強いて言えば俺の目的の為にあんたとの付き合いをどうするべきかだな。


「さすが早乙女さんだね、僕も見習わなきゃ」


 屈託なく笑う園田。

 あんたは常に学年トップ勢でしょうが、嫌味な奴だな。

 だがクラスメイトの受けはいいんだよなコイツ。


「ホームルーム始めるぞ!!」


「おっと、もう先生が……また後でね」


 ウインクして立ち去る。

 その直後、複数の突き刺すような視線を背後から感じる。

 勘弁してよぉ。


 それからの授業も教室内には常にその重たい空気が充満していた。


 そして昼休み。


「早乙女さん、お昼はどうするの?」


 さも当然といった自然な感じで園田が俺の所へ来る。

 恐らくは昼飯を一緒に食べようとのお誘いなのだろう。


「おっ、お昼はいつも教室で美沙とお弁当を食べてます」


 これ以上のプレッシャーに耐えられずやんわりとお断りしようとすると……。


「あっ!! 私、お弁当忘れちゃった!! ゴメン真紀、私今日は学食へいくね!!」


「あっ、ちょっと!!」


 妙に上ずった声とわざとらしい棒読みで美沙は廊下へと駆け出していってしまった。

 まさか気を利かせているつもりか? 余計なお世話だ。


「僕もお弁当なんだ、良かったら中庭で一緒に食べない?」


 相変わらずの眩しい笑顔、こうなったら仕方がない。


「……うん」


 二人で連れ立って中庭へとやって来た。


 この学校の中庭はちょっとした庭園になっており、中央にある噴水を囲むよう組まれた木枠には蔦が巻き付いて中々に良い雰囲気を醸し出している。

 噴水が見えるベンチに二人して座る。


「僕は夢だったんだよね、こうして早乙女さんと一緒に中庭でお弁当食べるのが」


 見るからにウキウキしながら弁当を包む布を解いていく園田。

 だが今の俺はそんな気になれない。


「あの、一つ聞いていい?」


「何だい?」


「どうして私なんですか? 園田君は色々な女生徒から告白を受けていたんでしょう? 中には私なんかより可愛い子もいたと思うんですけど……」


「そんなの当然、好きでも無い子の告白は受けたくないからだよ」


「えっ……」


 即答、実にあっけらかんとそう答えた。


「僕は早乙女さんが好きだ、初めて君を見た時に直感として分かった、君は僕の運命の人、必要な人だってね」


「なっ、なっ、何を言うのよ?」


 俺は火照る顔を両手で覆い俯いてしまう。

 無理無理無理!! こんなこと言われたら女の子なら誰だって落ちてしまう。

 男の俺でもわかる、コイツは恋愛方面においてとても危険だ。


「顔を隠さないで、その可愛い顔を僕に見せてよ」


「~~~~~!!」


 園田に両手を掴まれゆっくりと顔から剥がされていく。

 きっと今の俺は恋する乙女の顔をしていると思う。


 それからの午後の授業や放課後は何をしていたのか殆ど記憶に残っていない。


 次の日。

 いつも通り美沙と登校、そして下駄箱を開けた時だった。

 

 蓋を開けた途端、中から中身が入ったまま開けられたコーヒーやジュースの缶、大量のゴミ屑が雪崩のように飛び出て来た。

 飛び散った液体が靴下や靴を濡らす。


「何これ……」


 一瞬何が起こったか分からなかった。

 当然中に入っていた上履きはとても履ける状態ではない。


「待ってて、職員室からスリッパを借りてくる」


 美沙がすぐさま行動に出てくれた。

 

 クスクス……。


 どこからともなく俺をせせら笑うような女の声が聞こえた気がする。

 もしやこれは……。


「はい、取り合えずこれで教室へ行きましょう」


「うん、ありがとう……」


 戻ってきた美沙からスリッパを受け取りそれで教室まで辿り着く。

 すると今度は俺の机の上に花瓶に活けられた菊の花が置かれているではないか。


「何よこれ!? 誰よこんな事したのは!?」


 俺より先に美沙が怒りを露にする。

 しかしクラスメイト達は一様に顔を伏せ誰も美沙の問いかけに答える者はいなかった、その中には暦もいた。


「ちょっとヨミ!! 誰がこんな事したのか知らない!?」


「……ゴメン」


 詰め寄る美沙から暦は目を背ける。

 無駄だよ美沙、仮に知っていたとしても暦は言えっこない。

 言ってしまったら自分も標的にされてしまうから。

 だが犯人は分からないが原因は明白……これは俺と園田が付き合った事への嫌がらせ、若しくは別れろと言う警告だろう。


「頭に来た!! 先生に言いに行くわ!!」


「止めようよ美沙……」


 俺は今にも飛び出しそうな美沙の腕を掴み引き留める。


「真紀もここまでされて悔しくないの!? こんな嫌がらせ絶対に許せないわ!!」


 当たり前だ、こんな事されて気分がいい訳がない、怒らない訳がない。

 しかし俺の実体験としてこれらの事を先生や学校に報告したとして良い方向に話しが進んだためしは無いのだ。

 最悪こういった行為はエスカレートするのが常。


「………」


 教室内に緊張感が充満する中、道明寺が教室内に入って来た。

 そして俺の机の上の花瓶を見て眉を顰め、教室中を見回した。


「フン……くだらねぇ」


 道明寺が一瞥した途端、空気が別の物へと置き換わるのが分かる。

 そのままいつものように席に着き机の上に足を投げ出す。

 だが彼の登場により幾分か俺の留飲は下がっていった。

 取り合えずこの邪魔な花瓶を片付けよう。


「手伝うわ」


「ありがとう」


 美沙と二人で花瓶を運び出した。


「おう、ホームルームを始めるぞ」


 俺と美沙が教室に戻った直後に担任の五十嵐が教室へとやって来た。

 ギリギリセーフだな。


「え~~~、園田は今日は休みだ、今朝連絡があった」


 園田が休み? 彼がこの今の状況を見たら何とかしてくれそうだったんだが。

 なんとタイミングの悪い事か。

 それから授業中は普通に過ごせていた、さすがに授業中に嫌がらせを仕掛けてくる奴はいない。


 そして放課後。


「早乙女真紀さんはいるかしら?」


 教室の入り口に数人の女子が詰めかけその内の一人、黒髪の長髪でとても美しい顔立ちの女子がそう言った。

 胸のリボンが俺たちの学年のエンジではなくグリーン……どうやら上級生の様だな。

 そしてその女子に俺は見覚えがあった。


山吹燈子やまぶきとうこ……先輩」


「あっ……」


 美沙が言った名前で思い出す、この上級生の女子は昨日屋上で暦が園田に告白しているのを盗み見ていた時に美沙が見せて来た写真の人物ではないか。


「はい、私が早乙女ですが何か御用でしょうか?」


「ああ、あなたが……悪いのですけど少し私達にお付き合い願えるかしら?」


 山吹は物腰は静かだがどことなく高圧的な物言いだ。


「はい」


「じゃあ私も……」


「早乙女さんとだけお話しがしたいの、お友達はご遠慮願えるかしら?」


「ちょっ……」


 何か言おうとした美沙を制し俺は一人で山吹とその取り巻きについて教室を出て行く。

 これからの展開は凡そ見当がつく、こんな事に美沙を巻き込むわけにはいかない。


 彼女らに付いて数分、学校とは別棟にある部活棟と呼ばれる建物へと案内された。

 ここは部活ごとに部屋が宛がわれており、設備や備品の管理などのに使われている。

 そして俺はそこの一室、『文芸部』と書かれた部屋に通された。


「さあお掛けになって」


 山吹に促され俺は椅子に腰かける。

 すると背後から取り巻きの数人が俺の腕を後ろに回し縛り上げた。

 脚も同様に椅子の脚に縛りつけられてしまう。


「ちょっと!! 何をするんです!?」


「この泥棒ネコ!!」


「ぐはっ……!!」


 山吹はカッと目を見開いたかと思うと鋭いボディブローを俺の鳩尾に叩き込んできた。

 園田の事について色々言って来るだろうとは予測していたがまさかこんな直接的な方向で仕掛けて来るとは思いもしなかった。


「何をするですって!? それはこっちの台詞よっ!! よくも私たちが思いを寄せる健太郎君に色目を使ってくれたわね!! 私達『ソノケンファンクラブ』を差し置いて抜け駆けは許されないわ!!」


「……はっ? 何それ?」


 ああ、思い出した……そう言えば美沙の名簿に書いてあった、園田にはファンクラブ存在するとか何とか。

 だがあまり大っぴらにはなっていないと。

 そうなるとこの文芸部がそのファンクラブ隠れ蓑になっているって訳だな。


「健太郎君はね、みんなの為を思って誰からの告白も受けてこなかったのよ!? このわたくしからの告白ですら……なのにあなたときたら、一体どんな手を使って健太郎君に言い寄ったのかしら!?」


「違うわ!! 園田君から私に告って来たのよ!!」


 恐らく信じてはもらえないだろうが真実を告げる。


「そんな訳ないでしょう!? この美しい私ですら健太郎君に選ばれなかったというのにあなたみたいな平凡以下が選ばれる訳ないでしょうが!!」


 何て独善的な言い分だ。

 ちょっと容姿が良い位でお前一体何様だよ。


「ふっ……あなた鏡を見たことがあるの? 今のあなたはまるで鬼婆だわ!!」


「まぁ!! 何ですって!? この売女ばいた!!」


「がはぁ……!!」


 山吹は逆上し更に俺の腹部に拳がめり込む。

 さすがに顔は狙わないか、後で暴行したのがバレるからな。

 しかし中々良いパンチをしているじゃないか、世界を狙えるぜ。

 だが売女は言い過ぎじゃないですかね? 真紀ははは知らない男との間に生まれた俺を女手一つで育ててくれたんだぞ。


「まだまだこんな物じゃないわ!!」


 もう一発山吹からボディアッパーが放たれた。

 だがこのまま大人しくサンドバッグになってやれるほどお人好しじゃないんだよこちとら……真紀ははの名誉のためにも。

 俺は縛り付けられた身体を椅子事前後に揺すり反動を付けて前方に倒れ掛かった。


「きゃっ!!」


 ゴツン!! と重たい音を立て俺の頭突きが山吹の鼻の辺りにヒット。

 堪らず山吹は鼻を押さえ仰け反った。


「あっ……ああ……!!」


 鼻から離した手のひらを見て山吹がわなわなと震える。

 彼女の両の鼻の穴から鼻血が滴っていたのだ。


「山吹様!!」


「嫌ッ!! 見ないで~~~!!」


 ハンカチを差し出した取り巻きを撥ね退け山吹は部室を飛び出していった。

 様ぁ見ろ。


「この!! よくも山吹様を!!」


「やってしまいましょう!!」


 残った取り巻きは俺を椅子ごと床に転がすと数人がかりで俺を蹴ったり踏んだりし始めた。


「ああああっ!!」


 さすがにこれはマズイ……このままでは真紀ははの身体が傷物になってしまう、それだけは嫌だ。


「だっ……誰か……」


 思わず助けを求める声が口から洩れる……誰も助けになんて来ないのに。


 バァン!!


 部室一杯に響くほどの大きな音を立てドアが開かれた。

 それに驚き取り巻きの暴行が一瞬止まる。

 

 俺は首をもたげ何とかその方向を見る、逆光で誰だか分からないが大きな体格の人物がそこに居るのが見える。


「誰よ!? 部員以外がこの部屋に入らないで!!」


 取り巻きの一人がその人物に怒鳴り付けるが去る気配はない。


「良く言うぜ……こんなリンチ紛いの事をしておきながら文芸部が聞いてあきれる……」


 この野太い声は……。


「うるさい!! 見られたからにはタダではおかない!! みんなやってしまいなさい!!」


「はい!!」


 文芸部ナンバー2らしき女生徒が号令を掛けるとどこから出したのか鉄パイプや釘バットを手にした取り巻きが一斉にその大男に殴り掛かっていった。


「おう、やろうってのか? いいぜ、俺は喧嘩に関しては男女平等を謳っているからなぁ!!」


 大男は太い腕から繰り出すパンチを容赦なく女生徒たちに振るっていく。


「きゃああああああっ!!」


 悲鳴を上げ吹き飛ばされていく女生徒たち。

 一分も経たず部室の中はその男に完全に制圧しされてしまった。


「道明寺……君?」


 大きな背中、振り向いた強面老け顔はクラスのはみ出し者、道明寺凱だった。


「よう、無事か?」


 そして笑った……その強面によらず良い笑顔だ。


 トクン……。


(えっ……?)


 道明寺の笑顔を見た真紀ははの胸がときめくのを感じる……まさか?

 

 十中八九俺の父は園田だと思い込んでいたが、これはまだ特定するのは早いのでは……俺はそう思い始めていた。

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