第13話 道明寺凱という男


 「歩けるか?」


 道明寺が右手を俺に差し出してくる。


「……ありがとう」


 彼の手を掴んで立ち上がる、大きくてゴツゴツした固い手だ。

 だけどとても暖かい。


「うっ……」


「大丈夫か?」


 殴られた腹の痛みに一瞬よろけるとすかさず道明寺が左腕を俺の背中に回し支えてくれた。


 キュン……。


 まただ、また真紀ははの胸がときめくのを感じる。

 そのお陰で俺の顔は火が出そうなほど熱を持ち赤くなっていく。

 だがそんな時だった、スカートのポケットの辺りから何やら光が漏れている。

 もしや……俺は道明寺から慌てて離れ、背を向けポケットから赤い玉を取り出す。

 

「やっぱり……」


 赤い玉は光っていた。

 しかしあの街に出掛けた時の路地裏に迷い込んだ時よりは光が弱い気がする。


「うん? どうかしたのか?」


「いいえ、何でも無いの……ははっ」


 俺は玉を手に隠し道明寺の方へと向き直り、愛想笑いで誤魔化した。

 さすがに玉の事は誰にも言えない、真紀ははとの約束があるからな。


「そうか……」


 幸い、道明寺は深く詮索してこなかった。

 彼の見た目から勝手な想像だが細かい事は気にしない性格なのかもしれない。

 それはそうと俺には一つ疑問があった。


「ねえ、道明寺君は何故私を助けに来てくれたの?」


 山吹塔子率いる文芸部を騙るソノケンファンクラブの連中が俺を呼び出しに来た時には彼はもう教室に居なかった筈。


「ああ、その事か……俺がいつものように屋上でゴロ寝をしていたらアイツらが泣きついて来たんだよ、お前を助けてってな」


 道明寺が振り向かず親指だけで後ろを指すとそこには美沙と暦が立っていた。


「……美沙、ヨミ」


 すぐさま美沙は俺に駆け寄りギュッと抱きしめて来た。


「良かった~~~!! あなたが連れ出された時はどうなるかと思ったわよ!!」


「心配してくれてありがとう」


 多少手つきが嫌らしかったりと抱きしめ方に欲望が垣間見えるが、助けを呼んできてくれて事を考慮して今は許すとしよう。


「ううっ……ゴメン……ゴメンなさい……!! こんな事になるなんて思わなかったの!!」


 その場で泣き崩れる暦。

 この言葉から暦が山吹の命令でこれまでの嫌がらせのいくつかをやらされたのは明らかだ。

 ここまでではないが俺も幼少時は女の様な顔立ちから随分といじめられたり揶揄われてきた身としては彼女のしたことは許せない事だが、首謀者のいう事を聞かないとどうなるかは知っているつもりだ。


「ヨミ、泣かないで、もう済んだことよ」


 暦の肩に手を置いて微笑む。


「真紀っち……わあああん!!」


 彼女は俺の胸に飛び込み更に大泣きを始めた……参ったなこりゃぁ。

 そんな時だった、不意に俺の身体が宙に浮いた。

 背後から道明寺が俺をお姫様抱っこの体勢に持ち上げたのだ。

 美沙と暦もその光景をあっと開いた口を押えながら見上げている。


「なっ……」


 初めての体験……当たり前の話しだが男である元の時代の俺がお姫様だっこで抱え上げられたことなど今までの人生で一度たりともなかった。

 道明寺の顔がかなり近い所にあり否が応にも胸の動悸は激しくなっていく。


わりいな、早めにここから移動したい……こんな場所に俺たちが居たら面倒な事になる」


 そう言って俺を抱えたまま小走りで部室の外へと出る。


「ちょっと!! 自分で歩けるわ!!」


 恥ずかしさも相まってつい大声を出してしまう。


「そんな足でか? いいから捕まってろ」


 自分の足を見ると先ほどソノケンファンクラブの女生徒たちに蹴られた後があり、ちょっと力を入れるだけでズキッとその部分が痛む。

 腹にも鈍痛が残っているので確かに道明寺に運んでもらった方が早く移動が出来るだろう。

 ここは恥ずかしさには目を瞑り、彼の好意に甘えた方が良さそうだ。


「ねぇ、助けを頼んでおいてなんだけど、山吹先輩からの仕返しとかは来るのかしら?」


 戦闘を走る俺を抱えた道明寺に追随する美沙が不安を語る。


「多分大丈夫だろう、こんな所に早乙女を連れ込んだで暴行したなど学校に知れてみろ、あのお嬢様たちも停学どころじゃすまないだろうよ、俺に返り討ちにあったなんて口が裂けても教師には言えないさ……ある意味こっちが奴らの弱みを握った形だな、こっちが黙っている限り奴らも何も出来んよ」


 粗暴な見た目に反して道明寺はしっかりとこれからの動向を予測していた。

 人は見かけに寄らずとはよく言ったものだ。

 そんな事を思っている内に俺たちは校舎外に出ていた。

 だがここは学校正面の門とはまるで反対側、高い塀がそびえ立っていた。


「どうしてここに?」


「正面から出るのは目立ちすぎるからな、俺が手を貸してやるからこの塀をよじ登って外に出てくれ」


「分かった」


 俺たち女子三人は道明寺が持ち上げ役となり塀の超える事になった。


「ちょっと、お尻触らないでよ?」


「触るかよそんな物」


 恩人に対して大層な物言いの美沙。

 道明寺は美沙の後ろ側に回り込みしゃがむと、両足首を掴んでひょいと持ち上げた。

 さすが筋骨隆々の大男、実に軽々と人一人を持ち上げたな。


「ひゃぁ!!」


「こら、大声を出すな」


「ゴメン……ちょっとびっくりして……」


「これで手が塀の縁に掛かるだろう、そのままよじ登れ」


「うん」


 道明寺が反動を付けてくれるお陰で美沙はいとも簡単に塀の上に上がることが出来た。

 同様に暦、そして俺が続く。


「うわぁ……高いね……」


 塀の反対側を見下ろし怖気づく暦。


「そのまま飛び降りるなよ、足を挫くか最悪骨折するぞ、登るときの要領でぶら下がってから降りるんだ」


「成程、落下する距離を少しでも短くするんだね」


「そういう事だ、先に紺野と水野が下りるんだぞ、そして脚を痛めている早乙女に手を貸してやってくれ」


 そんな所まで気遣ってくれるなんて少し感動。

 人は見かけに寄らないとは(以下略。

 道明寺に言われた通りにして何とか塀の外へと出る事に成功する。


「ねぇ、道明寺君はどうするの?」


「俺の事は気にするな何時もの事だ」


「そんな、大丈夫なの?」


 なんだか物凄く申し訳なくなってくる。


「さっきも言ったようにあいつらも事を大っぴらに出来ないはずだ、俺の心配はせずにお前たちは家に帰れ」寺


「ありがとう、道明寺君」


「いいって事よ、じゃあな」


 それ切り道明寺はこちらに話しかけてくる事は無かった。

 俺たちは後ろ髪惹かれる思いのまま家路についたのだった。


 次の日、道明寺は学校に来なかった。

 サボりかと思ったがそうではない。

 廊下の掲示板にはこう書いてある。




 下記の者、暴力行為により退学に処す。


 道明寺 凱。




「くっ……」


 涙が出た、悔し涙だ。

 どうやら山吹は自分たちの被害の報告だけをした様なのだ。

 成績優秀、容姿端麗、品行方正で通っている彼女の言い分は疑われる事なく教師たちに受け入れられる。

 大方、道明寺も反論をしなかったのだろう。

 優等生と不良の言い分、大人がどちらを信じるかなど言うまでも無い事だ。

 俺がホイホイ山吹塔子について行ってしまったばかりに関係ない道明寺を巻き込んでしまった。

 それを察して美沙と暦が俺の肩に手を置いて慰めてくれるが俺の気持ちは晴れない。

 

「早乙女さん」


 呼ばれて振り返るとそこには園田が立っていた。

 そして掲示板を見つめ神妙な表情を浮かべる。


「そうか、道明寺君は退学になってしまったのか……僕は彼の事は嫌いじゃなかったんだけどな、残念だよ」


「園田君……」


「早乙女さんは優しいんだね、彼の為に涙を流すなんて……君のそう言うところが僕は好きなんだ」


「………」


 さすがに場合が場合だ、園田の歯の浮くような台詞でも今は全く胸はときめかない。

 それ所か何とも言いようのない不安感が俺の胸の内に広がっていくのを感じずにはいられなかった。


 それから数日後だった、あの事件が起こったのは。

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