第11話 変化への予兆
下校の為、廊下を歩く俺と園田を見てすれ違う生徒たちは一様に驚きの表情を露にする。
無理もない、学校中の女子の憧れの的、園田健太郎と手を繋いで歩いているのだから。
だが男女で大きくリアクションが異なる。
男子は大多数がただ単に驚いているだけなのに対し、女子はというと俺に羨望の眼差しを向ける者、殺伐とした嫉妬の眼光で凝視する者、極めつけは湧き出す殺意を隠そうともしない刺し貫く様な鋭い睨みを効かせて来る者と実に様々だ。
元々衆人の前に晒されることに慣れていない俺がほぼ全ての生徒に嘗め回されるように凝視されるという事は耐え難い事であった。
まるで頭の先からバケツで水を被ったかのように全身が汗でびしょ濡れである。
「あの……そろそろ手を放しませんか?」
さすがにこれ以上学校中の女子のヘイトを集めたくないので園田にそう申し出る。
「えっ? どうして? 」
「どうしてって……その……みんなの視線が……」
「僕たちは付き合ってるんだよ? 手を繋いで歩いて何か問題でも?」
「………」
実にあっけらかんと言い放つ。
そもそも何故、手を繋ごうと園田は言ってきたのだろう。
確かに誰だって彼氏彼女が出来たら誰だって一緒に登下校したり手を繋いだりしたいとは思うよ。
しかし園田の様に女子からの人気が半端ではない人間がこれをやってしまうと現在の様に大注目の的になってしまう。
頭が良いんだから園田だってこうなることくらいは想像がついたはずだ。
待てよ? まさか自分がモテている自覚が無いのか?
いや、この男なら有り得る。
園田からはどことなく天然の匂いがする。
恐らく本人的には自分はそこら辺の常人とさして変わらない、何なら少し劣っているとでも思っているのだろうな。
劣等感まみれの俺とは根本的に住む世界が違うんだ。
俺は精神だけ未来からこちらへ来ているからあながち間違ってはいないか。
「出来れば人前では控えて欲しいかな……と」
「ああ、そうか、君は恥ずかしいんだね? ゴメンゴメン」
やっと分かってくれたか。
「じゃあ今度二人っきりの時に……ね」
園田は俺の頬に顔を寄せ、ちゅっとキスをした。
「じゃあまたね!!」
爽やかに手を振り駆けていく園田。
はぁ? あまりに突然の事に俺の身体は硬直する。
それと同時に周囲の空気が一瞬にして殺意のようなどす黒い感情に包まれていくのが肌で感じられた。
もちろんその感情を向けられているのは俺だ。
「ちょっと!! どうなってるのよ!!」
「うわぁ!!」
いきなり背後から声を掛けられて俺は口から心臓が飛び出そうなほど驚いて飛び跳ねる。
「何だ美沙か、脅かさないでよ」
「それはこっちの台詞よ!! 何で私が目を放してるうちにこんな事になっているのよ!?」
「それは……その……」
身体が勝手に反応してしまった何て美沙に説明して信じてもらえるのだろうか。
「何よはっきりしないわね……」
「そっ、それよりもヨミはどうなったの?」
「ああ、彼女なら大丈夫よ、私がこれでもかと言うくらい慰めてあげたから……これでもう男に現を抜かす事は無いでしょうね」
「それって……」
あ~~~あ、又しても美沙の餌食になった不幸な女の子がまた一人……。
「それじゃあこれからどこか寄って行きましょう、そこで色々と聞かせてもらうわよ」
「はい……」
これから始まる尋問に覚悟しながら俺と美沙はヨネダ珈琲に寄る事になった。
「……じゃあ何? ソノケンの告白に真紀の身体が勝手に反応したって言うの?」
「そうだよ、男の俺が同じ男の告白を受けると思う?」
「あ~~~、そうか、そうよね、念のため聞くけど有紀にはそっちの気は無いのよね?」
「そっちの気?」
「決まってるじゃない、
「………」
何故美沙はすぐそっちに話題に持っていこうとするのだろう。
「あっ、別に同性愛を馬鹿にしている訳じゃないからね? 女子はみんなBLが好きなんだから」
「それって問題発言だよ……」
はぁ……っと深い溜息を吐きつつ注文したスイーツ、ブランノワールに手を付ける。
ブランノワールとはベーグルパンの上に生クリームがソフトクリームの様に螺旋状に盛られ、その上からメープルシロップが掛けられたものだ。
「これからどうしよう、やっぱり告白は受けられませんって断ろうか……」
「そうよ、それがいい、そうするべきだわ!! 真紀は私のものなんだから!!」
「それはどうかと思うよ? じゃあ一度でも母さんが君に愛してるって言ったことあった?」
「そっ、それは……」
威勢が良かった美沙が急に大人しくなる。
「でも好きって言ってくれたわよ……」
「それは友達として好きだって事だよきっと」
「………」
どうやら図星を突いた様だ。
美沙は一方的に
園田の告白に
なら俺は
「決めた……俺、暫く園田と付き合ってみるよ」
「えっ!? それって、あなた大丈夫なの!? 男が好きじゃ無いんでしょう!?」
「それはそうだけど今の俺は早乙女真紀っていう一人の女の子なんだ、彼氏が出来た以上相手が、園田が俺の父だって可能性が強くなったって事だからな」
確かに俺の精神が男と付き合うという事に耐えられるかは分からないがそれを理由に
「あなた、本気で言ってるの?」
「えっ?」
「聞いていればお父さんを探す探すって言ってるけど探し当ててどうするのよ?」
「それは母さんの遺言だから、あなたのお父さんを探しなさいって……」
「だからそれよ!! 探し出した所で肝心の真紀にはもう教えられないじゃないのよ!!」
「あっ……」
確かにそうだ、この一種のタイムリープによく似た現象を利用して父を探し出そうと躍起になっていたが、それはそもそも俺が元の時代、元の身体に戻るのが前提の行動だ。
だが元に戻る方法は未だに分かっていない。
しかも仮に元の状態に戻った上に父親を特定できたとして肝心の母は既に亡くなっているではないか。
元の時代で俺が父を探す事も出来るが、今更それが何になると言うのか。
「やっぱり分かれるべきよ、真紀が男の物になるなんて耐えられないわ!! 女は女同士、男は男同士で愛し合えばいいわ!!」
「それはあんたの私情だろう!!」
何だよそれじゃあ今までの俺の行動は全て無駄だって言うのか?
いやそんな訳はない、俺はいま、とても重要な事を思いついたのだ。
そう、まさに今の真紀の台詞のお陰で。
「それじゃあ子供が生まれないだろう!! 母さんが男と結ばれないと俺が生まれてこないんだよ!!」
「あっ……」
俺の魂の主張にさすがの美沙もハッとなる、そして……。
「……くっ……うぐっ……ぐすっ……」
「美沙、泣いてるの?」
「ううっ……真紀ぃ……私はどうしてもあなたを諦めなければならないの……?」
突如として身体を震わせ滝の様に涙を流し始めた美沙。
これ以上無いくらいのガチ泣き、こっちが引くほどの。
そんなにまで真紀の事が好きなのか?
何だか妙な事になった。
美沙は完全にGLを拗らせている。
「史実がそうなんだから仕方がないんだよ……気の毒だけど諦めてくれ……」
「うぐっ…えぐっ……」
テーブルを挟んで向かい合う女の子同士……片方が諦めたくないと涙を流すも相手は別れを切り出す……傍から見たら完全に別れ話をする同性カップルの図だ。
店内の雰囲気が明らかにおかしい、妙に静かだ。
そこかしこからヒソヒソ声が聞こえてくる。
それもこれも全て俺たちのせいだろう。
「ううっ……せめてこれからもお友達でいさせてね?」
「いいよ、俺も美沙にはすごく助けられているし嫌いじゃないから」
「ありがどうっ……!!」
涙声でお礼を言って来る。
何だか俺だけが悪者になったような嫌な気分だ。
この日は美沙とはこのままブランノワールで解散となった。
さすがに今のテンションで一緒に行動する気にはなれない、お互いに。
だがこの日を境に俺を取り巻く環境はゆっくりと奇妙な方向へと動き出すとはこの時は思いもしなかったのだ。
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