第8話 女子高生という世界
「ねぇ、私の作ったクラス名簿はしっかり頭に叩き込んだ?」
「う~~~ん、どうかな……七割くらい?」
朝から何事も無かったかのように接して来る美沙。
俺はと言うと昨日の美沙とのキスのせいで彼女の事を妙に意識してしまい、まともに顔を見ることが出来ない。
今だって受け答えこそしているが美沙とは視線を合わせていない。
もし、もしもだ、俺の母真紀と美沙が俺の予想通り友達以上の間柄であった場合、彼女らの間ではマウストゥマウスのキスなど日常茶飯事で特に気にする事では無いのかもしれない。
そうなると頬を赤らめ胸を高鳴らせているのは俺だけという事になる。
何だか腹立たしくなってきた、何で俺だけがこんなにドキドキしなければならないんだ馬鹿らしい。
あ~~~はい!! 悶々とするのはこれでお終い!! 俺は頬を両側から引っ叩き、どピンクな思考を振り払った。
「まあ一晩じゃそれくらいが限界よね、いいわ、今日からは私が常に側に居てあなたをサポートしてあげる」
「ああ、うん、宜しくね……」
美沙が俺の左腕に抱き付いて来た。
柔らかい胸の膨らみが両側から腕を挟み込む。
ここは天国か?
「おうおう、朝から見せつけてくれるね~~~お二人さん」
後ろからの声に振り向くと栗色の髪のメガネ
「おはようヨミ」
「おはよ~~~美沙っち」
挨拶の後、ヨミと呼ばれたポニテのメガネっ娘は美沙と親し気に話しを始めた。
この子は確か『
真紀との関係性は友達、それもかなり仲が良いAランク。
皆からは名前をもじった『ヨミ』というニックネームで呼ばれている。
誰とでも分け隔てなく話せて、誰とでもすぐに仲良くなれる明るい性格。
おしゃべりが好きで、授業中以外は常に何かしらしゃべっているらしい。
流行りモノと可愛いものが好き、そして他人の恋バナ、ゴシップの類の話題も大好き。
それ故、彼女とのコミュニケーションを上手く取るのがこの状況を怪しまれない事に繋がると美沙が要注意人物として花丸を付けている。
「ねぇねぇ真紀っち、金曜日は様子がおかしかったけど今日はどう?」
相手の名前の後ろに~っちと付けて呼ぶのが暦のトレンドらしい。
彼女は俺にとって早速答えづらい話題に触れて来た。
「ええ、あれから家に帰って少し休んだら良くなったわ……」
暦が俺の顔を食い入る様に見つめて来る。
近い近い、拙い女言葉がやっぱり怪しまれたか?
「そう、それは良かったね、あれからクラスのみんなは心配していたのよ」
「あははっ……」
俺は笑ってごまかす、どうやら特に怪しまれた訳では無かった様だ。
美沙も少々焦っていたようで、暦の後ろでホッとした顔を見せる。
だがゴシップ好きという暦の性格上、彼女の前での立ち居振る舞いにはこれからも気をるけなくてはならないだろう、頭の痛い話しだ。
「今日は一時限目から体育だなんてダルいよね~~~、あの日が来た事にして休んじゃおうかな~~~」
「ねぇ、あの日って何?」
隠語で言われて訳が分からなかったのでつい暦に聞き直してしまう。
美沙はあっ、と何やら困った顔をしていた。
俺、何か聞いてはいけない事を聞いてしまったのか?
「えっ? 嫌ね、あの日って言ったら生理に決まってるでしょう?」
「せっ……」
平然と女子にそのワードを言われてしまい戸惑いを隠せない。
「あれ? 真紀っち、なに恥ずかしがってんの?」
「いいえ、何でもないのよ? オホホホっ……ぐへっ!!」
横から俺の脇腹に美沙の肘打ちが入る、わざとらしい笑いに対してのペナルティだろう。
しかし朝っぱらから体育か、早速着替えがあるんだな。
まあ、着替えに関しては美沙のレクチャーを受けているから問題ないとして、それよりももっと大きな問題がある。
それは女子更衣室内で女子に囲まれながら着替えなければならない事だ。
男子にとっては禁断の花園……俺にとっても女子更衣室内で何が行われているのかは妄想、いや想像の域を出ない。
やっぱりキャッキャウフフでお互いの胸の触りっことかしているんだろうか?
「ぐはっ!!」
再び美沙の肘鉄が脇に入る、俺何かしたかよ?
「顔がいやらしい……」
はっ、まさか今のエロ妄想が顔に出ていた? 気を付けなければ。
美沙ではなく俺の方に同性愛疑惑が立っては元も子もない。
そうこうしている内に学校の校門を抜け、昇降口で上履きに履き替え、階段を上った先の長い廊下を通り教室へ入る。
この一連のルーティーンは今後嫌という程繰り返す事になるだろう。
今でこそ美沙や暦と一緒だが、一人の時でも出来るようにしっかり覚えておかなければな。
「おっはよ~~~!!」
「おはよう!!」
「おう、おはよう」
さすが友達の多い暦だ、教室に入るなり彼女に対して男女の隔てなく挨拶が飛んでくる。
昨日の内に場所を憶えておいた自分の席に着き鞄を机の横のフックに引っかけた。
座席表も美沙のクラス名簿に入っていたのだ、抜かりはない。
自分の座席を探しておたおたするなどといったミスは犯すものか。
「真紀、大丈夫?」
「金曜のあれは何だったの?」
「えっ……」
何と俺の席に人だかりが出来てしまった。
金曜日、要するに俺が真紀になってしまったあの日。
あの時の奇行を問いただすためにクラスメイトが俺の席に殺到したのだ。
「ちょっと、あなた達、真紀が困ってるでしょう?」
美沙がそう言って皆を止めようとするが既に人だかりの外へと追いやられてしまった後だった。
参ったな、こうなる事は想定しておくべきだったな、実際登校中ですら暦に問い質された暗いなのだから。
「……ったく、朝っぱらからうるせえな」
俺の席の二列後ろくらいの所からドスの効いた男の声がした。
その途端、今の今まで俺を取り巻いて騒いでいたクラスメイト達は押し黙り、あっという間に散って行った。
改めて後ろを振り返ると、不機嫌そうに机の上に組んだ足を投げ出す体格の良い男子生徒の姿があった。
「何だぁ早乙女? 俺の顔になんか付いてるのかぁ?」
強面の男子生徒はとても俺たちと同じ高校二年生とは思えない程の老け顔であった。
何も知らなければ25歳以上に見えても不思議ではない。
それに右目を瞼から頬まで縦に走っている顔の傷が威圧感を発し、その老け顔と強面の迫力に拍車を掛けていた。
「いえ、ありがとう、私が困っていたから人払いをしてくれたんでしょう?」
俺には分かる、この手の手合いは往々にして弱い者いじめや無自覚の迷惑を被っている者に対して手を差し伸べるものなのだ。
ツンデレとは違うが外見から誤解を受けやすいのもお約束。
「フン……」
相変わらず尊大な態度を取っているがいま俺から目を逸らしたな。
もしかしたら照れているのか?
もちろんこの男子も名簿に載っている……『
美沙との関係性は全くといっていい程無し……ランクはE。
クラスどころか学校内に仲の良い友達が居るのかも不明で常に一人でいる事が多い。
反面喧嘩が多いらしく、かなり頻繁に怪我をしている。
暦とは違った意味で要注意人物として名簿には髑髏マークが書かれていた。
あまり関わり合いを持つのは良くないかもしれないが、お礼くらいは言っておかないとな。
「早乙女さんおはよう」
「おっ、おはよう」
今度は別の男子生徒が話し掛けて来た。
先ほどの道明寺とは違い爽やかイケメンタイプの男子だ。
確か名簿によると……そうだ『
このクラスの学級委員長で優等生だったかな。
真紀との関係性は特に親しくも険悪でもなく中間のランクC。
「早乙女さんは金曜日に早退してしまったよね」
「はい」
「あの日のそれからの授業のノートを取っておいたんだ、もしよかったら」
「あっ、ありがとう!!」
彼から差し出されたノートを開いてみると、とても綺麗な文字で数学の公式などの黒板の板書に、彼なりの注釈がカラフルなペンで入れられておりとても分かり安くまとめられていた。
そう、このように早退した者や休んだ者にその日の授業を書き留めたノートを提供してくれる好人格者。
成績も学年の三位以上を常にキープする程の頭脳の持ち主で、運動神経抜群、おまけにイケメン、スタイル抜群ときている。
しかしそれを鼻に掛ける事無く皆に接するので人望も厚く、特に女子には絶大な人気を誇り、学校内には隠れファンクラブがあるとかないとか。
よく『天は二物を与えず』というが彼の場合は二物どころか三物も四物も持っている……きっと人生が楽しくて仕方ないに違いない。
それに比べて俺は何て不幸なのだろう、人より優れた所など何も持っていない……おっと、こんな状況で卑屈になっても仕方がない、気をしっかり持っていこう。
「おーーーい、ホームルーム始めるぞ!!」
中年太りの担任の教師が入って来た。
五十嵐という名の教師だ。
「じゃあね早乙女さん」
園田はウインクして俺の前から去っていった。
そこらの女子ならそれでメロメロなのだろうが残念、今の真紀は中の人が男の俺なのでした。
皆が一斉に各々の席に着席していく。
五十嵐が教壇に立って連絡事項を述べる。
違う高校、違うクラス、違う時代のホームルームだが元の時代のものとそう違いはない。
ホームルームが終わると今度こそ一限の体育の授業だ。
今日は男女共同でグラウンドに集合らしい。
「ほら行くよ、体操着に着替えなきゃ」
「うん」
いざ行かん、女の園へ!!
俺は美沙、暦と連れだって女子更衣室を目指すのだった。
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