第4話 頼れる(?)協力者


 さて、まずはどう話しを切り出したものか。


 俺にとっては昨日の晩、目の前に居る紺野美沙の約17年後の彼女に会った。

 その時彼女は言った、俺の母、真紀が赤い宝石を持っていなかったかと。

 指輪とも言っていたな、もしかしたら具体的に宝玉の現物を見ていないのかもしれない。

 ただ俺はその質問には答えなかった。

 何故なら母が赤い宝玉を俺に託した時に言った、宝玉の事は他言無用と。

 ならばその言葉を信じて隠し通すと決めた。

 よし、それならこの宝玉の事だけを伏せてそれ以外を美沙さんに話すとしよう。

 

 美沙さんは既にカーペットに座り込んでいた。

 この様子を見るだけで美沙さんがこの部屋に頻繁に通っていることが分かる。

 母と親友と言うのは間違いなさそうだ。

 俺も美沙さんと正対する様に座った。


「あの、紺野さん」


「なぁに? その余所余所しい呼び方、いつも通り美沙って呼んでよ」


「じゃあ美沙さん、これから俺はあなたに驚くべきことをお話しします、聞いてもらえますか?」


「ちょっと、どうしたの? 俺とか言っちゃって、本当に大丈夫!?」


 驚くと同時に俺の両肩に捕まり心配そうな眼差しを向けて来る美沙さん。


「遠回しに言っても仕方ないんで直球で言います、俺は早乙女真紀ではないんです……」


「……それはどういう事?」


「実は俺は有紀といって真紀の息子なんです」


「息……子? ええっ!?」


 これ以上なく目を見開く美沙さん、俺の肩に置く手が震えている。


「どうしてこんな事になったのか俺にも分かりません、目を覚ましたらいきなり学校の教室に居て、もう何が何やら……」


「そう……それで学校での真紀の様子がおかしかったのね……」


 少し落ち着いた様子で俺の姿を頭のてっぺんから足の先まで何度も見直す美沙さん。


「じゃあ今のあなたは男の子なのね、身体はどうなっているの?」


「はい、どうやらこの身体は母の物らしいです、完全に女性でしたし」


「ふぅん……えい!!」


「あっ!! 何をするんですか!?」


 いきなり美沙さんが俺の胸を鷲掴みにした。


「ちょっ……止めてください……」


 くすぐったいような切ないような初めての感覚に身もだえる俺。


「フム、どうやら本物の様ね、大きさも張りも弾力も真紀の物だわ」


「……何でそんなこと知ってるんです!?」


「それは……まぁ……ねぇ?」


 俺から目を逸らしながら歯切れの悪い返事をする。

 ねぇ? と言われても俺には理解不能だ。

 俺と入れ替わる前の母と美沙さんは一体どういう関係だったんだ?

 

「あの……俺の言う事信じてもらえますか?」


 俺は真剣な眼差しで美沙さんを見つめる。

 親しい間柄なら尚の事、何かの冗談に聞こえるだろうし、若しくは精神に異常を来たしたかと思われかねない。

 自分から話しておきながら何だが、俺が美沙さんの立場なら絶対に信じない。

 突然こんな出鱈目な話しをされても困惑するだけだ。


「信じるわ、あなたの目からは人を揶揄ってやろうとか騙してやろうとかっていう意思は感じられないもの……私が何年あなたの親友をやってると思っているの?」


「いえ、俺は知らないですけど……」


「あっ、そうだったわね、今は中身が違うんだっけ?」


「ぷっ……」


 俺は思わず吹き出してしまう。


「ぷふっ……あはははははっ!!」


 それに釣られ美沙さんも笑い始め、二人して笑いあったのだった。

 しかしこんなにもスムーズに話しが進むとは思いもよらなかったな。

 もっと一悶着あると思っていたのに。

 美沙さんを疑ってかかったのも取り越し苦労に終わりそうだ。


「美佐よ、今からは私を呼び捨てにして頂戴、私もあなたの事は二人っきりの時は有紀、普段は真紀って呼ぶから……いつまでになるか分からなくても有紀が真紀として生活していくというならその方が周りに怪しまれないからね」


「はい、そうですね」


「だから~~~その丁寧語も禁止、私と真紀はそんな他人行儀な話し方はしないわ、これからは女言葉を意識して使ってね」


「わかりまし……分かったわ」


「そうそう、その調子よ」


 何だろう、俺の事なのに完全に美沙に仕切られている気がする。

 もしかして美沙って世話焼きな性格なのか?


「それはそうと真紀に息子がいるって事は将来は真紀は結婚してあなたを産んだって事なのよね?」


「う~~~ん、どうだろう……どうかしら」


「えっ? 何なのよ? はっきりしないわね」


「……実は、俺……私の父が誰なのか分かっていないんだ……のよ」


 女言葉は言い馴れないせいかとても話しづらい。


「いいわ、二人切りの時は男言葉でも、でも人前では気を付けてね」


「うん」


 やっぱり向こうも聞きづらいんだな、でも言葉遣いを切り替えるようにしていてボロが出てしまっては元も子もない、これからは少しづつ慣れて行こう。


「父親が分からないなんて妙な話ね、あなたのお母さんは、本物の真紀は何て言ってたの?」


「いえ、今言ったこと以外には何も……」


 困ったことに本当に何も分かっていない、当事者の母が断片的に記憶喪失なのだから。

 俺が生まれる前の事であるし、その辺の事情を知っている人間が誰もいないのだ。

 でも待てよ? 今気が付いたが俺がいま置かれている状況ってもしかしたら物凄いチャンスなのでは?


「ああっ!!」


「どうしたのよ? 急に大声出して」


 叫びながら急に立ち上がった俺を見上げ美沙は首を傾げる。


「いま俺がいるこの時代って母にとっての過去ですよね? しかも俺がまだ生まれてていない時代だ……なら母さんはこれから俺の父に当たる人物と遭遇するはずだ、何せ俺自身が母さんなんだから」


 この事に気付けるなんて俺って冴えてる? 天才?


「そう言う事になるわね、でもどうしてそんな事を調べるの?」


「遺言なんですよ母の、真紀の……俺の父さんを探せって!!」


「なるほどね、分かったわ私も協力する」


「本当!?」


「真紀のハートを射止めた男がどんな顔をしているか……親友の私には見届ける必要があるもの」


 あれ? 美沙は引きつった笑みを浮かべているが目は全く笑っていない。

 俺の父への嫉妬なのか憎悪なのか……やはり女友達同志には複雑な感情が芽生えるものなのだろうか。

 しかしまさかこんな形で千載一遇の好機が巡って来ようとは……それにいつ元に戻れるか分からず悶々と日々を過ごすよりは目的があった方が気も楽と言うものだ。


「そうと決まれば早速計画を練らなければね」


「そうだね、さて何から手を付けようかな」


「決まっているわ、まずはあなたに女の子が、女子高生がどういう生き物か体感してもらわないとね」


「えっ?」


 何を言い出すんだこの人は?


「有紀は全く自覚無い様だけどそのままじゃ真紀を知る人には違和感バリバリよ? まずは床に座るのに胡坐をかくのは禁止」


「あっ……」


 ついいつもの癖で俺は胡坐をかいて座っていた。

 当然プリーツスカートがだらしなく広がっている。


「ちょっと有紀、ここで着替えてみてよ」


「えっ? そんな、恥ずかしいよ」


 人前で、しかも女の子の前でいきなり着替えろと言われて出来るわけがない。


「いいからやる!!」


「はい……」


 美沙の迫力に押され渋々着替える事に。


「あれ? これどうなってるの?」


 セーラー服の脱ぎ方が分からない……上着を上に抜こうにも胴の部分がきつくて脱ぐことが出来ない。

 それならとスカートを脱ごうとしたがこれもウエストがきつく腰を抜く事が出来なかった。


「はぁ、やっぱりね……セーラー服はこうやって脱ぐのよ」


 美沙が俺に寄り添い背後から身体を密着させてくる。

 美沙の胸の膨らみが背中に当たり、女の子特有の甘酸っぱい匂いが俺の鼻孔をくすぐり、思わず赤面してしまった。


「ほら、右の脇にジッパーがあるでしょう? それを上に上げるの、スカートも右側にジッパーがあるからそれを下げる」


 美沙はセーラー服の構造を解説しながらいとも簡単に俺を脱がして半裸にしてしまった。


「成程!! ……って、うわあっ!!」


 当たり前だが俺はブラジャーとパンティの下着だけを身に着けた状態になっており、慌てて胸を隠ししゃがみ込む。


「そうそう、いい反応だわ初々しくて……」


 美沙は顔を上気させうっとりとした恍惚の表情を浮かべた。


「決めたわ……丁度明日は土曜日だし明日からの二日間、あなたにはみっちりと女の子の何たるかを身体に叩き込んであげる!!」


「そんな!! 心の準備が!!」


「何を言ってるの!? あなたがこんな状態じゃああなたのお父さんも寄り付かないでしょう!? まずは女の子としての振る舞いを一刻も早く身に付けなければ!!」


「それはそうだけども……」


 身体を屈めたまま抗議しても全く様にならない。

 結局美沙に押し切られてしまった。


「明日は朝8時に迎えに来るから準備していてね、それじゃあ!!」


 美沙は疾風のように部屋から飛び出して行った。


「……本当に大丈夫だろうか」


 一抹の不安を抱えたまま俺は明日を迎える事となった。

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