第5話 女の子レッスン 初級編
ピンポーーーン!!
「う~~~ん……」
土曜の朝の静寂を破る玄関先のチャイム。
ピンポンピンポーーーン!!
「も~~~う、うるさいな~~~」
俺はベッドの中で寝ぼけながら耳を塞ぐ。
さっきから何なんだ、玄関の呼び鈴がけたたましく鳴っている。
「ちょっと!! いつまで寝てるのよ!? 起きなさい!!」
「うわぁ!!」
部屋のドアを勢いよく開け、美沙が乗り込んできた。
「あれ? どうしたの? そんな剣幕で……」
「はぁ!? 昨日別れ際に言ったでしょう!? 明日の朝8時に迎えに行くって!! 何で準備していないの!?」
「えっ、迎え? あ~~~、確かに言ってたね……」
「そうよ!! もう……折角今日は二人で街へ出かけようと思ってたのに……」
「ゴメン」
俺はベッドに座り込んだまま美沙に頭を下げる。
「あーーー!! あなた、その髪!! その顔!!」
「えっ?」
部屋の角にある姿見に視線を移すと俺の髪は寝癖が付き物凄い事になっていた。
おまけに顔は乾燥しているのか少しかさついていた。
「何でナイトキャップを被って寝なかったの!? 折角の長くて綺麗な髪の毛が痛んじゃうでしょう!?」
「ナイトキャップ? 何それ?」
「これよこれ!!」
部屋の小物入れからナイトキャップを取り出し俺に見せつける。
ああ、これは見た事ある、よく女の人がパジャマ姿の時に頭に被っているあれだ。
てか何故あなた、他人の部屋の物の位置が分かるんです?
「そしてこれが乳液!! そしてこれが保湿クリーム!! 寝る前に顔やお肌に塗る事!!」
次々と目の前に差し出されるスキンケア用品の容器、どこからともなく出してきた。
俺ですらまだ部屋に何があるか把握していないのに。
「あなたは女の子なんだから常に美しさを保つ努力をしなきゃダメ!!」
「はい……」
そんな事言われても俺は昨日まで男だったんだから知らないよ。
「こうやって掌に出して薄く伸ばして、それから軽く叩くように顔にまんべんなく塗るの」
「こう?」
「そうそう、いいわよ、簡単でしょう?」
「まあ……」
これくらいなら毎日続けるのは簡単だ。
「髪も櫛を通さなきゃ、乱暴にしちゃダメよ、優しく優しく」
美沙が俺の髪を櫛で均してくれた、あのボサボサ頭が徐々にサラサラヘアーへと変わっていく。
「私の見通しが甘かったわ、あなたには一からじゃなくゼロから女の子の事を教えなきゃダメだったのよね……よし、これで見た目は整ったわ」
「はぁ……」
溜息が出た。
凄い、まるで魔法の様に綺麗にセットされた俺の髪の毛。
しかしこれ、毎日俺がやるのか?
出来る気がしない。
「ああ!!」
「今度は何?」
「あなた、昨日お風呂に入らなかったでしょう!!」
「何で分かるの?」
「石鹸の匂いがしないし汗臭い」
俺に近付きフンフンと鼻を鳴らす。
「実はこの女の子の、母の身体で裸になるのは抵抗があって……」
「ダメじゃない!! 女の子は常に身体を清潔に保たなきゃ!! せめて下着くらい交換しなさい!!」
美沙は箪笥を漁り、ブラジャーとパンティをこちらに渡してきた。
だから何で人の家の(以下略。
「丁度いい機会だから女の子の下着の付け方を練習しましょう、まずは今付けてるブラを取って」
嫌だと言っても無駄だろうから渋々ブラジャーを外し胸を腕で隠した。
「はい、見ててあげるからまずは自分なりに付けてみて」
替えのブラジャーを渡される。
仕方なく肩ひもに腕を通し、後ろ手に背中のホックを止める。
「あれ? あれれ?」
しかし上手く留まらない、スカスカとホックが嵌らずに離れてしまう。
「これでどうだ」
何とか嵌った、と思ったが何となく違和感がする。
「それじゃあダメよ、上下のホックの段が一つズレてる、しかも一個しか留まってない」
「ええっ?」
一度外してホックの構造をよく見ると、ホックは縦に三つ並んでおり、さっき俺が止めたのはその内の一つだけだった。
しかもホックの穴とフックのはとても小さなもので、目の前で嵌めてみてもそう簡単には留められなかった。
「こんなの見ないで留めるなんて無理だよぉ」
「無理でも何でも出来るようにならなきゃダメよ、これから日常生活は元より体育の授業の着替え、プールや温泉に行ったりとか人前で着替える事は多いんだから」
「む~~~」
それを聞いて口を尖らしうんざりする俺。
男として生きてきたため全く分からなかったが女の子って大変なんだな。
「あっ、そうだ!!」
俺は閃いた、見ながらなら留められると思うからこの方法はどうだ?
ブラジャーを前後反転させホックをお腹の前に持って来た。
そして目で確認しながらホックを嵌めてみたら予想通り簡単に出来た。
「よいしょ、よいしょ」
後はくるりと回転させカップに胸を収め肩ひもに腕を通す。
「これでどう?」
決まった、俺はドヤ顔を決めて美沙を見る。
「おバカ!! おばちゃんじゃないんだからそんな邪道な方法、若い娘がやってはいけないわ!! ええ、私の目の黒いうちは絶対に認めない!!」
物凄い剣幕で怒られてしまった。
いい方法だと思ったんだけどな。
「それじゃダメ!! フックが外側過ぎてゆるゆるでしょう!? もっと深い位置で留めて!!」
「ひいっ!!」
一番端同士でホックを止めたせいでカップと胸に隙間が出来ていたがそこに美沙は手を滑り込ませてきた。
どさくさに紛れて胸を触りたいだけなんじゃ。
「ほら、ある程度締め付けた方が気持ちいいでしょう? その方が背筋も伸びて姿勢が良く見えるの」
「……確かにそうね」
美沙の言う通り背筋がピンと伸び、それと同時に何やら穏やかな感情が込み上げてくる……これは一体何なのだろう?
「はい次、下も履き替えて」
「えっ……流石にそれは……」
「大丈夫よ女の子同士なんだし」
まあ俺の為に色々教えてくれているのだからあまり反発するのも良くないか。
死ぬほど恥ずかしいけど今履いているパンティを降ろし、新しい物を身に着けた。
「これ、丈が短いなぁ……」
生地の面積が少なく、男物と違い下腹の部分が全く隠れない。
「女の子の下着はそう言うものよ、パンティは腰で履くの」
「ひぃっ!?」
美沙が下から俺の尻とパンティの間に指を入れて下方向へと引っ張りはじめた。
「ちょっ、何してるの!?」
「あなた、少し上に引っ張り過ぎよ、生地が上がってお尻に食い込んでる……激しく動いてもこうなる事があるから時々直してね」
「そう……気を付けるよ」
「じゃあ今度は……」
「えっ!? まだ続けるの!?」
「当たり前でしょう!? 今日一日である程度の事は出来るようになってもらうわ!!」
「ひいぃ……」
それから一日中、美沙による俺へのスパルタ女の子レッスンは続くのだった。
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