第2話(中)この世界に救いはない

 小さな焼き魚は瞬く間に食べ終わり、少しの満足感と、少しでも肉の味を思い出したがゆえの逆に促進されたさらなる空腹感だけが残った。確かに久々の魚肉は美味であったが、お腹いっぱい食べないとなかなか大満足とはいかないようだ。やはり水一滴で民衆の渇きを癒したとかいう超人救世主はいないようである。もう食べるものもこれ以上は存在しない。ユウの目の前では、シラセが未練がましそうに魚が刺さっていた枝を咥えている。

「さて、ところで聞きたいことがあるのじゃが……」

 食事も終わり、焚火をはさんで、ユウは改めてシラセに向かう。

「なにか用か?」

「主、珍妙な話し方をするよな。それには何か意味があるのかの?」

 ユウから見て、シラセの話し方はいやに尊大の割に、彼女の本質からは随分と外れた口調をしているように思える。先ほどユウが毒見をしてみた時にユウのことを心配して思わず出てきたと思われるシラセの素のしゃべり方は、どちらかというと気弱な印象を受けた。

「ちちち、珍妙!?ど、どこがだ!?我の話し方の何が気に入らないというのか!?それを言うならお前の話し方だっておかしなものだぞ!?服装だって変だし!」

「え、わしの口調はそんなに変かの?」

 おかしな口調のシラセに言われるのであれば、相当に変なしゃべり方であろう。服に関しては、何とも言えない。

「だって、語尾に「じゃ」とかつけたり、自分のこと「わし」って呼んだりとか!まるで年寄りみたいなしゃべり方をするではないか!そんなに年齢変わらないくせに!」

「えぇ?そこまで言うほどかのう……?」

 唐突に自信を無くすユウ。自分の口調がどのような印象を与えるかなど、生まれてこの方全く意識したことなかったため、力強くそのように言われてしまって気圧されてしまう。

「……にしても、主のそれは無理に作っているように感じるのじゃが……」

 ユウの思ったことをより正確に言うならば、口調が変である、ということではなく、それが彼女の性格と噛み合っていないという違和感である。尊大な口調で無理に自らを大きく見せているのか。それともユウにはあずかり知らぬ何か深刻な理由があるのか。

「まあ、言いたくなければ無理に言わんくても良いか」

「そうだそうだ!我はちっともおかしくなどない!おかしいのはお前だ、うん!」

 多少気になりはしたものの、無理に聞き出すようなことでもあるまい。それにどうやら自分もシラセから見ればおかしな話し方をするようだし。

 ユウはあっさりと諦め、代わりに他のこと、むしろ本題の方を聞くこととした。

「じゃあ、話題を変えて……主は空から墜ちてきたのよのう?」

「え?ああ、そうだ。我は天が遣わした、いわば天使だ!うん、そうだ!我は天使!なんか急にそんな気がしてきた!」

「んん……?」

 天使とはこれはいかに。

「どちらかというとあの様子では天使というよりも、天から追放されたように見えなくもないがのう」

「……追放……!何それカッコいい……!」

 小さな声でわずかにそんなことが聞こえた後、

「フフフ、よくぞ気が付いたな!そう、我こそが大罪を犯し、地へと堕とされた漆黒の堕天使……!」

 突如立ち上がり、バサッ、と黒い合羽を手ではためかせ、

「…………」

 言葉に詰まったように、沈黙が続いた。

「どうしたのじゃ?「漆黒の堕天使……」の後は何かね?」

 沈黙の続きが流石に気になって、続きを促してみるものの、なかなかシラセの口から続きは出てこない。

 しばらくの静寂が続いた後。

「……うーん、良い真名が舞い降りてこないな……」

 ぼそり、と。小さく呟いたはずのその声は、沈黙の中で大きく響いた。

「真名?」

「あ……………」

「うん?」

「………………」

 それはユウの耳にしっかりと届き、そのことはもちろんシラセも気づき。シラセは気まずくなって、静かな時が過ぎる。流石にその雰囲気にユウは気づき、何か言葉を続けようと口を開く。

「あー、ところで、さっき天が遣わしたとかいう設定は……」

「設定じゃない!」

「えっと、じゃあ、主が天使だという話は……」

「フフフ、愚かなものどもよ。この我を追放するとは。今まで我にどれだけ守られていたか、今こそそれを知ることになるであろう」

「それでは、夕刻に言っていた、ここになぜ来たのか記憶がないというのは……」

「え、あ、なな、なんの、こと、だ……?わ、我にはそんな記憶こそないなぁ……?」

 口ではそういうものの、シラセの額には冷汗が浮かび、慌てているのが丸わかりだ。ユウはシラセのその様子を見て、それ以上の追及を止める。

「ま、まあ、主も大変なんじゃのう?」

「う、うるさいっ!」

 それだけ言うと、少し話題を変える。

「ところで、主は空にいたのよな?」

 シラセはこくりとうなずいた。目の端には涙が滲んでいる。

「空ではどんな生活をしておるのじゃ?もしかしたら、それが分かれば主がここに来た理由がわかるやもしれぬぞ?」

「む、そうか、そうかもしれないな」

 先ほどまでの醜態はどこへ行ったのやら、シラセは再び偉そうな態度に戻ると、覚えている限りの身の上を話すことにした。

「むぅ、そうだな。我が覚えているところとしては、空の生活は……まあ、普通の生活だな」

「…………」

「…………」

 沈黙が下りる。

「……あー、ここでの「普通」とは、日々誰かがどこかで野垂れ死に、常に≪終焉を告げるモノ≫の脅威におびえ、毎日“終焉の徒”が襲い来る、そんな荒廃した生活を送るのが普通なのじゃぞ?」

 空の生活とはかけ離れた生活をここでは送らなければならないということを暗に示す。

「あ……それは……ごめん……」

 そんなユウの返しに、非難されたのかと思ったのか、シラセは消沈した様子で謝る。

「いやいや、別に責めたわけではない。単に空の常識が地上では通じないということを言いたかっただけじゃ。主らは運よく空で生きることができた。わしらは運悪く地上で滅びることを強いられた。全ては巡り合わせが悪かった。ただそれだけじゃ。誰もが生きることに必死なのじゃ。他人を蹴落とし、己の生を優先する。たまには他者を助けることもあろう。じゃが、それは常ではない。空への道も生への手段だった。そしてそれは皆が一様に受けられるわけではなかった。競争して勝ち取るものだった。主はその闘いに勝利し、空に辿り着いた。それは決して責められるようなことではない。それが運によるものであったとしても。ただ、それだけのことじゃろ?」

 そんなユウの言葉に、しかしシラセの表情はそれを理解した様子はなく、

「ふ、ふむ。た、確かにお前の言う通りだ、な。そうかもしれない。我が気負うことなど微塵もありはしないな」

 けれども、確かにユウの真意は伝わったようで、

「そうかそうか、それだけでもわかれば十分よ」

 そんなシラセの様子に、ユウは笑って返す。

「じゃが、空での生活が普通となると、地上との差異を語ることは難しいかもしれぬな。そうじゃのー。わしが尋ねるから、それについて答えてくれんかの?」

「うむ!我もその方が答えやすいというものだ。よろしく頼むぞ」

「調子のいいやつじゃのー」

 方針を変えて、問答形式で聞き出すことにした。

「じゃあ、まず初めに、空では地上のことはどう聞かされておるのじゃ?」

「地上か……。そうだな。伝聞しているものではあるが、我が語って聞かせよう。傾聴するがよいぞ」

「ほうほう」

 そうして、シラセは“神話”を語り始めた。


──昔々、今からもう何百年前のことになるだろうか。今ではとうに忘れられた古代。当時、我々人類は地を踏みしめて、力強く闊歩していた。空中大陸は未だ存在せず、そこには今とは全く違う“科学”を基とした文明が広がり、彼らは栄華を極め、地上のほぼ全域を人類が覆っていた。これからも数百年、数千年にわたってその栄えある時代は続いていくように思われた。

 そんなとき、6体の怪物が現れた。

 彼のものの名は≪終焉を告げるモノ≫。

 ≪終焉を告げるモノ≫は出現するなり、その強大な力で一瞬にして村を破壊し、街を崩壊させ、国を壊滅せしめた。彼らは“終焉の徒”なる手下どもを生み出し、彼ら自身だけでなく、手下どもにも地上を蹂躙させた。数多もの命が奪われ、国が潰れ、人類が滅ぼされんとした、まさにその時。

 “勇者”が現れた。

 彼はその聖なる光で群がる“終焉の徒”を薙ぎ払い、いくつもの国を滅亡から救い、人々の命を救った。彼はどこにでも現れ、救いを求める人々を、絶望の淵から引き揚げた。

 されど、彼一人の力では≪終焉を告げるモノ≫を全て殲滅せしめることはできなかった。≪終焉を告げるモノ≫との長い戦いの果てに傷を負った彼は、最後の力を振り絞り、大陸を、≪終焉を告げるモノ≫の力の届かない宙に浮かべ、そこに人類を住まわせることで、滅亡を回避したのだった。しかし、最後の一滴まで力を使いつくした“勇者”は、永い眠りにつくこととなった。今でも彼はこの空の大地のどこかに眠り、再び目覚める時を待っている。

 次に彼が目覚めるとき、混沌は終わりを告げるであろう。

 最後に。

 今では、≪終焉を告げるモノ≫の脅威から逃れられなかった地上は滅ぼされ、命一つない荒涼とした大地だけが広がっているのだ──。


「それで、その六体の≪終焉を告げるモノ≫はその力の強大さ、その脅威の大きさによって、序列分けされていて、一位から順に、<最果に射す未明の煌>、<黄昏に霞む永遠の空>、<写の天地に反す万象>、<徐に没する泡沫の報>、<無間に蝕む死去の生>、最後に<幽に揺らぐ彼岸の界>と呼ばれているのだ」

 そこまで話して、シラセはいったん言葉を止めて、ユウを見る。見られたユウは何か言葉を返さんとする。

「それはさておき、どうして主が誇らしげなのじゃ?」

 ユウの指摘通り、シラセはこれでもかとばかりに、ユウよりはあるものの一般的に見て慎ましいその胸を張っている。

「今まで我が話したことは、空では子供に語って聞かせるような、そんな常識なのだぞ?それをわざわざ語って聞かせたのだ。我を慕い、讃えるがよいぞ!フハハハハハ!」

「あー、そんな常識を語って聞かせる相手がいてうれしかったのじゃな?」

 ストンと納得がいくユウ。

「う、うるさいっ!そんな矮小なことで我が喜ぶとでも?神代の話について語り合いたい、などというつもりは断じてないッ!」

 ポロリと己の願望を漏らしてしまうシラセを、ユウはまるですべてが分かっているかのように、微笑んで眺めるだけだった。

 幾ばくかの時を経て、少し落ち着いたのかシラセはゴホンと咳払いをして、話を続ける。

「ま、まあ今までの話はずっと前から伝わる神話のようなものだな。よって真実はおそらく歪曲されて伝えられていることだろう。きっとそれは真実を知ることによって都合の悪い者が存在するのだ。その何者かが、事実を捻じ曲げているのだ。そうに違いない!現に地上にはまだ人がいたのだ!きっと我がこの地上に堕とされたのも……!」

「あーあー、それはまだわからんじゃろう?それに単に口伝されゆく中で、話が脚色されただけではないかの?」

 ユウはシラセのほとばしる熱意を遮り、客観的な判断を下す。

「結論を急ぎ過ぎるのはよくないぞ?今の話は地上での話ともあまり相違ない。慌てず落ち着いて、じゃ。真実を見極めるのは最終的には己の両眼なのだからな」

「むぅ、そうか」

 そんなユウの言葉に、シラセは意気消沈した模様で、がっくりとうなだれている。しかし、シラセにはああは言ったものの、ユウは知っていた。この話は作為的に事実を歪曲されている──。

──≪終焉を告げるモノ≫が現れたことも空中大陸ができたことも、ここ数十年程度の出来事のはずじゃが。何より“勇者”は……。それらを隠して誰に何の得があるのか?本当に単に伝えゆく中で捻じ曲がっただけだろうか?

 そんな不穏な思考はシラセには伝えず、とりあえず脇に置いといて。さらに話を進める。

「その神話では地上の生命はすべて滅びたとあるのじゃが、主は初めてわしを見た時そんなに驚かなかったよのう?それはなぜじゃ?」

 その神話に基づいて常識が構築されていったのであれば、地上に蔓延るのは≪終焉を告げるモノ≫と“終焉の徒”のみだと思ってもおかしくはない。そんな中でシラセは、あの火の中でユウの姿を見た時も特段驚いた様子どころか、動揺した様子すらなかった。

「え?驚いてたよ?」

 唐突に素の話し方が出るシラセ。すぐさま気づき慌てて口調を元に戻す。

「ゴホン。確かに驚いていたぞ。だがな、お前が我を救ったのは確かな事実なのだ。加えて我がお前の名を問うたらそれに答えてくれた。その時点で意思疎通が不可能ではないということはわかった。ゆえに恐れはなかった。それに、目覚めた後、寝ぼけながらもしばらく様子を見ていたが、お前は眠そうに釣りをしているだけだったからな」

「あの様子を見ていたのか……」

 特別変なことをしていたつもりはないが、暇そうな釣りの様子から、もしかしたら釣れた時テンションが上がって誇張でもなんでもなく本当に小躍りしていたところまで見られた可能性がある。そこに若干の恥ずかしさがないわけでもない。

「そんなこんなで様子を窺って、お前が信頼に値すると思った。我を助けたお前は、名を答えてくれたお前は、確かに生きている人間だと。まあ、動こうとしてあの、寝袋とやらに捕らえられていたのは少しばかり焦りを覚えたがな!あ、あと、そうだ、それから……」

 ここまで流暢に話していたシラセが急に口ごもる。

「?どうしたのじゃ?」

「あの、えっと…………助けてくれて、食べ物をくれて、あと服とか、色んなこと、その……あ、ありがとう……」

 消え入りそうな声で俯きながら上目遣いでシラセが紡いだ言葉はユウへの感謝だった。いつもの作ったような尊大な話し方ではなく、きっと本来の気弱な話し方。

「ん?あー、どういたしまして、かの?」

 予想外に想いのこもった感謝の言葉に少し気恥ずかしくなって、ユウは話をさっさと次に進める。

「さ、さて、それでは次の質問、いいかの?」

「フフフ、いくらでもするがよい」

 シラセはすぐにいつもの調子に戻り、少し回りくどい言葉だが、ユウはそれを快諾の意と受け取る。

「では、そうじゃのー、主の手から炎が射出されたことについて聞いてみようかの?」

 焚火の点火のときのことについて問いただしてみることにした。と言っても、シラセはあれができることが当然のような反応をしていたため、質問にさらに付け加える。

「少なくともここ地上では、あんな風にどこからともなく火を出すなんて芸当、手品でしか見たことがない。何の種もないとすればアレはおそらく空にいる者のみの持つ能力だと思うのだが……」

「手品?」

「ああ、それは何でもない、ただの言い間違えじゃ」

 シラセが別のところに食いつきそうになったため、慌ててそれを取り消した。今では無意味な言葉の説明をするのはあまりに無為である。それに、あのような芸当が可能であるのならば、手品などという、ある種紛い物を知らないのも無理はないのかもしれない。

「なんだ、ただの言い間違えか。我の知らぬ地上の娯楽かと思ったぞ」

 こんな時のシラセはなぜか無駄に鋭い。

「それはさておき、我が炎を召還した話であったな。アレは……我が煉獄の使者、えーっと、“クリムゾン・”……」

「ああ、そういうのではなく、もうちょい一般的な話をよろしく頼むの」

 早々と話がそれる予感がしたユウは、さっそうと会話の軌道修正を試みる。

「くっ……!今から何か思いつきそうだったのに……!」

「まあまあ、あとでわしも考えてあげるから。三人寄れば文殊の知恵。三人でなく二人でもきっとよい知恵が思い浮かぶものじゃろう」

「約束だからな……!?」

 何故か悔しがるシラセをなだめ、話を戻す。

「それで……?」

「そうだな。アレは確かに空では当たり前のように使われている能力、いや、一応技術なのかな?そんな感じのアレで、「器律式」と呼ばれているものだ。よもや、地上では全く使われていなかったとは思いもよらなかったがな。炎だけでなく、水や風、金属や雷なんかも出すことができる。一応基本的にほかにも色々出せるが、その強さも術者の力量によって様々で、得意不得意もある。ちなみに我の得意な属性は“炎”だ。強い者になると≪終焉を告げるモノ≫の中では最弱の序列6位<幽に揺らぐ彼岸の界>から逃げ延びることくらいはギリギリ可能になるらしいぞ。やったやつがいるかどうかは実際不明だがな!」

「うん……?ふーん」

「まあ、そんなに強いやつはほんの一握りで、ほとんどは生活で役に立つ程度の力しかないが……」

 そう語るシラセの姿も、先ほどと同じようにどこか誇らしげに見える。

「ふんふん、ちなみに使用方法はどうすればいいのかのー?その、「きりつしき」とやらは?」

 いくら誇らしげにシラセが語ってみても、そもそも馴染みのないユウにはあまりイメージが湧かず、その反応はとても薄い。

「あー、まあさっきも見せたと思うがな。えーっとこうやって、こう!」

 シラセは、燃えている焚火の方に手をかざし、瞬間、見覚えのあるものの記憶よりも小さい魔法陣が展開され、その大きさに見合った小さな炎が飛び出て、焚火の中に吸い込まれていった。

「うーん?すまんのう、見てもわからん。わしから見たらどこからともなく紋が現れて、唐突にそこから火が出ているようにしか見えんのじゃが……」

「む?そうか、見た目だけではわからないか。言葉で言うとだな、こう、なんていうのだったか、えーっと、空では“勇者”が眠っているだろう?とある逸話では“勇者”は概念を『勇者の武器』とかいう自らの“器”に封じ込めて、その入り口を魔法陣の形にして、自由に取り出して行使したという。器律式とはその魔法陣の式をお借りして、“勇者”が封じ込めている概念を取り出して使うという感じのものだ。と、先生がおっしゃっていた気がする」

「最後の一言で残念感が増したの……」

「だって、この考え方は先生の考え方だもん。自分の考えでもないのにあたかも自分で考えたみたいに人に披露するのはいけないことだよ?」

 再び素が出た。どうやら結構意識していなければすぐに皮が剥がれてしまうようだ。口調が戻ってしまったことにすぐに気付いたシラセは、また慌てて咳払いをして元に戻る。

「オホン、え、えっと、あー、まあ、器律式については未だわからないことも多い。まだ発展途上の技術ということだな。先ほど言ったこともあくまで我の先生の仮説であり、必ずしも当たっているとは限らない。ただ生まれつきある程度は皆使えるもので、多少の才能を必要とするものの、努力で伸ばすこともできる。学校では必須科目だったぞ」

 器律式なる能力を生まれつき使えるとなると、その使い方を間違うと容易に人の命を奪える。それを防ぐためには一律に行使の仕方とその制御を教えることが効果的ではあるだろう。そのための学校か。そして、未だブラックボックスの多いものだが研究によって解明していっているところで、できる限り体系化しているのだからシラセは技術と言ったのだろう。そのようにユウは納得する。

「ちなみに、それはわしや地上の人間でも扱えるのかの?」

 技術というからには地上の人間でも使えるかもしれない。もしも使うことができれば、自衛の手段も増えるし、食料調達などにも役立つ。生存確率を上げるためには役立つだろう。その一方で恐らく、略奪や殺人にも使われることになるだろうが。ただ、それを広めるメリットはある。

「むぅ?それはわからぬな。空中大陸では地上の人間がそもそも滅びているという前提だったから、それを研究しているような人もいなかったし。ただこの力を扱うには“勇者”との繋がりが必要とのことらしいぞ。その繋がりを感じられれば使うことができるのではないか?」

「あー、まあ、たぶんわしには無理かのう?」

「えー、なぜだ?ユウも頑張ればできると思うぞ?何なら我が自ら教授しようか?」

「まあまあ、そこまでしてもらわなくても大丈夫じゃよ」

「むー、ユウもやってみればいいのに……」

 シラセは不満げに口をとがらせる。

 シラセの話しぶりではできなくもなさそうという風だったが、彼女の話を聞いていて、恐らく自分にはできないだろうと判断したユウは、すぐに諦めてこの話はそれきりにすることにした。

「じゃあ、次の質問に進もうかのー。それじゃ、主の空での職業についてでも聞いてみようかのう?先程の話しぶりでは、何やら学生のようであったが」

 先ほどから「先生」という言葉が目立ち、そこから学生という身分を類推することは容易だった。

「うむ!つい先日まではそれでよかったのだがな!だが学校というものは我を封じ込めるにはあまりに脆弱過ぎたのだよ」

「え、もしや退学させられたのかの……?」

 声を潜めてユウは尋ねる。

「違う!卒業したんだ!むしろ素行はよい方だったぞ!」

「素行、は……?」

「うぐっ!ま、まあ成績はぼちぼち、だった、かなぁ……?」

 シラセが目をそらし、手がうにょうにょと宙を泳ぐ。なんともわかりやすい。

「うむ、まあ何はともあれ、主は最近まで学校に在籍していたということじゃな。ということは卒業してから割とすぐにここに落ちてきたということになるの。何か重要な任務を帯びて。ならば卒業後、いや、在籍中からか、主は何らかの組織に入っていた可能性が高い、かもしれんのー」

「組織?」

「任務があたえられたと言ったな?ということは、誰かからそれを命じられた可能性が高いじゃろ?一応己自身に課した任務である可能性もあるが、そもそも空の相場はわからぬが、普通に考えてあのようなカプセルは個人が手に入れられるような代物ではない気がしないかのー?それに重要な任務を新参に任すわけもない」

 あと、これは個人の感性の問題かもしれないが、少なくともユウにとって「任務」という言葉自体が何かの組織に属している時に使うような気がする。個人においてその言葉を使う機会は少なく思える。だがこれはやはりユウが勝手に思っているだけのことなので、それは胸に秘める。

「組織、か……」

「どうした?何か思い出したかの?」

 物憂げな様子でそうつぶやくシラセに、ユウは問いかける。

「うむ!組織……きっと我は秘密結社に属していたのだな!しかし結社の非道な行いに耐え切れず、一人で反乱を起こし、脱走。その過程で記憶を失い、今に至るというわけだ!そう、きっと我は悪の秘密結社に孤独に戦う戦士なのだ!フハハハ!そうか、それが我の……」

「そうか、今夜も遅いからもう眠るぞー。主がまだ起きたいというならば先に見張りを頼むの」

 短い付き合いと言っても夕べから今に至るまですっと話し続けている。ユウはシラセの性格についてもだんだんと理解し始めており、独特のシラセワールドにも順応し始めていた。というわけで広がるシラセの言葉をすげなく無視し、自分は床に就く準備をし始めた。

「あ、待って!まだまだ話すことあるから!秘密結社はきっとほんとにあるから!だからまだ寝ないでーーーーー!!」

 まだ話したりないのか、懇願してユウを引き留めるシラセ。その目には涙さえ浮かんでいる気がする。気のせいかもしれないが。ユウはそんな彼女の姿を見て、

「ほー、わかったわかった。まだまだ聞くから、そんなに泣くでない」

「泣いてないっ!」

 もしかしたら人恋しいのかもしれない。空でシラセがどのような生活を送っていたのか、その本質的なところはユウには分からなかった。

 だから、今日くらいはいいかと、そう思って、

「明日もあるから、ほどほどにな」

 そう断ってシラセの話を聞き始めた。

「む!?聞いてくれるのか!?そうかそうか!それでは話してやろう!」

 それを聞いたシラセは目を輝かせ、熱意をもって語り始める。

「それでは、その秘密結社というのはな!“勇者”の力を悪用せんとして、その強大な力を手に入れるべく……」

 機関銃のように語り続けるシラセ。その様を微笑まし気にユウは見つめ、時折頷きながらも聞き流していく。

 シラセにとって大切だったのはきっと聞いてくれる相手だったのだろう。

 ユウにとって大事だったものはきっと退屈させない相手だったのだろう。

 そういった意味で二人は、己の空白を埋められる相手としてお互いかけがえのない時を過ごした。


 幾ばくか、シラセは話し続け。

「……それでだな……えっと……われ、はな…………」

 ほぼ閉じかけた瞼を擦り、誰がどう見ても眠気の限界であることは明らかであるのに、それでも話し続けようとしているシラセ。そんな彼女に、そっと寝袋を広げてかけ、

「安心せい。明日もわしはおる。今日はこのくらいにして、もうおやすみ」

 ユウは優しく声をかけた。

 それからしばらくして、安心したのか、シラセからすぅ、すぅと規則正しい寝息が聞こえてきた。

「うむ、遂に寝たか。別に明日急ぐ必要はないからの。好きなだけ眠るがよい。無理をするのが一番行かぬぞ?」

 シラセの寝顔はとても安らかなもので、それはユウを信頼しきっていることの裏返しでもあり、それが少しむず痒く感じる。

「信頼……か……」

 ふと呟き。

 そんな言葉が己には似合わぬことにすぐさま気付き。そもそもその言葉が、全くの無意味であることに気付き。

 一瞬、過去がフラッシュバックする。その時、

「我こそが……煉獄の…………!……むにゅ」

 突然の大声にユウははっとして振り返る。その先にはシラセが起きている時と同じような寝言を吐いていて。

「おやすみ。また明日」

 そう微笑んで、ユウは星など見えぬ真っ黒な空を仰いだ。

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