3.哀愁
「カナデはさ…帰りたいと思う?日本」
涙が収まり、胸元で恋人の温かさに浸っているリーリアがふと呟く。その言葉にはどこか寂しさが含まれていた。
「聞き返すようで悪いけど、マリはどう思ってるの?」
「私は…帰りたい、かな」
家族や親しい友人達との突然の別れ。身も心も未だ多感な時期にある二人には、重すぎる出来事だ。
何よりマリには叶えたい夢があった分、その気持ちは強いだろう。カナデにはそういった想いはあまり無いが、悲しむ家族の顔を考えると非常に胸が苦しい。
「俺も帰りたいよ」
しがみつくように抱き着いているリーリアの腕から少し力が抜ける。表情にも少し明るみが差したようにも見えた。
「そうだよね。でも、転生だとしたら日本に戻っても、遺体のある既に死んだ人間がいきなり蘇るってちょー怪奇現象じゃん」
「んふっ確かに。カミサマパワーで時を戻して帰れる!とかなら良いけど、そんな都合良くいくとは思えんしなぁ」
漫画や小説のように、神という存在が本当にいるのなら、もし死ぬ前に戻れるなら、もし…そんな存在は居らず、この世界で一生を過ごすとしたら。
家族や友人達にもう会えないのは非常に辛い。だが、なんとか持ち堪えられているのはリーリアという彼女の存在あってこそだろう。
それはおそらく彼女も同じ。
―――マリは儀式で記憶が戻ったらしいけど、だとしたら一週間以上そういう存在すら無い状態で過ごしていたんだよな…ほんと強いよな…
「今、強い女だなみたいなこと思ったでしょ」
「えっ」
相変わらずのカナデに対する異常なまでの察しの良さ。ジト目をしているつもりだろうが、まん丸の可愛らしい金色の瞳に愛おしさすら感じていた。
「まぁ、それは置いといて。私は精霊の儀式で記憶が戻ったけど、カナデは聖女様の魔法がトリガーとなって記憶のタガが外れたって感じかな」
「うん、そんな感じなのかな」
「だとしたら、明日儀式受けたら何かあったりするのかな」
その可能性は考えられる。
儀式とは、ジルニアス教が行っている【精霊の儀式】を指す。この世界では10年生きれば1人前という風習があり、その10年目を迎えたことを祝い、天上の主たる神に感謝を捧げる事で、今後の人生をよりよくするために精霊の加護が与えられる、というものだ。
この儀式を行うことで、その人の適正属性、魔力量、形態適正、受けた精霊の加護を示す
精霊の加護は適正属性に沿っており、また、加護の内容は属性毎に違い、更に授ける精霊の位階によって効果の強さが変わってくる。
異世界の存在とも云われる精霊の力に触れる事がマリの記憶の解放に繋がった、また信仰心の厚い聖女の治癒魔法は、加護の力も相まって一時的な神卸し状態になっているためにカナデの記憶開放に繋がったのでは、という意見が二人の出した結果だ。
「もしかしたら、儀式でカミサマに会えちゃったりして!なんてね」
「まぁそれでほんとに帰れるならありがたいけどねぇ。とりあえず、今はマリに会えて凄くうれしいよ」
マリの背中に回していた腕に力を込め、ぐっと更に抱きしめる。ふわりと髪から良い花の匂いがし、ついつい嗅いでしまう。だが、マリは久しぶりに
「久しぶりに左腕がある感覚はどんな感じ?」
カナデは体を離し、改めて左腕をじっくり眺める。手を開いたり閉じたりしてみる。
高校1年生の春、彼は左手を事故によって失った。
事故は入学式に向かう途中で起きた。T字路で右折しようとした車の運転手が右折中に発作を起こし暴走、歩道に乗り上げた車はそのまま二人の方へ。
咄嗟にマリを突き飛ばした左手を巻き込んでそのまま壁に激突。左腕は潰れ、すぐに搬送されるも切断せざるをえなかった。
「右腕だけの生活に慣れて、もしかしたら左腕は動かせないんじゃないかーとか思ってたけど、案外動かせるもんだな」
「ふふっ、というか、結構前世とがっちりした体格の感じ近いよね。やっぱり剣の稽古とかして鍛えられてるのかな~。この圧迫感と体温があったまるわぁー」
マリは、自分を包む両腕に頬を擦り付けてどこか恍惚とした顔をしていた。
事故以前から二人は付き合っていたが、その事故以来、両腕で抱き締めてもらえなくなった事に少し残念がっていた時があった。
「片腕だけだと色々不便だったしなぁ」
「確かに、勉強するときも私がページ抑えてあげたり、トイレ行くにも私が手伝ってあげなきゃ大変だったもんねぇ」
ニヤニヤしているマリ。だいぶ恥ずかしい思い出を聞いて慌てるカナデは、顔を真っ赤にしていた。
「ちょ、そういう話は今はなし!とりあえず、父上も母上も今日1日安静にしてろって言ってたし、まだ休んでようかな」
赤くなった顔を誤魔化すように深く布団を被る。
「私も今日1日くらいなら一緒にいてあげられそうだから、一緒に入る!あ、えっちな事はだめだからね?」
「しないから!」
にやにやしながら布団に潜りこんできたマリは、照れ隠しでそっぽを向いたカナデを、背中側からそっと抱きしめた。カナデもマリの方に向き直し、互いに抱き合う。
「あったかいねぇ」
「そうだねぇ」
そのまま二人はスーッと再度眠りについた。
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「あらあら、幸せそうな顔しちゃって」
朝食を食べ終えて様子を見に来たラナリアは、そっと二人の顔を撫でる。
先日、儀式を終えてから部屋に引きこもり、夜な夜な泣きじゃくって酷い隈ができていたリーリアが、今は幸せそうな顔でレオナールと抱き合って眠っている。
「何があったか分からないけど、二人とも元気になって良かったわ」
突然自分の子供が殺されかけた事にまだ困惑はあるが、今はなにより無事に生きている事に歓喜している。しばらく二人の寝顔を堪能していたラナリアは、なぜ自分の子供が魔族に追われているのかじっと考え始めた。
「一体、この子に何があるというの…」
「考えても仕方ないよー、悩むだけ無駄ってやつ」
「気持ちは分かるが……あまり、根を詰め過ぎるなよ」
そっと部屋に入ってきたのは、ブローヴィルとルーフだ。やはり二人もどこか表情に陰りが見える。
「10年前のあの日、やつらはレオを殺すんじゃなくて、連れ去ろうとしてた。魔法で強化した布で大事そうにしっかり包んでた」
「そして、今回は攫うのではなく殺しにきたと」
魔族は一体レオナールをどうしようとしていたのか、一体彼に何があるのか。未だその謎は解けていない。このもどかしさに焦りを覚えそうになるが、相手は世界の敵である魔族。
ここ十数年、様々な場所で魔族の目撃情報があり、特にその情報が多い地域では犯罪率が一時的に高まっていたと。
とある貴族街の宝石店を襲った強盗犯は、高価な宝石ではなく、価値がわからず店の奥で保管されていた石を盗まんだ。街外れの武器屋では、普通の鉄でできたシンプルなロングソードが盗まれた。
いずれにしろ価値が低い、もしくは不明な物品の盗難ばかりだ。
10年前の件も、見方を変えれば盗難ともとれる。だが、どれも目的のよくわからない犯行だ。
「何があってもこの子は私達の大切な子供よ……何があっても殺させやしないわ」
普段の朗らかな雰囲気とは打って変わって、発した言葉には強い意志が垣間見える。
「その通りだ。しかし……魔族はなにをしようとしているんだ」
未だ先の見えない答えにまだ悩まされそうだ、とブローヴィルは唸った。
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