2.再開
「心臓刺されて助かったのか……」
寝間着を脱ぎ胸元を見る。しかし、そこに傷口は無かった。
「あれ?刺された跡が無い……あれが、治癒魔法なのか?まさか、死にかけの人間助かるとかどんなチートだよ……」
見事に消えた傷口を眺めつつ魔法ってすごいなぁ、と感心していると扉を軽やかに叩く音がした。
「ど、どうぞー」
「失礼致しま……へ?」
まさか、返事が来ると思っていなかったメイドは扉を半分ほど開けて固まってしまった。そっと扉を盾に覗き込む。互いに目が合いしばらく静かな間が続いた。
ちょっと手を振ってみると、メイドは慌てた様子でどこかへ走り去っていった。
「え、ちょ…」
いきなり、どこかにいってしまったことに少し寂しかったが、まぁ許してあげよう、と脱ぎ掛けていた寝間着を着直す。
しばらくすると、扉の外が慌ただしくなってきた。物凄い勢いで扉を開け、入ってきたのは最後の記憶でレオナールに魔法をかけていた青年だった。
普段結っている真珠のような美しい白髪は寝起きだからか所々ぼさぼさしている。
(確か名前は……)
「目が覚めたか!!レオ!!」
「おはよう、ルーフ」
ベッドのそばまで駆け寄った青年、ルーフは着直したばかりの寝間着を脱がし、刺されたと思われるあたりを擦る。気が済んだのか、そっと寝間着を治すと息を吐きながらしゃがみ込んだ。
「なんともなくて良かった…あいつの気配は察知していたから気を付けていたんだけど…間に合わなかった。本当にごめんなさい」
記憶だといつも元気なルーフだが、今は悲壮感でいっぱいだ。
「もう大丈夫だから!こうして今生きて居られているのも、ルーフが魔法で治してくれたからなんでしょ?ありがとう」
「時間稼ぎ程度だよ、実際に直したのは聖女さんだよ。いやぁいつみてもすごいね、あの神業みたいな治癒魔法は!先代の勇者でも無理だよ」
「へぇー、ちょっとみてみたかったかも」
聖女とは、この世界で最も信者の多いジルニアス教の大司教だ。高度な治癒魔法を行使し、腕を切られても繋げて元通りに治せると云う。
現在、巡礼のために偶然ガインに滞在している。
「明日、儀式を受けに大聖堂いくだろうから、その時にお礼いっておきな!」
「うん、そうす「レオナーーーールーーーー!!!!」る……」
思わず耳を塞ぐ程大きな野太い声。その主は部屋の入口で息を切らしている偉丈夫、レオナールの父親ブローヴィルだった。王家特有の紺の髪は短めに刈り上げられ、上質な綿の寝間着は着崩れ厚い胸元が覗いている。
寝間着が崩れていなかったとしても、その体格の良さが伝わる程の筋肉の持ち主なのだ。
「目が覚めたか!レオ!」
「おはようございます、父上」
「おはよー、ブローヴィルー」
「あぁ、おはよう。ルーフに先を越されるとは…くっ」
何故だか酷く悔しがっている。
「ほんとうにもう大丈夫なのか?」
「もうなんともないよー!あ、でも今日は1日部屋で安静にしてないと」
「そうだな……はぁぁ」
その言葉にブローヴィルは安堵したようで、レオの近くに寄ってベッドに座り込んだ。ぐっとレオナールを胸元に抱き寄せ、ずっと剣を握って固くなった手で頭をそっと撫でる。
「無事で本当に良かった……」
気が済むまで撫で続けたブローヴィルは体を離してベッドから降り、レオナールに向き直る。
「ルーフも言っていたが、とりあえず今日は安静にしていなさい。明日、儀式を受けに行く際にもう一度聖女様に診て頂こう」
そう言い残し、ブローヴィルは部屋から出て行った。そして、入れ替わるようにスレンダーな茶色の短髪美女が駆け込んできた。
母親のラナリアである。大きな真ん丸の目の端には涙が溜まり、普段のおっとりとしていながらも冷静な雰囲気とは違い、非常に慌てている様子にレオナールは戸惑いが隠せない。
「レオ……良かった、もう一週間も目を覚まさないから……」
「そんなに!?……ですか」
一週間もの間、眠っていたことに驚くも刺された場所などを考えれば妥当なのかもしれないとレオナールは思った。
そしてラナリアもまた、息子が目を覚ました安堵からか、その場にへたり込んでしまった。あまり眠れなかったようで目元にはうっすら隈も見える。慌ててルーフがそっと側に寄る。
「主君、すごい隈だけど……大丈夫?」
「ええ、大丈夫よ」
そうは言うが、だいぶ弱っているようだ。
「主君…」
ルーフがラナリアを主君と呼ぶのは、ルーフが彼女の
ルーフは人間の容姿をした龍、世界最強の亜人族、
「ありがとう。おはよう、レオ、もう大丈夫なのね」
「心配掛けてごめんなさい、母上」
「いいえ、レオが悪いわけじゃないんだから。ほんとうに無事でよかったわ」
ルーフの介助で立ち上がったラナリアはレオに抱き着き、そっと頭を撫でた。ラナリアの手は父のブローヴィルほど固くはないが、彼女も剣を長く握ってきたため、少しごつごつしている。だが、一切固さは感じず、柔らかな温かみを感じた。
その手の温かさは地球にいた時、まだ幼い奏の頭を撫でる母親の手と似た感触で、母親という存在の温かさを改めて知るとともに、もう会えない母親との別れにひどく悲しみを覚えていた。
「お父さんが言っていたかもしれないけれど、今日は一日部屋で静かにしていなさいね。あ、そういえばリーリアちゃんも毎日朝から晩までお勉強放り出して、ずっと側で看病してたのよ。朝食終えたら、直ぐに来ると思うからお礼ちゃんとしておきなさいね」
少し微笑みながら、今一番会いたい人の事を話してくれた。
リーリアは王太子、ルーリエン・フェル・ハイル・リルフィストの長女。レオナールと同い年の10歳で、先日誕生日を迎えたばかりだ。
非常に活発な女の子で、可愛らしい紫紺の瞳を持っている。ブローヴィルと同じく王家特有の紺色の髪は腰辺りまで伸び、煌びやかな装飾で結っている。
しかし、先日儀式を受けた直後から部屋に閉じこもるようになっており、周囲から非常に心配されていた。
―――もしこのレオナールの記憶通りであればリーリアは恐らく…
「レオ!レオ!」
「あら、早いわね。もしかして、あの人が伝えにいったのかしら」
噂をすれば影が差す。部屋の入口にはリーリアが涙を目一杯に蓄えて立ち尽くしていた。猛ダッシュでレオナールに抱き着くとダムが決壊したかのように号泣し始めてしまった。
「うああああああ!!無事で好かったよおおおレオおおおお!!」
「ちょ、リア、鼻水鼻水!!」
「あらあら、私たちはお邪魔みたいね。二人でゆっくりしていなさい。私はせっかちなお父さんのところに行ってくるわ、行きましょルーフ」
「うん、じゃねー」
そうからかうように二人は部屋から出て行った。
部屋にはリーリアの叫び声のような鳴き声がひたすら響いていた。やがて、落ち着いてきたのか袖で涙を拭うと、目元が腫れてもなお可愛らしい眼でレオの顔をじっと見ていた。
「ほんと無事でよかったよレオ」
「ありがとう、リア」
優しくリーリアの頭を撫でる。そのままの体勢で、先程記憶が戻った際に感じた事を聞いた。
「リア、儀式が終わった後からずっと泣いていたでしょ?その時、聞き間違いじゃないなら確か「カナデ」って言ってたよね」
「あ……うん」
少し気まずそうに頷く。レオナールは涙が溢れてきた。
「また、会えるなんて……
リーリアが顔を上げ驚きの表情を浮かべた。やがて、それは再度涙へと変わっていった。
「レオも……いや、カナデも転生していたんだね!!また、逢えるなんて……ほんとうに、ほんろにうれじいよぉぉおぉ」
「俺もだよ……マリ……」
地球で死んだ二人は、奇跡か神の悪戯か、この世界で再び巡り合えたのだ。
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