何度も転生を繰り返し世界を滅ぼそうとした大魔女、優しい王の娘へと転生してしまう ~やがて聖女と呼ばれ、国を救う物語~

清見元康

第1話:プロローグ

 始まりは、もう思い出せない。

 ただ妬ましかったのか、憎かったのか――。


 かつて大魔女と呼ばれ、世界を闇で覆い潰そうとした私は、勇者によって討たれた。

 だが、私の魔力は絶大だった。

 私は既に、自らを不滅の存在へと昇華させている。

 肉体は滅んでも、魂は不滅なのだ。


 私は幾度となく転生を繰り返し、その時代の勇者と戦い続けた。

 殺し、奪い、破壊の限りを尽くし、時には勇者を殺したこともあった。


 だが、すぐに新たな勇者が現れ、やがては私を討ち倒す。


 私は不滅。

 勇者という存在もまた、不滅。


 私が勝ち、魔が支配する時代が数十年続く。

 するとまた勇者が現れ、私が討たれと人の時代が数十年続く。


 終わらない輪廻を繰り返し続け――。


 今回の転生では、私は勇者を三人殺した。

 百年近い闇の時代が続き、四人目の勇者によって私は敗北を迎えた。


「私は再び蘇る。そして次こそはお前たちを滅ぼしてやろう」


 この言葉はお前たちにかける呪いだ。

 永劫苦しめ。

 短い平穏の日々を、恐怖と不安に苛まれながら過ごすが良い。


 私の体が朽ちていく。


 不意に、勇者の手が私に触れる。


 彼は、ボロボロと大粒の涙を流しながら、私を見ていた。


 一瞬、思考が止まる。


 幾度となく繰り返してきた殺し合い。

 こんなことは初めてだった。


 ある勇者は、何度でもお前を討ち倒すと啖呵を切った。

 またある勇者も、別の勇者も皆言う台詞は似たりよったりだ。

 綺麗事を吐く、愚か者たち。

 全ての勇者たちは憎むべき敵であり、勇者たちにとっても私は仇敵だった。


 だが、彼は言った。


「あなたの物語が、報われることを祈っている――」


 知らない光が、溢れてくる。


 この輝きを、私は知らない。


 恐怖は感じない。

 むしろ、安心すら覚えてしまう。


 この暖かさは、何なのだろう――。


 そうして、私の何度目かの生涯は幕を閉じた。



 ※



 視界の先に、自分の小さな手が映り込む


 ……今度は人間の赤子か。


 また転生したのだ。


 くだらない。


 結局、あの勇者が何を願おうが我らの戦いは続く。

 あの暖かさは、まやかしだ。

 所詮、我らは変わらない。

 永劫殺し奪い続ける宿命なのだ。


 私の転生は完璧だ。

 記憶と魔力を一切損なわず次へと移行できる。


 勇者にそれは、無い。


 いや、そもそも勇者の使う技法は転生では無いのだ。

 勇者の証である[光の刻印]を後継者に託しているだけだ。


 あれだけは、厄介だ。

 どうにかしてあの[刻印]をこの世から抹殺しなくてはならないが……。 今回の転生でそれは叶うだろうか。


 私は冷静に状況を分析していく。


 いくつかの綺羅びやかな灯りと赤い絨毯。

 大きく立派なベッドが見える。


 どうやらここは城のようだ。


 今までの転生先は、吊るされた死体から生まれた赤子だったり、捨て子だったりと、私に相応しい出自ばかりだ。

 しかし今回は、王家の姫君に転生したらしい。


 だが、今までこのパターンが全く無かったわけでは無い。


 ある意味では、それもまた私に相応しい出自だった。

 記憶の中に存在するかつての王たちはどいつもこいつも搾取することしか考えていない愚か者だったのだ。


 いかに出し抜くか、いかに奪うか。

 そういった者たちが奪われる側に回った時の顔は、いつ見ても心地いい。


 ならば、今回もそのカス共の顔を拝んでから殺し尽くしてやるとしよう。


 王妃様、と呼ばれた女が私を抱きかかえる。

 これが私を産んだ女だろう。


 いつ殺してやろうか。

 いま、侍女たちの目の前で首を飛ばしてやっても良いが――。


 やがて、この国の王が慌ただしくやってくる。

 王妃の名を呼び、目尻に涙を浮かべながら、よくやったと抱きしめる。


 ふと、王妃が言った。


「でもあなた。私、不安です……。もう何日も雨が振っていません。食料だって――」


 どうやら、今この国は飢饉の真っ最中らしい。


 このパターンも、既に見たことがある。


 確かあの時の王は、ならば民にさらなる税を課せば良いと――。


「ならば、我々の食事を削ろう。民と同じものを食べれば良いのだ」


 ……………。


 王妃は、穏やかに頷く。


 ふと、王は天井の灯りを見上げた。


「少々明るすぎるのでは無いか? ここの灯りも削れば、皆に分け与える分もできるはずだ」


 そうして王は、ゆっくりとテラスに足を進める。


「ここからは、皆の暮らしが一望できる。全ての民家の煙突から煙が上がるようになるまで、城の富を分け与え続けようではないか」


 …………今まで見たことが無い王だった。


 だが、所詮は綺麗事だ。

 どいつもこいつも我が身がかわいいのが人間という生き物だ。


 そうだ、こうしよう。

 そのうちこの王もすぐに音を上げ、略奪を始める。


 それこそが、この王の心の内にある醜い本心だ。


 こいつらを殺すのは、その姿を拝んでやってからにしよう。


 その日が来るのが楽しみだ。

 せいぜい苦しめ、愚かな王よ。

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