第29話 29、機械化部隊

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 1年が過ぎた。

世界地図は完成し、大砲が10門と弾が100発でき、工夫に富んだそれぞれ異なった鎧と盾が10組でき、防弾板が施された戦車が10両、そして1機の飛行機が出来上がった。

大砲と盾鎧と戦車は学生の一人一人が作ったものであった。

 学校の周りには多数の実験工場が建つようになっていた。

数本の長いネジを作るのには材料の金属を作らなければならなかったし、金属は鉱石から精錬されなければならなかったし、ネジ山を切るのには高速度鋼を使ったバイトが必要だったし、それを使う旋盤にはネジもチャックも歯車もモーターも必要であった。

 物を加工するには工作機械が必要だったし、工作機械を作るには冶金(やきん)の知識が必要であったし、冶金に必要な元素を鉱石から取り出すのには化学知識と電気が必要であった。

 その時代の武器はその時代の文明を反映する。

文明の基礎無くして優れた武器を供給することはできない。

穂無洲国の学校で作り出された軍需製品は周囲の文明とはかなり離れたものであった。

それらの製品を作り出すのに必要な材料と工作機械は万が提供したものだった。

万は世界統一のためには文明に干渉してもいいと考えていたのであろう。

 学校の卒業生は教師になった。

彼らは材料と組立機械と電気さえあれば大砲や戦車や飛行機が出来ることを知った。

残念だが材料も組立機械も電気も学校の外の世界には未だなかった。

現在では作ることができなかった。

だが彼らはそれがいずれ出来るだろうことを知っていた。

それは新しく教師を育成するのに必要な信念であった。

 晴れた日、周平は千を学校に訪ねた。

千は馬車の外に椅子と小机を出してクルコルを飲んでいた。

木漏れ日が千の純白のブラウスに淡く照り返し揺れていた。

学生達は新たに作られた格納庫の中に展示されていた自ら作った製品を互いに自慢げに説明していた。

 第1組はこれまで使ってきた3台の熱気球を操り、周辺を散策していた。

もっとも、どの熱気球も千が住んでいる山の上には近づくことさえできなかった。

学生の問いに千は微笑みながら「まだ皆さんに分らないことがたくさんあるのですよ。うれしいことですね」と言ったものだった。

 周平は千の前に行って挨拶した。

「千様、いい天気ですね。来ました。」

「いらっしゃいませ、周平様。クルコルをいかがですか。」

「ありがとうございます。いただきます。椅子は馬車の後ろから出してきますから。」

千は前と同じように馬車から白磁のカップとクルコルの入ったガラスポットを盆に載せて運んで来て小机に載せ、両手でガラスポットを支えてクルコルをカップに注いだ。

 「今後の相談ですか、周平様。」

「はい。千様は成し遂げられました。世界地図ができ、大砲も盾も戦車も飛行機までも学生に作らせてしまわれました。驚くべきことです。もっとも一番驚いているのは作った学生自身かもしれません。教えてもらったとは言え、これまで想像することもできなかった物を自身が作ることができたのですから。周りの学生の顔は輝いております。」

 「そうですね。彼らは知識に飢え想像力を持った方達ですから。」

「彼らは先生の先生になるのですか。万さんは先生の卵を作ると言っておりましたが。」

「どうでしょう。何人かはそうなるでしょう。何人かはもっと学びたいと研究の生活を選ぶかもしれません。それに何人かは実用を考えるのかもしれません。」

 「この学校は閉じるのですか、千様。」

「いいえ、周平様。少なくとも周囲の四国を属国にするまでは残す必要があると思われます。この学校の卒業生はまだ乳児の段階です。一人では何もできません。周辺の産業が育っていないからです。それは卒業生もよく知っております。形ができるのには少なくとも10年はかかるでしょう。安定するには更に5年が必要だと思われます。この学校の卒業生は周辺の産業の発展に使ったら良いと思います。」

 「千様はずっとやっていただけるのですか。」

「いいえ、周平様。私は区切りがつけば山に帰ります。」

「では、どなたにこの学校を任せたら良いのでしょう。学生以外の人では荷が重いと思います。」

 「そうですね。荒波様が初代の校長には適任ですね。広い知識を学び、他の組の製作過程も注意深く見ておられました。何よりもお強いですから。」

「千様が推薦されるという荒波殿とはどんな方なのですか。」

「海穂国軍の司令官であった方です。勇敢な方でした。」

 「大国の軍司令官が異国の学校の学生に応募したのですか。」

「はい、荒波様は色々なことを知りたい方のようですから。でも推測ですが、荒波様は水穂国との戦争が始まれば 軍に戻ると思われます。」

「最新兵器の効果を知っている司令官になるのですね。」

「そうなります。」

 千は2年目の学生の募集の選考を行ってから山に帰って行った。

学校の周辺は急速に整備拡張されて行った。

飛行場が作られ、兵器の試験場が作られた。

製鉄所は鉱石が採れる山の川沿いに既に作られてはあったが拡充し、学校の周辺には特殊鋼の製造所や工作機械の製作所が作られた。

 学校の周辺に作られてゆく工場群の建築には多額のお金が必要であった。

穂無洲国の財力ではそれを賄うことはできなかったが、海穂国の領主が全面的に協力した。

海穂国の海沿いの適地には新たな埠頭が建設され、学校の周辺に建てられた各種の工場群と同じ工場を含む巨大な造船所が作られた。

 通常、他国である海穂国での穂無洲国の知識を使った造船所の建築は穂無洲国にとっては考慮すべき事柄であったが周平は気にしなかった。

世界を統一するためには気にしてはならなかった。

穂無洲国が生き残るためには他国を凌(しの)ぐ日々の研鑽を積まなければならないことは知っていた。

 もともと穂無洲国は海に面していなかったし、小さな貧しい国だったからだ。

それに海穂国の領主は千の存在を知っていた。

たとえ海穂国が大軍や大量の戦車や飛行機を持っていたとしても、千がその気になれば海穂国はおそらく数瞬で滅ぼされるであろう。

 千は学校の宿舎をそのまま残した。

50名の学生の日々の食事を作り出す装置や清潔な衣服が毎日準備されているたんすや常に清潔に保たれている完全処理の便所を見れば千が想像もできない技術を持っていることは明白であった。

千は『まだ皆さんに分らないことがたくさんあるのですよ。うれしいことですね』と言って学生の慢心を戒めておきたかったのだろう。

 3年目の学生の選考も千は山から下りて行った。

少なくとも150名の優秀な人員を確保しておきたかったからだ。

海穂国からの応募も多くなっていた。

 3年目の後半になると大砲も戦車も飛行機も軍艦も戦いに使えるだけの数と性能を持つようになり、軍隊から選ばれた兵はそれらの扱いに習熟するようになっていった。

それらの兵器を扱うことは兵の憧れであった。

兵士の少ない穂無洲国の軍はさながら機械化部隊とか機動部隊の様になり、歩兵の数は半分に満たなかった。

 海穂国も2隻の軍艦を持つことになった。

大型の大砲を持ち、分厚い鉄板で造られた高速移動できる戦艦は偉容を誇っていた。

海穂国の港に入っている大型船の数倍の大きさを持ち、たとえ正面から衝突しても無傷で相手船を粉砕するだろう。

多くの鉄砲とか擲弾筒が穂無洲国から海穂国に高値で売られ、穂無洲国はようやく潤った。

数年経てば大砲も戦車も飛行機も売ることができるようになるだろう。

 戦争するには多量の燃料が必要になる。

穂無洲国では液体の石油は全く採取できなかったが良質な石炭が地下に豊富に眠っていた。

一部では地表に出ている部分もあった。

石炭はこれまでほとんど注目されて来なかったが学校での学習を通して利用することが可能だと認識されるようになった。

 世界地図を作製するための第1組は2年目からは石油を供給するための組になった。

千は直接には教えなかったが石炭から石油を作るための教科書は提供した。

石炭の液化の原理は簡単であったから、他の組の化学的知識と冶金の材料的知識と製鉄の技術的知識が合わされ、1年で内燃機関にも使える燃料が実験的に生産できるようになった。

3年目には炭坑の近くの川沿いに液化工場が建設され、多くはないが安定した石油供給ができるようになった。

石油は言い値で売ることができたので液化工場の規模は拡大を続けた。

 穂無洲国に多くの工場ができればそこで働く人は多く集まって来る。

人が集まれば町ができ発展する。

周平は無秩序な町の形成は望まなかった。

工場が新たに作られる時にはそこに町ができてもいいような施策を取った。

区画を整備し、上水の確保と下水の処理をし、戸籍を作り、税金を取った。

穂無洲国の人口の増加と共に入って来る税金は増加した。

農民からの租税はまだ米であったが、土地を持たない町の住人からの税金は貨幣で徴集した。

 貨幣がどの国から供給されているのかは未(いま)だに分らなかったが金貨は急速に集まった。

周平は穂無洲国でも金は採れることは知っていた。

調査兵達が小さな金脈を見つけていた。

周平は世界を統一したら貨幣を統一しなければならないと思っていた。

ずっと先の話しだった。

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