第19話 19、千と周平の夕食
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「聞きました、千様。またもや凄いことをなされました。兵士達の噂になっております。」
千が馬車の屋根に腰掛けて夕暮れの空を眺めていると周平が近寄って来て馬車の上の魅せられたる姿に声をかけた。
夕暮れの空を背景に千の長い髪毛が透けて見えていた。
「周平様、松林越しの夕日はいいですね。」
「千様、夕食の誘いに参りました。いかがでしょうか。」
「分りました。夕食をいただきに参ります。海穂国の城の様子と周辺の国々の様子をお知らせしませんといけませんし。準備しますからお待ちいただけますか。」
「はい、ここで夕空を眺めながら待っております。」
千は馬車に入り、十分ほどで出て来た。
夕焼けの空に似せた着物姿で肩まで伸ばした先端がなだらかに曲がった黒髪には光沢のない銀色の頭飾りを付けていた。
頭飾りには一面の宝石が散りばめられており、半分ほど山端にかかった太陽の光を受けて赤く輝いていた。
千のあまりの美しさのため、又しても周平はまともに千を見ることが出来なかった。
先の地面を見たり辺りを見回しながら千を城の天守近くの母屋に招いた。
通された部屋には足の高い大きな机と椅子が向かい合って用意されていた。
周囲の壁の近くには多くの燭台が並べられ、部屋は外と比べれば明るかった。
「千様、今日は机と椅子を用意しました。万さんの家に案内された時、お宅では椅子に座って生活なされていることがわかりました。実際に椅子を使ってみると便利で最近の食事は椅子に腰掛けて食べることにしております。」
「ご配慮、ありがとうございます。食事の前に海穂国の城内の配置と周辺の国々の有様をお話したいと思いますがよろしいでしょうか。」
「勿論です。万さんと空から調べたのですか。」
「はい、昨日行ってまいりました。城の方は上空からの写真と配置図を用意しました。周辺の国々は国境線が分らなかったので写真だけをお持ちしました。地理がよく分った方に地図に変えていただけたらよいと思います。」
千は机に紙の束を置いた。
「これが城の写真で、それを基にした配置図がこれです。」
写真は白黒の絵であったが以前に上空から見た通りであった。
「この絵が写真ですか。以前に空から見た風景と同じですね。どのようにして描くのですか。」
「描くわけではありません。写すのです。幸い外は暗くなっております。お見せ致しましょう。」
千は紙束を挟んでいた厚紙を取り、宝冠を留めていた銀色の棒で穴を開け、もう一枚の厚紙を並べて持った。
「ご覧下さいませ、周平様。後ろの厚紙には壁の近くの燭台の蝋燭の火が逆さに写っております。後ろの紙を日焼けしやすい紙にすれば燭台の絵が写ることになります。実際には光が入らない黒い箱に小さな穴を開けて特殊な板に写し、暗い中でそれ以上に日焼けしないように処理すると写真の原板ができます。後はその原板を紙に写せばお手元にあるような写真になります。」
「驚いた。こんな簡単な方法で景色を写すことができるとは。万さんが考えたのかい。」
「いいえ、これは誰でも気が付くことです。万はそれを原板に固定する方法を考えただけです。」
「ムム。千様、この方法を利用したら肖像画が描けるのではないだろうか。黒い大きな箱を作り、中に絵師を入れ、明るい中に人を置けば紙に人が写る。それを絵師がなぞれば輪郭が描けることになる。どうだろうか。」
「その通りでございます、周平様。ただ、絵師には常人には理解できない才能がございます。特徴を強調することができます。写真は見えたままが写るだけです。」
「そうだな。写真の技術も学校で学ぶことができるのだろうか。」
「そう思います。」
「今度、誰かに作らせてみよう。」
「それがよろしゅうございます。」
話しは海穂国の城の話しに入ったが、千はまだ攻略方法を考えていないと言った。
これから考え、それに合った訓練を兵士にさせると言った。
「千様。千様は僅かな時間で二千名の兵士の中から密偵を見つけ出してしまった。密偵の見つけ出し方を教えてもらえないでしょうか。この前の戦に勝ってこの国にも多くの間者が入り込んでいると思います。」
「はい、周平様。今は周平様にはお出来にならないと思いますが年月を経れば出来るようになると思います。察相と申しますか。何となく分るのです。今日は兵士に吊り橋を渡らせ、兵士を二つに分けました。ほとんどの兵士は落下もせずに渡り切ったのですが、私が選んだ基準は兵士の持った恐怖感でした。どんな強い兵士も高所では働けない場合があります。高所恐怖症です。今度の城取りには最初は上空からの侵入が不可欠です。そのため高所を恐れない兵士を最初に選んだのです。その中から色々な役割を持つ兵士を決めて行きたいと思います。」
「そうか、察相の術ですか。千様には心の中まで分ってしまうのですね。」
「誠に申し訳ありません、周平様。周平様は現在は領主でありますが、やがては国王になると思います。国王には優れた察相の能力が必要です。表面の言葉と内面の心は異なる場合があります。特に国が大きくなれば尚更です。」
「そうか、残念だが仕方が無い。ところで千様、千様は今も拳銃を持っているのですか。」
「はい、忍ばせております。」
「この前、万さんが持っていた拳銃は大きかったが、兵士が見た拳銃は小さかったと聞いた。万さんがもっと小さい17連発の銃を作る予定だと話していたがそれなのですか。」
「はい、左様でございます。常に薬室にも装弾しておりますから18連発でございます。」
「兵士が一瞬で六人の眉間を射ち抜いた言っていました。18人を一瞬で殺せるということですか。」
「一瞬ではできません。18人なら二秒くらいかかると思います。」
「見せてもらえないだろうか。」
「分りました。お見せは出来ますが護身用ですから触れてはなりません。少々失礼致します。」
千は着物の裾を少し引き上げ、光沢の消された黒い拳銃を足首から取り出し机の上に置いた。
「これが私の持っている拳銃です。万が作りました。弾は握りの中に入っております。」
千は拳銃の握りから弾倉を取り出し銃の横に置いた。
「これが弾倉で小さな弾が17発並んで入っております。今は着物姿ですからこれだけですが、戦闘服の時はこの弾倉を6つほど持っております。」
「全部で103発ですか。一人で分隊と戦えますね。」
「あくまで護身用です。万が持っている拳銃と違って威力は弱く、眉間を打ち抜ける距離はせいぜい50mです。武装した敵と戦う時は銃のような威力が大きい武器を使用します。」
「でも城のような室内とか庭では威力を発揮しますね。」
「そんな場所ではこの拳銃を使う必要はありません。素手でも十分です。」
「相手は武器を持っているのですよ。」
「周平様は私が如何に早く強いかをご存知ありませんから。」
「わかりました。千様、夕食にしましょう。」
周平は手を叩き、千は素早く拳銃に弾倉を装着し足首にしまった。
周平は机の上の地図と写真を手早く厚紙に挟み、床の間の上にあった手文庫にしまった。
夕食は豆腐と川魚の焼き物とジャガイモとタマネギの煮しめ、そしてキャベツの千切りと昆布の酢ものと味噌汁であった。
「どうですか、この夕食の献立は。」
「良いと思います。以前よりずっと改良されていると思います。
「それは良かった。」
「海穂国が併合できれば海の魚も入って来ると思います。陸穂国が併合できれば牛乳も飲めると思います。山穂国が併合できれば動物の肉も取れるようになるでしょう。周りの国が全て併合されたら国間の行き来に障害が無くなり、民の生活も豊かになると思います。」
「まだまだ先の話しですね、千様。」
「そんなに長くはかかりません。」
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