第20話 20、海穂国への夜襲

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 翌日から千の訓練が始まった。

千が選んだ60名の決死隊であった。

訓練は主として杉の木の天辺から垂らした綱を一気に降りる訓練であった。

千は三人を一つの組として行動させた。

武器としては銃よりも十字弓を訓練させた。

銃の銃口には綿が入った二重の筒を差し込んで発射音を消し、小型の遠眼鏡を銃身に挟み込んで遠距離からの射撃を可能にした。

銃の照準は屋根の上から下への射撃に合わせた。

そして何よりの特徴は訓練が夜中の暗闇の中で行われたことであった。

 訓練の終盤には特に優れた兵士達に気球から城の天守閣の屋根に降下する訓練を行った。

長い綱と狙撃用の銃を持って天守の屋根に取り付いた兵士は綱を張って互いを保持し眼下の的に鉄砲を射ったり、天守閣の最上部に侵入し確保する訓練を行った。

 もともと城の守りは外からの侵入を防ぐことにある。

低い位置から高い位置に行くのは難しいが逆は容易である。

天守閣からの侵入は想定されていないはずであった。

ましてや、城主が寝起きをしていると思われる館は天守の間近にある。

屋根から屋根に綱を張り滑り降りるのは難しいことではない。

城主の館には30名の兵を人知れず送り込むことは容易だろう。

そこには千も含まれるはずである。

 海穂国に派遣している密偵に城下の畑中の一軒家を借りさせておいた。

そこが穂無洲国の中継基地となる。

この世界には月がない。

夜は半天にまばたく星々だけであった。

千は曇りの日を決行日とした。

 当日の夕刻前、決死隊57騎は国境に馬を馳せた。

少し遅れて荷物を積んだ荷車二台が後を追った。

千は三名の軽量の兵士と共に熱気球で国境に向かった。

関所の上空100mで気球を停止させて綱を裏庭に垂らし、三名の兵を送り込んだ。

千は関所の門の内側に警備していた五人の衛兵を5丁の弓で倒した。

関所内を巡回している二名の衛兵も2丁の弓で倒した。

丁度そのとき外に出て来た兵士も頭を真上から射抜いた。

三名の決死隊兵は関所の門を開き、近くに待機していた兵を関所内に導いた。

 関所の建物には30名の兵士が夕食後の団らんを取っていたし、上級役人は近くの奥屋で酒を飲んでいた。

千は気球の上から全員の殺害を指示した。

決死隊は奥内になだれ込み十字弓の二回斉射で兵士と上級役人達の動きを止めた。

決死隊は全員の喉を静かに刺した。

決死隊のだれも声を出す者はいなかった。

 千は気球を地面近くまで降ろし兵士三名を乗せて海穂国の中継基地に向かった。

残りの兵は全ての死体を屋内に運び戸を閉め、待たせておいた馬と馬車を通過させ、関所の門を閉じてから早足で海穂国の中継基地に向かった。

全てが時間に掛かっていた。

夜明けまでに終わらなければならなかった。

 千が中継基地に着くと兵は既に到着しており、装備を身に着けていた。

千は乗せていた兵を降ろし、代りに五名の兵を籠の出っ張りに立たせて気球を上昇させた。

五人の重量はかなりのものであったが気球は上がり海穂国の天守閣の上空5mで停止した。

五人の兵士は綱を垂らし、素早く屋根の上に降りて身を確保した。

千は綱を垂らしたまま気球を上昇させ中継基地に向かった。

 屋根に残った兵士は屋根下の様子を確認して、天守閣最上階の欄干内に降り立った。

その後、兵士は天守の小窓を静かに開けて侵入し、内から扉を開いた。

そうしていると次の五名の兵が屋根から降りて来た。

兵達は階下に進み扉を開けてから二名が欄干に綱を結んで屋根の端に進み狙撃の構えを取った。

各階毎に二名の狙撃手を配置し終わった頃には55名の兵は天守閣に降ろされ三階に集結した。

千は最後の五名の兵を気球に乗せて天守に近づき、長い細綱の一端を降ろして柱に固定させてから城主の居る館の上空20mに気球を止め四名の兵士を屋根に降ろしてから気球を屋根上空に留めた。

気球の操縦法を知っている兵士を気球に残し狙撃の体勢を取らせた。

 千は天守から伸ばして持って来た細紐を張りながら屋根に静かに降りた。

千は屋根から飛び降り、館から見えない位置にある松の大木の上部に細紐を張って結わえた。

兵士が天守から滑って来れば細紐はたわんで松の木の手前の地面で止まるはずであった。

鋼線の入っている細紐は切れないことは確かめてあった。

天守閣から滑り降りるこの訓練は何回も行っていたのだった。

 城主のいる館は警備が厳重であった。

十名ほどの兵士による小隊の数隊が隊列を組んで巡回している。

天守閣からの降下が見つかったら最初に巡回の兵士を倒さなければならない。

四名の兵士は二名が屋根に残り二名が地面に降りて物陰に身を潜めた。

 千は天守の方向に合図を送った。

二秒間隔で兵士達が降りて来た。

地上に降りた兵は無言で定められた位置に散って行った。

予定の兵が地上に降りると静かな殺戮が始まった。

最初に二隊の警備兵が弓の斉射で音も無く崩れた。

数名の兵士がとどめを刺しに向かった。

警備兵の持っていた松明は死体の近くに横に残しておいた。

もう一隊の警備兵は小屋で休息を取っていたが、その隊も弓の斉射で沈黙した。

その際、茶碗の割れる音が静寂に異常に大きく響いたが、静寂はすぐさま元に戻った。

警備兵にとどめを刺していた時に隣の部屋に居た警備隊長が怪訝な表情で出て来たが、

庭にいた兵士の斉射を受け、十数本の矢を刺したまま声も発せず倒れた。

 千は館を兵で囲み、一部の兵を床下に潜らせ抜け穴を探らせた。

床下の兵士は匂いの少ない蝋燭(ろうそく)の龕灯(がんどう)を使った。

兵達は館の両端の雨戸を外し、二方から侵入した。

館の中程の表庭と裏庭にも木陰に兵が配置された。

庭にはちょっと見には兵士の姿は見えなかった。

 館内の警護の家臣詰め所は館の端にあったらしい。

雨戸を外した段階で部屋の明かりに人影が動いたので決死隊は障子越しに斉射してから別の班が弓を構えて障子を開いた。

立っていた家臣は倒れており、他の者は起き上がる時であった。

二回目の斉射で全ての動きが止まった。

とどめは相手の刀で行われた。

 館の反対側の端は調理場となっており、調理場に続く部屋には女達が寝ていた。

兵士は躊躇せず一人一人の首に弓の近射を行い、畳みに縫い付けた。

隣の2部屋は上級の女官の部屋らしかったが全員を畳みに縫い付けた。

その後の部屋は空き部屋が続いていた。

 屋敷内にはまだ騒ぎは起きていなかった。

一部屋一部屋が静かに開けられ、中にいる男女は殺されて行った。

まだ子ども達は見つかっていなかった。

館の中央に近づくにつれて部屋の中に人がいる場合が多くなった。

庭を通る渡り廊下があり、その向こうの建物は庭に面していた。

庭に向いて廊下に座って待機している近習が一人、廊下の向こうに見えた。

その向こうには男女二人が座っている。

更にその向こうにも男二人と女一人がすわっていた。

三人が座っている前の庭の中程には警護の兵が六人、部屋の方向を向いて直立していた。

その部屋が城主の寝所らしかった。

 ここからは何をしても騒ぎが起る状況であった。

廊下のずっと向こう、向こうの渡り廊下の付近に味方の兵士の影が見えた。

千は味方の兵士から6丁の弓を借り、千が射った後で庭の警備兵を射るように命じた。

千は最初に一番遠い近習の男の首を射ち、隣の男が異変に気付いた時には次矢が首に突き立っていた。隣の侍女は周りの異常に気付く前に首を射抜かれた。

六人の警固兵は廊下の近習が伏せて行くのを見た時に周囲から矢を受けて倒れ込んだ。

最初の三人が急所を射られるまでが三秒間、残りの三人が無言で射られるまでも三秒間。

千は六秒間で六名を音をほとんど出すことなく射殺した。

その間に六名の警備兵も殺された。

 千は決死隊を庭と廊下に配置し、懐から取り出した紗の袋を被り、兵から予備の十字弓をもらって、矢をつがえてから静かに障子を開けた。

部屋の中には屏風が立てられ、その奥に薄手の布団を胸までかけた中年の男と若い女が眠っていた。

千は兵士六名を手招きし布団を被せて押さえつけるように指示した。

兵士が押さえつけると男は目が覚めたが、千は懐から取り出した黒い袋を頭から被せ袋の口を締めた。

女は寝起きが悪かったが気が付いた時は袋を被せられていた。

千は兵士に男と女を縛り上げて袋の上から猿ぐつわをするよう指示して次の部屋に向かった。

 二名の近習が待機していた部屋には女が一人寝ていた。

千は兵三名を手招きし、そっと袋を被せ、猿ぐつわをさせ、縛り上げた。

一名が守っていた部屋には三人の子どもが寝ていた。

千は大きな袋を持って来るように兵に指示した。

布団をめくり優しく足から袋に入れ頭の上で口を締めた。

二人目の子供も問題はなかった。

12歳くらいの三人目は途中で気が付いたが、千の鳩尾(みぞおち)への一撃で気絶し、同様に袋につめられた。

決死隊は一人の犠牲者も無くこの館を制圧した。

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