第18話 18、千の密偵射殺
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兵士二千名は整列して千の指令を待っていた。
百人が一つの分隊となり、各部隊は一列横隊で馬車の前に並んでいた。
千は戦闘服と軍靴と帽子という前と同じ出で立ちで馬車から降り、馬車の出っ張りに足をかけ馬車の屋根に飛び乗った。
兵士達は直立不動の姿勢で千の言葉を待っていた。
「気をつけ。」
千の良く通る最初の命令で兵士に動きはなかった。
「休め。私は千と言います。今から暫くの間、皆さんの指令になります。わかったか。」
「わかりました、司令官様。」
「よし。最左翼の隊はそのまま残れ。他の分隊は行進せよ。分隊長、わかったか。」
「了解しました、司令官。」
「よし。始め。」
千は馬車を降り、残った分隊長を呼んだ。
「分隊長、名前は何と言う。」
「伊井諾諾(いいだくだく)と申します、司令官。」
「そうか。伊井分隊長、あそこにある二本の杉の木に荷車に用意してある綱を渡せ。次に網梯子を垂らせ。最後に張られた綱に板橋を架けよ。完成図はここに描かれてある。どうだ、できるか。」
「やってみます、司令官。」
「出来るかと聞いておる。」
「出来ます、司令官。」
「よし、やれ。最初の綱掛けに弓矢を使うなら細紐は荷車にある。」
「了解、司令官。細紐は必要ありません。我が隊には木登りが得意な者がおります。これまで木材の伐採を任務としていた兵士です。」
「よし。残った兵には兵舎から布団を運ばせよ。」
15mほどの高さの二本の杉の上部に綱が張られ、幹に固定された。
綱には紐が付いた小さな木の板が吊るされ、杉の木には網の梯子が垂らされ先端を地面に固定された。
準備ができると千は全兵士を集合させ、馬車の屋根に飛び乗った。
「気をつけ。休め。今から人選を行う。全員、あそこにある綱を渡れ。落下したら少し痛い目にあう。下は布団を張っておくが無事かどうかは落ち方しだいだ。わかったか。」
「わかりました、司令官様。」
「よし、見本を見せるから良く見ておれ。」
千は馬車を飛び降り、網梯子を駆け上り、張られた綱を手で握りながら吊るされた板を足場にして歩くのと同じ早さで渡り切り、網梯子を滑り降りた。
「よいか、慣れればこのくらいの早さで渡ることができる。前列左から始めよ。登る前に自分の番号を申告せよ。やれ。」
兵士は網梯子を登り始めから降りるまでにおよそ一分間を要した。
このままでは二千名の兵士が渡り切るのに二日間かかることになる。
千は伊井分隊長に周囲の杉の木五本に綱を垂らすよう命じた。
そして残っている兵士に綱を登るように命じ、登り切れた兵だけを集め、綱橋渡りをさせた。
他の兵士には行軍を命じた。
杉の木に張られた綱橋から落下する者はいなかった。
綱橋を渡った兵士は二群に分けられた。
二つの群は決して早い遅いで分けたものではなかった。
どちらの群にも遅い者も早い者も入っていた。
千は片方の兵士の群を綱橋の近くに残し、他方の群の兵士は隊に返した。
そして残した兵士達に再度綱橋を渡るように命令した。
「伊井分隊長、選択した兵士を除く全兵士を馬車の前に兵士の番号の通り整列させよ。」
「了解しました、司令官。」
兵士は分隊毎の一列横隊で整列した。
抜けている兵士は各分隊で同じくらいの数(かず)であった。
「全員、しゃがめ。伊井分隊長、ここに書いてある番号の兵士を立たせよ。そしてその兵士を馬車の前に集合させよ。」
「了解しました、司令官。」
10人の兵士が馬車の前に一列に整列した。
「前の10名、気をつけ。」
「よろしい。お前達は他国から派遣された密偵である。おそらく新たに増兵された千名の中に入っているのだろう。密偵は死刑となることが慣例である。申し開きがあるなら聞こう。左から一言で言え。」
「私は密偵ではありません。近隣の農村から来ましただ。それはだれでも知ってます。」
「次。」
「私は密偵ではありません。海穂国から来ましたが農民です。」
「次。」
「私は海穂国の脱走兵でしたが密偵ではありません。」
「次。」
「お見それ致しました。陸穂国から来た密偵です。降伏致します。」
「次。」
「私は野盗でしたが密偵ではありません。」
「次。」
「私は無実です。密偵などとんでもないことです。」
「次。」
「よくぞ判りましたな。ご慧眼恐れ入りました。派遣先は申せません。死を選びます。」
「次。」
「私は百姓で、密偵などとんでもないことです。」
「次。」
「参りました。否定は致しません。御随に。」
「次。」
「山穂国には家族が人質になっております。やむを得ませんでした。」
「よし、弁明は聞いた。密偵を否定した者は死刑にせよ。彼らは虚偽を申しておる。密偵を認めた者は目を閉じてしゃがめ。」
間者であることを認めた四人はその場にしゃがんだ。
残りの六人は持っていた槍を構え馬車の上に立つ千に向かって槍を投げようとした。
千はじっと六人を見ていたが六人が槍を投げようとした瞬間に懐から小型の拳銃を取り出し連射した。
乾いた連射音が止み、六人は後ろに仰向けに倒れた。
千は拳銃を既に懐に戻してあった。
六人の眉間には小さな穴が開き、僅かな血が流れていた。
「しゃがんでいる残りの密偵。よくぞ目を開けなかったな。たいしたものだ。肝が据わっておる。そち達にはこの軍に残ることを許す。目を開いて立て。気をーつけ。隊列に戻れ。行け。」
「今日はこれで終わりにする。伊井分隊長、部隊を解散させよ。死骸を夜の間に火葬にして灰は掘りにまけ。選抜された兵士は明朝十時にここに集合させよ。」
「了解しました、司令官。」
解散して行く兵は馬車の上に立つ千を仰ぎ見た。
又しても千の凄さを見たのだった。
綱橋を歩くように渡り、二千名の中から十人の密偵を発見し、六名を一瞬で射殺した。
しかも全員が眉間を射抜かれていた。
どれも信じられないことであった。
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