第17話 17、5倍体人間の千

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 領主の周平は海穂国の併合を考えていた。

相手が突如攻めて来たのだから反撃の大義は立つ。

海穂国の城下を見て、城だけを制圧しても家臣が兵を率いて城を取り返そうとするのは明白だった。

城の周囲にあった大きな家が重臣達の家であろうことも明らかだった。

多数の密偵を送り出し、城の周辺の家々を調べさせ、作った地図に記入させた。

城内の配置はどうしてもわからなかった。

熱気球では容易に分ったことが地上での偵察では全く分らなかったのだ。

あの時にもっと良く見て覚えておくべきだったと悔やんでもしかたがなかった。

 兵を城内に入れる方法も思いつかなかった。

今や国境での検問は厳重を極めている。

兵を使って国境の関所を突破するのは容易だが、それでは敵に準備の時間を与え大規模な反撃を受けてしまう。

 周平は二ヶ月が待ち遠しかった。

万に城を乗っ取る方法を教えてほしかった。

万は「また乗りたかったら言ってくれ」とも言っていた。

少なくとも二人が乗れる熱気球は城の奇襲にはうってつけの兵器であるとは容易に推測できた。

 万の馬車は予測の日より一日遅れて村に来た。

周平は前日から村の外れの周囲を塀で囲んだ新築の小さな家に逗留していた。

その家は周平が新たに作った家で、平素は家臣の夫婦を住まわせていた。

予定の日は雨が降っていたので来ないかもしれないと思ったが、やはり万は来なかったのだった。

 万の乗る馬車は後ろに大きな荷物を積んだ荷車を引いて来た。

周平は村の井戸端で村長と一緒に待っていた。

万は井戸端まで近づき、馬車を止めた。

周平は万がどんな言い方をするのか興味を持っていた。

 「こんにちは、ご領主様。いいお天気でごぜえます。わしをお待ちになっていたのでしょうか。」

「そうだ、万さん。馬車に乗って一緒に散歩したいと思って待っておった。」

「さようでございますか。お手数をおかけして申し訳ありませんでした。村長さんに馬車に繋いである荷車に載せてある新しい唐箕(とうみ)を渡してからそうしたいと思いますが、それでよろしいでしょうか。」

「もちろんいい。そうしてくれ。」

周平は万の言い方に、にやっとした。

そして万のことを皆より理解していると言う自負心に満足した。

 「村長さん、いい天気だで新しい唐箕を持って来ただ。前に持って来た唐箕は五年も前のものだし、近頃は稲の収量も多くなったみたいなんで作って持って来ただ。前の唐箕より少しは良くなっているだ。使ってくれや。」

「いつもすまんのう、万さん。使い方は前と同じかや。」

「そうだ。同じだで。馬車から荷車を外してくれんか。荷車は唐箕を運ぶのに使ってくれや。」

 「いつもすまんのう、万さん。ご領主様がお待ちになっていらっしゃるんで今日は荷車を引いて戻るや。」

「いや、村長さんは高齢だし、だれか若い衆に引いてもらうとええだ。けっこう重いだで。ご領主様は馬車で出かけたいようなんでご領主様の馬を馬車の後ろに繋いでここから行くわ。」

万は周平を馬車に乗せ、周平の馬を馬車の後ろに繋いでもと来た道を引き返した。

 「周平さん、昨日は来なくて悪かった。雨だったしな。」

万は馬車を進めながら後ろを振り返った。

「いや、雨だから来ないかもしれないと思っていた。万さんは新しく作った家のこともしっていたのだろう。」

「知っていた。今日は海穂国のお城のことかい。」

「万さんは何でもお見通しだな。城を取るのにいい方法が見つからないのだ。それでこの前に乗った熱気球を使えばそれができそうな気がして万さんの意見を聞きたかったのだ。」

 「必要なのは城内の配置と攻撃の方法。それと城を制圧してからの対処の仕方だな。」

「そうだ。城内の配置の情報は周りからの調査では全く分らなかった。警備が厳しくなっているらしい。敵地で城を制圧することなど経験がある者もいなくてどうしたらいいのか分らないのだ。ましてや城と城主を制圧してもその後の対処の仕方もわからない。」

「そうだろうな。経験がないからな。下手(へた)にやれば海穂国の人心は離れてしまう。」

「どうすればいい。」

 「海穂国だけの問題ではないからな。これから周りの国を平定しなければならないとしたら相手を必死に抵抗させたらだめなんだろうな。」

「万さんはそんなことまで考えているのかい。ずっと先のことだと思っていた。」

「始まったら止められないさ。必然だよ。穂無洲国が豊かになる。周囲の国は奪おうとする。穂無洲国が生き残るのには周囲の国を平定しなければならない。平定したらその国の先の国は脅威を持つようになり、それらの国との争いが始まる。それらの国を平定させても、その国の先にも国がある。そうなるだろ。」

 「そうだな。」

「ずっと戦っているわけにはいかんだろう。最小限に戦って相手を従属させなければならないんだ。従属国が増えたら戦力は増える。従属国から兵を出させればいい。重要なことは従属国の連合を妨げる方法を考えだすことだ。一つの国になってしまうことが一番いいのだが今ではないだろう。」

 「万さんは微妙な言い方をするな。だが、とりあえずは海穂国だ。」

「そうだな。わかった、千に手伝わせる。」

「奥様の千様かい。」

「そうだ、千は強いし賢い。奇襲攻撃できる兵を育てることもできる。城は簡単に落とせるさ。」

 「千様の伝説は今でも兵士の間に沁(し)み渡っているよ。千様が松の木に投げた槍も今でも幹に突き刺さったままで残っている。」

「そんなことがあったのかい。」

「そうだ。千様は槍で松の木を打ち抜いた。槍の穂は先端が半分ほど出て止まっている。抜こうとしても抜けるわけはないし、そのままにしておいたら松は成長して槍が突き刺さったまま太くなった。」

「おやおや。驚かせたようだな。」

 「それだけじゃあない。千様は二人の兵士の射た矢を素手で掴んだんだ。」

「まあ、それくらいはできるだろうな。」

「どうして千様はあんなにお強いんだ。」

「これは秘密にしておいて欲しいが、実は千はワシが作ったんだ。」

「万さんが凄いことは知ってるが万さんは人間を作れるのかい。」

 「まあな。普通の人間を作るのはそれほど難しいことではない。普通の人間は普通の人間をいつも作ることができるだろ。我々もそうして母親から生まれた。千は普通の人間では作れない人間なんだ。」

「どう普通でないんだい。」

 「子供は親に似ているだろ。祖父や祖母に似ている所もある。そんなふうに子孫に親の形質が伝わることを遺伝と言うんだ。我々の体を作っている物は細胞というんだが、細胞には子孫に遺伝する遺伝子と言う物を含んでいる。ワシや周平さんの皮膚の細胞にも入っているんだ。普通の人間は父親と母親の遺伝子を持っている。父親の1個と母親の1個だ。千はワシの母親の遺伝子を5個持っている。千の顔は母親とそっくりだ。遺伝子をたくさん持っていると色々な能力がでてくるみたいだ。まず筋力と反応が早くなる。槍と弓の事件はそれだな。千は20m以上飛び上がることができるし素早く動くことができる。普通の人間は消えたと思うだろうな。記憶力も抜群だ。見たことを全て記憶している。頭の回転も早いし、自分の意思を相手に強要することもできる。まだ千の能力を全て知っているわけではないが、千は動物の心臓を離れた場所から止めることもできるみたいだ。おそらく人間にもできるはずだ。周平さんの知らない言葉だろうが、遺伝子を5個持っている人間は5倍体人間と言う。千は5倍体人間だ。我々は2倍体人間というわけだ。」

 「話半分も理解できなかったが、千様が特別な人間である事は分かった。千様の声が遠くの兵士にまで伝わるのも千様の意思の力のせいかもしれん。千様は以心伝心と言っておられた。」

「まあな、千はなるべく普通の人になろうとしている。だがところどころで見えてしまうのだろうな。」

 「千様が来るまでに用意する物は何かあるかい。準備しておく。」

「そうだな。千が何をするかはわからんが、木の角材を用意しておくといいかもしれん。訓練のために櫓(やぐら)を作ることが必要かもしれん。どんな剛の者も高い所が嫌いな場合がある。城を少数の兵で取るためには城の中に兵を送り込まねばならん。最初は地下か空から入れることになる。空からの場合は兵を訓練しなければならない。」

「やはり空か。」

「わからん。千のすることだ。」

 「万さん、今日は帰らなければならない。千様が来るなら角材を準備しておかなければならない。この前は万さんが言ってその翌日来たので準備が出来ていなかった。」

「そうか。千は明日ではなく明後日に行かせよう。それまでに千に海穂国を見せておく。明後日までに城とか町とか国境の配置を作って千に持たせるよ。それ以外の国の様子も知っておかないと計画が立てれんだろうしな。」

 「他の国かい。周りの国にも密偵は放ってはいるのだが、まだどこも出兵の準備はしていないようだ。」

「見かけはそうかもしれん。海穂国の3万が穂無洲国に攻め込んだが撃退されたということは知っているはずだ。どの国も攻め込もうとは思わないさ。どこかの国がここに攻め込んで戦が膠着したり大敗したりすれば、その時が攻め込んだ国の隣の国が攻め込んだ国に攻め込む時になる。みんなそれを待ってるのさ。だから海穂国をどう制圧するかが重要なんだ。」

「そうだな。」

周平は万に別れをつげ、馬を走らせて帰って行った。

 千は前回乗って来た馬車よりもさらに大きな馬車で周平の城の城門に来た。

馬車は前と同じ四頭立てではあったが後ろに二台の大型の荷車を引いていた。

千が城門に着く前に迎えに出た周平はこれでは四頭立てでも大変だろうと思ったが、馬は馬車を楽々と引いていた。

 「周平様、お久しゅうございます。また参りました。」

千は馬車の御者位置の小窓を開けて周平に声をかけた。

「千様、懐かしいですね。よろしくお願い致します。早速ご案内します。前の場所を用意しましたが、何かご希望がありますか。」

「とりあえずは前の場所でけっこうです。訓練が進んだときは御天守をお借りするかもしれません。」

「何なりとおっしゃって下さい。それではご案内します。」

 千は広場に馬車を進め、石垣に近い前の停車位置とは反対の位置に馬車を止めた。

千は馬車を降り、周平の前に進み深々と頭を下げた。

「先ほどは馬車の中からの挨拶をしてしまいました。お詫びいたします。この度は海穂国の城を占拠し、海穂国を属国にするよう万に言われて参りました。城下町の外れに屋敷を作ってもらうことになるかもしれませんがその時は宜しくお願い致します。」

「屋敷とは誰が住む所ですか。千様ですか。」

「いいえ。私は万と山で暮らします。海穂国の城主家族が住む為ですが、当分は他言無用に願います。」

「わかりました。遠謀のようですね、千様。ところで前とは異なる場所に止めた理由は密偵のためですか。」

「さようでございます、周平様。この位置は町からも見えないし山からも見えません。」

 「千様、つかぬことをお聞きしてもよろしいでしょうか。」

「なんでございましょう、周平様。」

「この馬車は大きくてかなり重そうに見えますが、轍の跡は深くありません。むしろ後ろの荷馬車の轍の方が深くなっております。馬も楽々と引いていたと思います。この馬車は軽いのですか。」

「すみません、周平様。分らないだろうと思いましたが見つかってしまいましたか。お答えするのが難しいご質問です。馬車自体は見かけと同じように重いのですが馬が引くときは楽になるように軽くしてあります。万が作りました。方法は万にお聞き下さい。」

 「分りました。兵士二千名は集合できるように近くに待機させてありますがどう致しましょうか。」

「衛士は別にしたみたいですね。良いことです。そうですね、一時間後にここに集まるように言って下さい。それまでに準備しておきましょう。」

「手伝いの者を呼びましょうか。」

「それには及びません。兵士にやらせます。」

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