第3話 3、盗賊退治2

<< 3、盗賊退治2 >>

 「もう幌をとっていいだよ、竹蔵さんと梅吉さん。もう見えない所だ。矢を外してから棒を押っつけながら引き金を引いて弦を元に戻してくれ。」

「どうだったね、万さん。あっちは。」

「どうやら賊は二人くらいらしい。昼飯を食べてからこの道の先を調べるから。」

万は道に張り出した木立の下に馬車を止め、御者席の左下から包みを取り出した。

包みの中は竹の筒に入った干し肉と干し飯と二種類の水筒だった。

「干し肉は猪の肉だ。それと竹筒の中は干し飯だでお湯で戻して食べることができる。お湯は少し冷めているが小さい竹筒に入っている。箸は短いが干し飯の筒の横に埋め込んである。水は御者席の右下にあるだ。」

 「万さんは用意がいいな。いつも干し肉と干し飯かい。」

「いや、いつもは握り飯さ。今度はどれくらいかかるか分らないんで、長持ちする物を準備したんだ。」

「猪の干し肉かい。これまで食べたことがねえだ。それにしてもこの水筒は変な水筒だな。お湯が入っているのかい。冷めねえのか。」

「おそらく冷めていないと思う。その水筒は二重になっているんだ。内側の竹筒は薄くて外側に粘土を塗ってある。外側と内側の間には籾殻がつまっているんで熱が逃げねえんだ。もっとも、お湯を入れるときは熱湯を何度か入れ替えて粘土を熱くしておかなければならないんで面倒なんだ。」

「理屈な水筒だなあ。どれ。まだ熱いくらいだ。すげえな。」

 「飯を食べながら聞いてくれ。これからこの道を行く。賊が逃げたらしい道だからだ。辺りを探りながら進む。途中で賊が居そうな小屋とかあばら屋とかがあったら調べる。古寺とかお宮とかは重要だ。米俵を持っているから野宿はしてないと思う。見晴らしのいい所では煙を探す。道の周囲を見て誰かが通った跡を見つけたらそれを辿(たど)る。とにかく理屈にあわない物があったら探る。そんなところだ。」

「賊と出会ったらどうするんだい。」

「松助さん、先に見つからないよう祈るこった。出会ったら鉄砲で脅す。相手がそれで降参すれば縄をかけるし、逃げたら追いかける。」

「えらく簡単な計画だな。」

「竹蔵さん、わしゃ、人を狩ったことはねえからな。方法が分らねえのさ。こっちが先に相手を見つけたら罠をかけて捕まえる。」

「行き当たりばったりっちゅうこったな。」

「そういうこったよ、梅吉さん。」

 「さて、出発しようかね。馬も食べ終えたろう。」

馬車はゆっくりと進んだ。

道は山の裾野の方に向かっていた。

万の住処とは反対側の方向であった。

この村は周囲のほとんどが山で囲まれていたので、川沿いに行く道以外はどっちに行っても山の麓に向かう。

木立の中に入って林道に水が流れている場所で万は馬車を止めた。

「こっちの方向で良かったみたいだ。前の湿った所に蹄鉄の跡がある。三頭分だ。人の足跡は二人分だ。わらじとは違うな。わしのと同じように底を丈夫にしてあるみたいだ。山用だな。一人が馬に乗って跡の二人が馬を引いてるんだな。馬に乗っていると先が見えるから安全だ。」

「わかった、万さん。弓を用意するかい。」

「それがいいだろう。足跡は数日前のものだから、今日は外に出かけるかもしれんしな。出くわしたら怖いからな。」

 馬車が林を出て草原を通り再び林に入った所で万は馬車を止めた。

「今通った草原で左側の方に馬が向かったような跡があっただ。見晴らしが良かったので気付かない振りをしてここまで来たんだが分ったかい、松さん。」

「全然気がつかなかっただ。左の草原の先はどうだったろうな、竹蔵。」

「少し、低くなった所に荒れ寺があったはずだ。小川も流れていたよな。寺の回りには木が生えているんで道からは見えないんだ。」

「そうだ、それにあそこで煮炊きしても煙は木で広がるんでわかりにくい。」

「いいねえ、梅吉さん。それで、荒れ寺からの道はあるのかい。あの草原には道はなかったんだが。」

「荒れ寺の向こうは山だよ。道はこの道に来る道だけだ。人が通らなかったんで草で覆われてるだ。」

「隠れるには絶好だな。それに曲がった所が元の道だとは限らんしな。少し頭があれば少し離れた所から曲がってから道に行けばいいわけだし。」

 「どうする、万さん。」

「ここは荒れ寺からは見えないから、ここから偵察することにしよう。もっともこちらからも荒れ寺は見えないから偵察するなら高い場所からだな。」

「木に登るのかい。杉の木だぜ。枝がねえ。」

「わしゃあ、猟師だで。少し準備がいるが簡単だ。」

万は御者台の下から真直ぐな棒と細紐を取り出し、細紐を棒の先に括り付けた。

細紐は束をほぐして荷台に広げた。

「梅吉さん、一番端にある十字弓を取ってくれ。一番強い弓だ。」

万は梅吉から渡された弓の弦を引き、棒をつがえて杉の木の頂点に向けて射た。

細紐を付けた矢は杉の木の上を通り抜け向こうに落下した。

「松さん、矢を取って来て杉の木の下で待っててくれんか。」

万は細紐より太い紐を御者台から取り出し細紐の端に結わえ付けた。

「竹蔵さん、細紐を太い紐に替えるんで紐をたるまない程度に引っ張っていてくれ。わしゃ松さんの所に行って引っ張るから。」

「わかった、任せてくれ。」

万は杉の木の根元に行き慎重に細紐を引いた。

幸運にも細紐は一回で太い紐に置き換えることが出来た。

紐は天辺付近の枝にしっかり食い込んでいる。

万は太い紐を杉の幹に緩く巻き付けてから馬車に戻った。

 「わしゃあこれから登るんで見ててくれ。」

万は御者台の下から短い竹筒を通した紐を二本取り出し、それぞれの端を太い紐に巻き付けるように結んだ。

竹筒に片足を乗せて紐の端を上に滑らし竹筒に体重を掛けた。

次にもう一つの紐の端を更に上に移動し、その紐の竹筒に片足を掛けて体重を移した。

これを繰り返して万は杉の木を器用に登って行った

杉の木の天辺近くに到着すると万は木の枝に移り、更に上にある枝に金属で出来た滑車を結わえた。

「ここからなら寺は見える。梅吉さん、今細紐を垂らすんで御者台の下にある太い紐と結わえてくれんか。」

「わかった、万さん。」

太い紐を滑車に通してから万は登ったのと逆の方法で降りて来た。

 「一人のときはもっと簡単な方法で登るんだが、今回は何回も上下しなけりゃならないので楽にしたんだ。」

「普通はどうするんだ、万さん。」

「急いでいるときは爪の着いた足袋と紐一本だけで登るんだ。」

「それでどうすりゃわし等が登れるんだね」

「竹筒に足を掛けて綱を持っていれば、綱は馬車で引っ張るから上に登れるだ。体の揺れは木に巻き付けた紐を掴んでいれば止まるから。最初は誰がやる。」

「わしがやる。」

「松助さん、上に行ったら必ず体を木に縛ってくれ。落ちたら大変だ。それと細紐を持って行ってくれ。上に着いたら望遠鏡を渡すから。」

「望遠鏡って、遠眼鏡のことかね。そんな物もあるんかね。」

「猟師の必需品だで。」

万は御者台の横の筒に入っていた望遠鏡を取り出した。

「外枠は薄い竹で出来ているんで壊れやすいから注意してくれ。使い方は筒を伸ばして細い方から覗けばいいだ。」

 松助は竹筒に両脚を乗せ片手で綱を胸に抱き、片手を木の幹に蔦っている紐に通した細紐を体越しに掴んでいた。

「それじゃあ馬車を動かすんで気をつけてな。ゆっくり引くから。」

万は馬車の先頭に行って静かに馬車を前に進めた。

松助は容易に天辺に着き、枝に移った。

「松助さん、寺が見えるだろう。何か動きがあるかい。」

「見える。動きはねえ。静かなもんだ。」

「四半時(しはんとき)そこで見張っていてくれ。いま望遠鏡を渡すんで紐をたらしてくれ。」

「了解。いい場所だ。向こうからは見えねえ。」

 松助の後は竹蔵と梅吉が見張りについた。

梅吉の見張りの時に動きがあった。

「万さん、男一人が出て来て寺の裏に行った。馬を引き出しているようだ。」

「一人だけかい。刀を持っているかい。」

「いいや、刀は持ってねえ。手ぬぐいでほおかむりしている。」

「見た顔かい。」

「いや、初めてだ。」

「馬には跨がっているのかい。」

「いや、引いている。」

「おそらくこっちの道に出てくるはずだ。途中で方向を変えてからこの道に出るだろうから、こっちの方向に来そうなら教えてくれ。」

「了解。万さん。」

 馬を引いた男は暫く道の方向に向かったが、途中から右に曲がって万達から遠ざかった後、再び道の方向にゆっくりと曲がって道に出た。

「ここからは見えねえから向こうからも見えねえ。梅吉さん、動かないでじっとしていてくれ。動きはすぐに目に止まるから。」

「わかった、万さん。」

男は馬を引いて村の方に歩いて行った。

「梅吉さん、もう下りてきていいだ。先ず望遠鏡を下ろしてくれ。それから竹筒に乗ってくれ。馬車を後ろに動かすから。」

 梅吉が降りた後、万は綱と紐と滑車を引き下ろし御者台の下に丁寧にしまった。

「さて、どうするか。村に行った男はこの前に襲った農家の下見に行ったか、村の状況を見に行ったか、残った米俵を取りにでも行ったんだな。当分戻って来ない。」

「どうするかね、万さん。」

「一人の方を捕まえる。大きな武器は持っていないんでな。でも必ず武器は持っているから気をつけて。とりあえず後をつける。乗馬が上手なのは誰だい。」

「松助が一番だ。」

「そうかい。松助さん、松助さんは馬一頭といっしょに途中で隠れていてくれ。来ないとは思うが、もし残りの賊が来るようなことがあったら、相手が通り過ぎて見えなくなったら爆竹を鳴らしてくれ。爆音はけっこう遠くまで聞こえるから。」

「爆竹かい。」

「動物を驚かせるのに便利だからな。使い方は楽だから渡す時に教えるだ。」

 万らは村の方に馬車を進めた。

賊の姿を遠くに確認してから万は林の中で馬車を止めた。

「松助さん、この林なら見つからないだろうし馬も隠すことができる。もし他の賊が来たなら通り過ぎて見えなくなったらこの爆竹を鳴らしてくれ。」

万は御者台の中を探って二本の竹筒を取り出した。

竹筒には一方に小さな棒が差し込まれていた。

「これが爆竹だ。鉄砲と同じくらいの音が出る。使い方は簡単で竹筒を握って筒の先にある棒を木の幹や石のような堅い所に打ち付けて引っ込めるだけだ。棒が引っ込んだら十数えると爆発するからそれまでに遠くに投げるんだ。危険は無いが隠れていた方がいいだろう。分ったかい。」

「分ったが、落としたりしたら危なくないんかい。」

「棒には穴が開いていて細い竹釘が入っているから棒は動かないんで爆発はしない。安全装置だな。使う時は棒を打ち付ける直前に竹釘を抜いた方がいい。その方が安全だ。」

「分った。おもしろそうだ。」

「おそらくこれを使うことは無いだろう。それから、十字弓を一つ持っていてくれ。万が一のためだ。」

 松助を残して万は馬車を進めた。

再び賊の姿を確認してから馬車を止めた。

「ここで待つとしよう。この先は見通しが良すぎるんでな。襲われた農家にも近いし用事が済んだらこの道を戻ってくるはずだ。その時に捕まえることにする。賊が戻ってきたら竹蔵さんと梅吉さんは十字弓を持って道の両側に隠れていてくれ。わしが何とかするんでな。」

「わかった。どれくらい待つだろう。」

「そんなに長くはかからんさ。たとえ米俵を運ぶとしても真っ昼間だから急いでやるだろう。」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る