第2話 2、盗賊退治
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その後、万は二ヶ月に一度の割で村に訪れた。
軽い荷物の時には荷車を引いて来るときもあり、重い物を運んでくるときは荷車を馬で引いて来ることもあった。
そしてその都度持って来たものを村に残して行った。
ただ、楽をしたかったのであろう。
馬を連れて来たときはそれに乗って帰って行った。
万が持ってくる物は時節に合っていた。
稲の収穫の前には自作の千把扱(せんばこ)きと唐箕(とうみ)を車に載せて持って来たし、田植えの時節にはこれも自作の田植機を持って来た。
寒い季節になると幌を張った二頭立ての馬車で来ることもあった。
万が村に顔を出すようになって三年ほど経った後、万は村長から相談を持ち込まれた。
「万さん、万さんは猟師だで鉄砲を持っているだか。」
「もちろん、持っております。何か必要なんですか。」
「実はおととい村はずれの一軒の農家に野党が入ったらしく、一家が皆殺しにあって米と銭を奪われたようなんだ。米びつは空いていたし、そこら中を探したような形跡があっただ。」
「そいつは物騒なことで。単純なのかよっぽど窮していたのでしょうね。僅かな米のために一家を皆殺しにするなんて。」
「何とかならないだろうかの。奪っていった米の量なんてたかが知れてるから、すぐに米が尽きてまた襲うようになるがな。万さんはどうしたらいいと思いますかの。」
「さあ、わしゃあ猟師だで。お役人さんに言ったらどうでしょうか。」
「お役人に言ったって何もやってくれねえだ。自分たちで何とかせにゃならんだ。」
「村を守るったって相手は山野を根城にする盗賊だろうし、村人の家は分散しているし、とても守り切れるものではねえだ。盗賊を人間並みに賢い動物だとすれば侵入を防ぐことはできねえだ。後は狩るしかねえだ。」
「盗賊を狩るだってか。相手は何人もいるだろうし武器を持っているんだぞ。」
「確かに大勢いたら難しいだが、大勢いたなら一軒だけを襲わないで村全体を襲っただろうと思います。だから盗賊は一人か多くて三人だろうと思います。それ以上なら奪った米の量では満足しないと思われますだ。」
「万さんは盗賊を狩ることができるんかな。」
「動物と同じで出来ると思いますが、わし一人でやるとしたら相手を殺さなければなりませんし、わしゃ人殺しはいやだで。」
「何人か助っ人がいたら殺さないで捕まえることができるんかの。」
「できると思います。」
「若者三人でいいかな。」
「何とかなると思いますだが、相手が多人数なら引き返してきますわ。」
「いつまでに助っ人を用意したらいいかね。」
「奪った米が無くなる前でなければならんで明後日の朝に準備してここに来ますだ。その時に助人(すけっと)を集めておいて下され。」
「何か用意するものはあるかね。」
「特にありませんだ。必要なものはわしが持ってきますだで。」
二日後の朝、万は二頭の馬に引かれた小型の箱形の幌馬車に乗って来た。
馬車の後ろには鞍が装着された二頭の馬が繋がれていた。
万は厚手の熊革のチョッキを着て頭には熊の頭の帽子を冠っていた。
万が井戸端でタバコを一服している間に村長は頑丈そうな三人の若者を連れて万の方に歩いて来た。
「万さん、よく来てくれた。若い者を三人用意しておいたで。左から順に松助、竹蔵、梅吉と言うだ。三人とも馬に乗れるし相撲では強いんだが武術はやったことがないんだ。この三人でいいだろうか。」
「満足です。村長さん。それじゃあすぐに出発することにしますわ。松助さん、竹蔵さん、それと梅吉さんでしたね。馬車の荷台に乗ってくだせえ。それでこの前襲われた農家への道を教えて下され。そこから始めますんで。わしが御者台に乗ります。」
万と松竹梅の三人は馬車で村はずれの農家に向かった。
農家のだいぶ前で万は馬車をとめた。
「皆さん、馬車は降りなくてもええですよ。目的の農家に賊が舞い戻っているかもしれませんから、先に用意した武器の使い方を教えるだ。用意したのは馬車の囲いの内側に吊るしてある十字弓だで。十個用意しただ。矢は100本で、弓一つに十本ずつが付いてるだ。弓を手に取ってワシがするようにしてくんろ。ええだか。」
万が用意した十字弓は銃床に竹の三枚重ねの短弓が直角に埋め込まれており、二本の長い棒が台座の溝に埋め込まれていた。
棒には弦を引っ掛ける爪が出ており、棒の長さは銃床に弦の引き代を加えた長さであった。
「最初に弓の前に出ている棒を床でもどこでもいいから堅いとこにつけて押しつけるだ。止め爪が付いているので途中で休んでもいいだ。棒が弓まで行ったら弦が引き金にかかるだ。その時には棒は銃床の後ろに出っ張っているから棒を元に戻すだ。次に銃床に付いている矢を取り出し、溝に載せて矢の尻と弦とを接触させるだ。後は狙って引き金を引くだけだ。矢の当る所は手前の穴からのぞいたときの先端の枠の中に当るだ。大事なことは引き金は簡単に落ちてしまうので矢を装着したら絶対に仲間の方には向けてはならねえだ。絶対だぞ。」
三人の若者は矢をつがえて馬車の外に向けた。
「向こうの土手の所に枯れた木が掛かっているからその木を狙って松竹梅の順に撃ってみてくれ。」
三人の撃った矢は全て木に当った。
「大したもんだ。順番にもう一度やってみて。棒を押して、戻して、矢をつがえ、狙って、撃つ。」
三人の撃った矢は再び倒木に当った。
「ほんとに大したもんだ。今度は三回連続するだ。松助さんが最初に撃って、その後で三つ数えてから竹蔵さんが撃って、次に三つかぞえてから梅吉さんが撃つだ。撃ち終わった人はすぐさま次の準備をして順番が来るまで待って、前の人が撃ったら三つ数えて撃つだ。弓矢は次の矢を準備している間が一番危ないんで準備している間に他の人が撃つだ。間を空けてはならねえ。いいだか。」
三人はその通りにした。
「ほんとにうめえもんだ。今は九つ数えるごとに撃っていたが、この馬車には十個の十字弓が掛けてあるだ。慣れて来たら弓は二つずつ持つことにするだ。一人が二矢撃って次の人に代る。九つ数える間に二つの弓に矢をつがえることは慣れればできるから。」
「万さん、この弓は大したもんだ。こんなに簡単に矢を撃てるとは思ったこともなかったぜよ。それに狙った所に当る。威力はどうだろうか。」
「威力は強くねえ。みんなが簡単に弓が引けるように弱くしてあるだ。強くすることは簡単だが今はそうしてねえ。威力は弱いと言っても腹に当れば矢は腹を突き抜けるし、骨に当れば骨は折れるだ。」
「それなら威力は強えよ。あの倒木もボロボロだで。」
「でも油断大敵。戸板で防がれたらどうしようもないで。」
「御者台の横にあるのは万さんの鉄砲か。それは威力は強いんかい。」
「火薬を使っているから十字弓よりはずっと強(つえ)えだ。だから遠くを狙えるし、それに連射もできるだ。」
「すげえな。熊のチョッキの内側に吊るしているのは何だい。」
「隠していたんだが見えたかい。これも小型の鉄砲だ。熊や猪に不意に襲われた時には長い鉄砲は役にたたんので扱いやすい小型の鉄砲を作ってみただ。拳銃と言うんだ。腕を見たいかい。」
「ぜひとも見せてくれ、万さん。」
「ま、見せてやるか。みんな馬車から降りて、道からこぶし大の石を倒木のある方向に上に向かって一斉に投げてくれや。」
若者達は馬車を降り石を掴んで万に合図した。
「いいかい、1、2、3の3で上に投げるんだぜ。1、2、3。」
三人の若者は一斉に石を上に放り投げた。
万は懐から拳銃を抜き出しざま三発を撃った。
三つの石は空中で粉々になった。
「すっげえ。ほんとにすげえ。腕も威力もだ。」
「今日は運良く当っただ。今日は運がいい日にちがいない。」
「いや、本当にすげえこって。これも作ったんかい。万さんはすげえな。」
「猟師は鍛冶屋もやらねばならないんでな。でもこれを作るのには少し時間がかかっただ。」
「これがあれば盗賊なんていちころだ。」
「松助さん、それは間違いだよ。どんな凄い武器があったって先に見つかったらこちらは負けるかもしれんよ。相手は熊ではなく人間だから。さ、これで武器の練習は終わりとしよう。みんな朽ち木から矢を回収してよく拭いてから十字弓に元の通り挟み込んで出発しようや。」
農家は道からの一本道を通して田んぼの中に建っていた一軒家で、敷地の周囲は防風のためか背の高い生け垣が廻(めぐ)っていた。
「これでは賊は簡単に近づくことができる。道は一つでここに来るまでに枝道はなかったから逃げているとしたら今までの道の方向だろうな。馬車で行けば遺品の回収だと思うにちがいねえだ。竹蔵さんと梅吉さんは弓に矢をつがえて、馬車に横になって幌を被っててくれ。一人は元の道を見張って、一人は家の方だ。ゆっくり近づくから。」
農家への道を進んで入口に近づいたが家の中は静まっていた。
万は馬車を生け垣の入口の前に隙間を空けて止め、松助と共に馬車を降りた。
「松助さんはわしの後ろからついてきてくれ。」
万は入口を入ってゆっくり家に近づいた。
「松助さん、この農家は馬を飼っているかね。」
「そんなに裕福ではないよ。牛はいるかもしれん。」
「そうなら賊は馬で来ただな。そこら中に蹄鉄を付けた馬の足跡があるだ。裏に行ってみよう。」
家畜小屋は鶏と牛用だったが共に空だった。
家の中には散らかったままだったが遺体はなかった。
「村の人が遺体を葬って牛や鶏は持って帰ったようだな。足跡ではわからんだろうな。松助さん、米俵は普通どこに貯蔵してるんだね。」
「大抵、物置だ。」
「そこに行ってみようか。」
納屋の引き戸は閉まっていた。
「村人もここには大勢はきていないな。馬の足跡がまだ残っている。馬車の轍の後はないようだから米俵は馬の鞍に二俵ずつだな。馬が何頭なのかはわからん。二頭以上いたのはわかるんだが。」
万と松助は納屋を一周したが不審な点は発見できなかった。
納屋に入ると奥の方に低い高さの台座の上に米俵が一俵だけ残っていた。
「賊の馬はおそらく二頭だな。この台座が米の台座だとしたら5俵が載っていたはずだし、馬が三頭いれば全部を持って行ったはずだ。」
「そうすると、盗賊は二人で馬に乗って来て、帰りは馬を引いて行ったということだね。」
「そうだ、松助さん。それに、欲張りな賊ならほとぼりが冷めたらこの米俵をもう一度盗みに来るかもしれん。そうなら、遠くには逃げていない。米を四俵も持っていたら徒歩では逃げれないだろう。そうならどこかに米を隠しているはずだし、そうならもう一俵盗んでもいいはずだ。」
「なるほど、盗賊はここからあまり遠くない空き家に米を隠して潜伏してるわけか。」
「そう言うこった。米俵に小さい穴を開けてからここから出ようか。」
「穴は後をつけるためなのかい。」
「そうじゃ。賊が気がつかないといいんだが。ま、おまじないだな。」
万と松助は米俵の藁を少し抜いて穴を開け、表の馬車に戻り、来た道を戻って行った。
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