ホムスク星黎明期(神に至る者外伝1)

藤山千本

第1話 1、猟師の万

<< 1、猟師の万 >>

 四月のさわやか晴れの日、一人の男が山に続く道を麓(ふもと)の村に向かって歩いて来た。

男は長い二本の竹の棒を細いツタで横木を固定した運び棒を引いていた。

運び棒には平竹ひごで組んだ竹籠が付いており、その中には鞣(なめ)した黒い熊革と白テンの毛革が重ねて畳まれていた。

男は厚めの木綿の上着とズボンを着ており、上着の上には熊革のチョッキを羽織り、前腕には薄い革を巻いた手甲(てっこう)をしていた。

靴は熊革を巧妙に縫い合わせたもので、底には二枚の堅そうな板が縫い付けられていた。

運び棒の両端には麻で作られた紐が結(ゆ)わえられており、男はその紐の内側に長さ2m、太さ3㎝程度の汚れた真直ぐな棒を通して押していた。

棒の片端はささくれていたので杖として使っているのであろう。

 男は村の中央付近の井戸のある所まで運び棒を引いて行き、そこで水汲みをしている若い女に声をかけた。

「もうし、お嬢さん。わしゃ万と言う猟師だが水を一杯恵んでくれんかね。」

「いいわよ。水は汲み終えたんで好きなだけ飲めばいいやね。」

「ありがたいこって。そうさせてもれえます。」

男は滑車に付いた紐を支えながら備え付けの桶を井戸に静かに下げた。

「猟師さん、それじゃあ水は汲めないよ。汲み桶は落とさなきゃ。」

「そうですね。もう一度やらせてもらいましようか。」

男は桶を引き上げ、桶を逆さにして井戸に投げ入れてから紐をたぐって桶を引き上げた。

「山の水と同じ冷たい、いい水だで。」

男は井戸の縁に桶を載せ、腰から取り出した竹の水筒の栓を外して水を満たし、水筒の頭にはめた竹椀に桶の水を汲んでおいしそうに飲んだ。

 「娘さん、ありがたついでに頼みがあるんだが。」

「何。」

「わしゃ流れの猟師で最近この村の山に来たんだで、村長さんに挨拶しようと思って熊革を運んで来たんだ。わしゃ人に会うのは苦手なんでわしの代りに村長さんに熊革を持って行ってほしいんだ。お礼にここにある白テンの毛皮をさし上げるがどうだろうか。」

「白テンの毛皮だって。本当に。この奇麗な毛皮を。」

「どうだろうか。頼みをきいてくれないだろうか。」

「聞くも聞かないもないさ。こんないい話し断る人なんていないよ。いいよ。渡したげる。」

「ありがたいこって。それじゃ、わしゃこのまま帰るから後は頼みます。」

男は運び棒から杖だけを抜いてもと来た道を帰って行った。

 それから1月経っての5月の温かな日、その猟師は再び山から村に続く道を下って来た。

身にまとっている物は前と同じだったが、今度は運び棒の代りに浅い木の箱の下に反りの付いた二本の木を渡したソリを引いていた。

よほど良い道具を持っているのだろう。

木の箱はほぞ穴にほぞを通し、くさび止めをしてあったし、板と板の接合は蟻みぞを使っていた精巧なものであった。

その男、猟師の万は今度も村の中央に位置する井戸の前まで行き、井戸の回りにしゃがんで話していた3人の娘達に声をかけた。

 「もうし、お嬢さん達。わしゃ万と言う猟師だが水を一杯飲んでいいかね。」

「あら、この前の猟師さん。どうぞ好きなだけ飲めばいいやね。この前の熊革は村長さんに渡しといたから。」

「それは有り難いこって。今度も頼みたいことがあるんじゃがまた頼めるだろうか。」

「何でも言ってよ。ほらみんな、この人が白テンの毛革をお礼にくれた人だや。」

「へー。あの奇麗なテンの毛革。ね、猟師さん、テンの毛革はまだ在るかや。在ったら譲ってほしいんだが、どうだろう。」

「今日は白テンは3枚持って来ただ。頼みを聞いてくれたらみんなにあげるで。」

「どんな頼み。何でもするよ。」

「それは有り難いこって。頼みは二つあるだ。一つは前と同じように熊革を村長さんに届けてほしいことだ。山の上に寝起きできる小屋を建てたんで挨拶に来ましたと伝えてくんろ。もう一つは種籾を少しほしいんだ。みんなの家にある種籾を片手1握り分だけもらえないだろうか。」

「村長さんに熊革を持ってくのは雑作もないし、種籾も去年作ったのがあるから。片手一握りなんてほとんど減らないから問題にならないよ。」

「そりゃあよかった。わしが水を飲んで一服している間に用意できるかや。」

「すぐに持ってくる。ここで待っててや。」

 娘達はそれぞれの家に走って散った。

猟師、万は井戸に汲み桶を落として水を汲み、前と同じように竹の水筒に水を詰め、竹椀に水を満たし木陰になっている傍(かたわ)らの石に腰をかけた。

そして水をゆっくりと飲み、腰に吊るしたかますからキセルを取り出した。

かますには刻みたばこではなく、刻みたばこを乾燥させたタバコ葉で巻いたものが入っていた。

万は巻きタバコをキセルに差し込み、かますに一緒に括り付けてあった胴火を取り出し、二息吹きつけた後、キセルのタバコに点火した。

紫煙は肺に入って白煙となって髭に覆われた口から吐き出された。

 キセルのタバコが無くなった頃、娘達は戻って来た。

「種籾を持って来ただ。これでよかろうか。」

「十分でよ。一粒残らずこの竹筒に入れてくれんかね。」

娘達は万の差し出す竹筒を受け取り、その中に丁寧に持って来た種籾を入れた。

竹筒は両側に紐が通してあり、竹でできた蓋がぴったり閉まるように出来ていた。

「理屈な竹筒なんだな。猟師さんは器用なんだな。」

「暇だから時間をかけて作っただけでよ。そこにあるソリの中に白テンの毛革が三つと熊革が一つ入っているんで、熊革は村長さんに届けてくだされ。白テンはみんなで分けてくれればいい。それから運んで来たソリは登りを持って帰るのが面倒なんでここにおいておくから何かに使ってくだされ。けっこう便利だで。」

「このソリも貰っていいのか。すごく頑丈そうだし、奇麗だし、使いやすそうだが。」

「いいってことよ。使ってやって下さいな。それじゃ、今日は帰りますんで後はよろしくお頼みします。」

「また来てくれよな、待ってるで。猟師の万さん。」

万はソリに挟んであった杖を取ってもと来た道を帰って行った。

 万が次に村に来たのは6月の晴れた日だった。

今度はソリではなく木の車輪が付いた箱車を押して来た。

出で立ちは熊のチョッキがないだけで前と同じだった。

箱車は上が広くなっていて、磨きのかかった板がぴっちりと組み合わされていた。

箱車の車軸は数枚の竹の板バネを通して上部の箱に取付けられ、出っ張りを隠すためか上部の箱の底は二重になっていた。

箱車の後ろ側には二つの出っ張りが出ており、それに軽く滑らかな表面を持つ横棒がはめ込められて箱車を押せるようになっていた。

箱車の後ろ側の稜にはみぞを彫った竹筒が二本付けられ、竹筒には取っ手の付いた堅い真直ぐの木の棒が入っていた。

箱車を止めるためらしい。

 万はこんども村の中央にある井戸の方に歩を進めた。

井戸の回りにはこの前の3人の娘が立っており、一人の老人が木立の日陰にある石に腰掛けて万が近づくのを待っていた。

「こんにちわ、以前お会した美人3人娘さん達ですな。また水を欲しいんだがいいかね。」

「もちろんいいさ。万さんが来るのが見えたんで村長さんを呼んできただ。村長さんが万さんが来たら会いたいと言ってたんで呼んできたんだ。」

「わしゃ、偉い人と話すのが苦手なんじゃが。あそこの御老人が村長さんですかね。」

「そうだよ。・・・村長さん。万さんが来ただよ。」

 万は箱車を離れ、村長の方に俯(うつむ)きかげんに近づいた。

「わしゃ、猟師の万と申しますだ。村長さんで。何か御用があるとか伺いましたが、何でしょうか。」

 「わしはこの村の村長で重蔵と言います。立派な熊革を二つもいただいたんでお礼を言いたいと思い娘達に頼んでおきました。」

「なんのなんの。わしの方こそほんとうならお目にかかって直接言わなければならなかったのに。猟師を長くしているので人との付き合いがなく伝言をお願いしてしまいました。」

「万さんは猟師かい。この前ソリを見たら実に精巧にできてたんで驚きました。今度もさっきから箱車を見ていたんだが、見たこともないほど精巧に出来ているんでまた驚かされましたよ。」

「すみません。わしゃ根っからの無精な猟師で、なるべく楽をしようと色々考えてしまいますんで。猟師は動物との知恵くらべですから。」

 「なるほど、そうかもしれんなあ。それで今日もわしに用かね。」

「はい、今日も一言挨拶をしようと熊革を持ってめえりました。」

「何の挨拶かな。」

「はい、山の上の方にある小屋の横に野菜畑を作りましたんで、ご挨拶に参りました。」

「畑かね。山の上の方に水場はないはずだが水はどうするのかね。」

「はい、水は雨水と谷川の水を使っております。」

「雨水はわかるんだが、谷川の水はどうやってあげているんかね。」

「はい、谷川に小さな水車を作って水鉄砲を逆にしたもので水を揚げております。」

「そんなことができるのかい。まだ理解できないんだが。」

「水鉄砲の吹き出し口から水を押し込むと手で押す力より強い力で押し棒を元にもどします。実際には弁と圧力桶(あつりょくおけ)を使って水を押し上げますんで。」

「まだよくわからないなあ。」

 万は地面に持っていた杖で概略の構造を描いた。

「水車がこれで、水車には楕円形の板が付いております。水車が廻ると板に付いている棒は左右に動きます。その棒の先には革が巻かれており円筒の筒にぴったり入っております。水鉄砲と同じです。棒が左右に動くと筒に直角に付いている管を通して谷川の水を吸い上げ、丈夫な桶の中に押し入れます。出入り口には弁が付いていて、水が逆流しないようになっております。丈夫な桶と言うのが圧力桶というもので半分だけ水が入っていて上側は空気が入ってます。圧力桶の出口にも逆止弁がついておりますので、水が戻ることはありません。それで谷川の水を山の上に持ち上げることができます。」

 「何となく分るような気がするが、ともかくこれで谷川の水を山の上に持ち上げることが出来たわけだ。万さんがこれを全部考えて作ったのかい。大したもんだ。」

「へえ、ありがとうございます。猟師は色々考えなくてはならないんで。」

「いやいや、大したもんだ。こんど何か問題があったら相談に乗ってもらいたいんだがどうだろうか。」

「あっしのような者でお役に立つなら何でもおっしゃってくだせえ。」

「そうさせてもらうよ、万さん。」

「それでは今日は井戸の水を飲んでから帰らせてもらいます。あの箱車には熊革一枚と狐の毛革が三枚入っております。熊革は村長さんに持ってきました。狐革はあの娘さん達にあげて下さいませんでしょうか。箱車はおいておきますから村で使って下され。」

 万は井戸の方に歩いていった。

娘達は万のために井戸の水を汲み上げてあった。

千本は水筒に水を満たし、水筒の蓋の竹椀で水を飲んでからキセルを取り出してタバコを一服し、娘達に言った。

「娘さん方、今日はこれで失礼しますだ。今日は白テンではなく狐だでごめんな。山の動物は均衡をとらなければだめだから。みんなで分けてくれや。」

「いつもありがとう、万さん。万さんのキセルは面白いね。刻みじゃなくて巻いてあるんだ。」

「この方が楽だから。」

「いつも胴火も持っているんか。すごいなあ。」 

「山の中でタバコを吸う度に火を起こすのは面倒なんで。それじゃ、またな美人の娘さん方。」

 万は箱車から杖を外し山の方に向かって去って行った。

村長は娘達に近づいて言った。

「大した男だな。色々工夫して何でもできる。こんな箱車なんて見たこともねえ。タバコにしたって工夫している。胴火の火縄も自分で作ったに違いない。たいしたもんだ。谷川の水を山の上に押し上げることができる男だぞ。お前達、婿(むこ)を取るならあんな男にするんだな。」

娘達は顔を赤らめながらも同意を顔に浮かべていた。

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