第2話 裏ごし絹豆腐愛好会

「なぁ。一体これは何を・・・」


俺が聞きたいことを既に分かっているかのように、キツネ目の男は俺の言葉を遮って言った。


「ご説明したとおり、貴方が天国へ行けるか、地獄へ行けるかの面接です。別に答えたくなければ答えなくても良いですよ。貴方には黙秘する権利も当然あります。」


「ただし。」


キツネ目はひと呼吸置いて答える。



「神は全てを知っていることをお忘れなく。」



神は全てを知っている。そうなんだろうな。全知全能。それが神というものであり、かみたらしめるのだから。



だがしかし。それならば一体この面接には何の意味があるのだろうか。どう答えようと神は全てを知っているのではないのか。



その疑問を投げかける前に、キツネ目は次の質問にうつった。


「それでは次の質問です。」



次の質問はなんだろうか。さっきの質問からすると、俺の過去をほじくり返して圧迫面接をしてくるつもりだろう。


ごくり。と生唾を飲む音が聞こえた。気がしたが、唾というものは俺の口からは出ていないようだった。死んだ人間からは唾も出ない。


「貴方の長所はなんですか。」



おお?急に就活の面接みたいな質問になったな。この質問なら俺の独壇場だ。何十回、何百回と血反吐を履くほど反芻してきた。



俺は今まででどちらかというと皆を引っ張っていく【リーダー】というタイプではなく【サブリーダー】というポジションで、リーダーを補佐しながら、皆をまとめていくのが得意なタイプだと思っていた。



だが、就活を始めて、自己分析と称して、自分がどういう性格で、どういう人間なのかを分析していくと、どうやらリーダーに向いているらしかった。


俺の所属してきた裏ごし絹豆腐愛好会は1年生から4年生まで約80人が所属している。同期20人の中で、リーダーをやりたそうな奴や、リーダーに向いている奴は俺の他にも何人かいたのだ。



しかし、何故か俺が部員の投票の結果、サークル長に任命された。



後で皆に聞いてみると【山田さんが一番皆のことを気にしてくれるから】だということらしい。



私は正直なところ八方美人だ。誰からも好かれたいし、誰からも嫌われたくない。



だから周囲の顔色をよく伺うし、頼みごとも断れない。

それは私の駄目なところだとずっと思って生きてきた。


リーダー、というものは皆の先頭に立って自分の硬い意志を持ち、皆を引っ張っていくカリスマ性のある人間がやるものだと思っていた。



だが実際に選ばれるのはカリスマ性のあるリーダーよりも、調整力のある人間なのだとこの時に感じたのである。


その経験をもとに、俺は自分の短所だと思っていた部分が、実は長所であるのではないかと気づいたのである。


どうだいこれ。就活の面接で話すにはもってこいのエピソードだろう。


「・・・俺の長所については以上です。」


俺は何十回と練習したこの話題を噛まずに喋り終えた。

よし。これはいい印象だろう。


「えーっと。それで?その長所があって、何を成し遂げたんですか。」


来た。この質問は想定内だ。必ずされる深堀質問なので準備は万端にしている。


「はい。裏ごし絹豆腐愛好会では毎年学園祭で裏ごし絹豆腐の出店を出しています。しかしその年は、木綿豆腐を使いたい派閥があり、メニューをどうするかについて議論が紛糾していました。伝統を守るか、新しい風を取り入れるか喧々諤々着地点が見当たりませんでした。」



「そこで私は双方の主張を加味して【食べ比べセットを販売して、お客さんに決めてもらうのはどうか】という提案をしました。それにはサークルのみんなそりはいい!と賛成で、皆で協力して出店を行うことができました。さらにその年は、食べ比べ企画が人気となり売上が例年の2倍近くとなりました。」


よし。練習したとおりにうまく言えたぞ。このエピソードには文句ないだろう。就活中もこれにはあまり突っ込まれたことはないのだ。



「うん。素晴らしいエピソードだ。双方の意見をうまく調整してリーダーシップを取ったことがよく分かりますね。」



そうだろう。これは面接では必ず話す鉄板ネタなのだから。



「本当に貴方のおかげならば、ですが。」



キツネ目はまた何か俺が嘘をついているとでも言うのだろうか。



確かに面接では1のエピソードを5位に盛るのは当たり前で、どれだけ自然にバレない嘘をつけるかが勝負の分かれ目となる。



だが、このエピソードに関しては、全て嘘偽りなく本物だ。だからこそ、自身を待って話せるのだ。



「それで、お客さんに食べ比べしてもらった結果、絹と木綿どちらが勝ったのですか。」


「絹、が勝ちました。」



やはり伝統的に絹を扱ってきたサークルなのでノウハウやクオリティが絹の方が高く、絹がかなり優勢なまま勝利をした。



「学園祭のその後、木綿派の人達はどうなりましたか。」



「・・・サークルを辞めました。」



そうなのだ。木綿派はその後も諦めきれなかったらしく、サークルを辞め、新たにカッチカチやで木綿豆腐研究会を立ち上げたのだ。



聞くところによると、にがりの研究をとある研究室がバックアップしているらしく、理系男子の人気を博しているらしい。



「そこも、あなたの言う調整力の出番じゃないのですか?」



キツネ目は見かけどおりに痛いところをついてくる。

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天国でも貴殿のより一層のご活躍をご活躍をお祈りいたします いしかわさん @ishikawasan

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