天国でも貴殿のより一層のご活躍をご活躍をお祈りいたします

いしかわさん

第1話 一次面接

俺の名前は山田。21歳。都内の某マンモス私立大学の4年生だ。


学生時代は勉強もそこそこに、バイトとサークルに明け暮れた。裏ごし絹豆腐愛好会ではサークル長になり、後輩にも慕われてとても充実した日々を送った。


そして今日が俺の命日である。


それは一瞬の出来事だった。


就活戦線真っ只中の俺は、自転車に乗って志望企業の面接に向かう途中だった。


既に連戦連敗20連敗を重ねていた俺は、どうしてもこの企業の内定を勝ち取らねばと躍起になっていた。


前日は深夜まで面接で話す内容を練習してあまり寝ていなかったことが災いしたのであろう。


ふと自転車の運転中に意識が遠のいた瞬間があった。


そこから先は覚えていない。


気がついたら俺は『天国入場ゲート』という看板の前で、キツネ目の男の面前に座っていたのだ。


ということは俺はきっと死んだのだろう。


「初めまして。山田さん。」


キツネ目の男が、親しげに微笑みながら、いや。ニヤつきながらと言ったほうが適切か。

話しかけてきた。


「初めまして。あのここは一体。」


キツネ目はああ。っと言ってまるで自動音声の電話案内のように、手慣れた様子で、淡々と説明した。


「ここは天国への入口です。現世で亡くなった方は、まずここで天国への入場手続きを行います。ここの手続きで特段の不備がなければ、晴れて天国へ行くことができます。」


やはり俺は死んだのか。なぜか現状を悲しむというよりホッとしていることに驚いた。


まだこうして会話をして、体を動かすことができる。厳密に言えば体ではなく、魂なのかもしれないが。


だから実感が湧いていないのだろうか。


「貴方は死んだのですよ。」


キツネ目ははっきりと強い口調で私に言った。まるで悪さをした子どもを叱るかのように。


「俺は交通事故で死んだんですか。」


キツネ目はその瞬間、丸々と目を見開いて驚いた様子であった。


「貴方なぜ死んだのか分かっていないんですか。」

「はい、自転車に乗っていたところまでは覚えているんですけど。」


キツネ目は合点が行かない様子で首を傾げていた。


「ということは、過失によるということですか。しかしあれは、、まぁいいです。」


キツネ目は独り言をブツブツと呟いていた。

「それでは山田さん。今から面接をさせてもらいます。」


「面接?」


その言葉に少し身震いがした。今一番恐れている言葉だ。


「ええ。貴方が天国に行って然るべき人間かどうかを私どもの方で面接させていただくことになっております。」


「私どもって何人かいるの?」


「いえ。一次面接は私一人です。最終面接まで行くと神様と二人の上級天使が面接をすることになります。」


聞き慣れない人物ばかり登場して頭が混乱してきた。神様って本当にいるんだな。上級天使ってなんだ。とか色んな疑問が駆け巡るが、取り敢えず聞いて置かなければいけないことを聞いておく。


「もし面接でだめだったらどうなるんですか。」


ふと緊張して喉が乾いたな。と思ったが、実際は全然喉が乾いてた気がしない。

ああ。そうか。死んでるから喉が乾くことはないのか。だが、緊張だけはしっかりするのだから人間の魂とは難儀なものである。


「面接でだめだった場合」


キツネ目はいたずらに間をためてくる。

見かけどおりに意地の悪いやつだなこいつ。


「地獄に行くことになります。」


なんというか、まぁそうだろうな。と思っていた。天国に行けないならば、地獄に行くしかないのだろう。駄目元で聞いてみる。


「天国と地獄の中間ってのはないんですか。」


「ないです。」


キツネ目はやけにはっきりと答えた。


「人間の種類には、善人か悪人しかいないのです。中間人なんてものはいない。根っからの悪人は生まれてから死ぬまで悪人だし、善人は死ぬまで善人です。たまに、【確かに昔は俺は悪差をしていたが、大人になってから品行方正真面目一本でやってきた】なんてのたまう輩もいますがね。そんなことは関係ない。我々が悪人だと思ったら地獄。善人だと思ったら天国。ただそれだけです。」


キツネ目はやっと言いたいことを言えたというように、ホッと一息をついた。


なんだよそれ。結局独断と偏見による判断じゃないか。しかも、一次面接はこのキツネ目一人なんだろ?それって、こいつのさじ加減で俺の天界ライフが決まってしまうってことかよ。ああ。天国とはかく理不尽。


だがまぁ。なんとかなるだろう。

現世で俺は自慢じゃないが幾度となく圧迫面接とお祈りメールを受け取ってきた。祈られすぎて、むしろ俺のレベルが高すぎて周りがついてこれていないんじゃないかと錯覚するくらいに。


「結局君は何もやってないね」「何が言いたいのかんかわからない」「個性が見えないね」

こんなことは序の口で、もっと心にぐざぐさと棘を投げかけられてきた。


不思議なのは周りの友達の話を聞くと、殆どこんな言葉を投げかけられていないのだ。俺はどうも引きが悪いらしい。


だがその面接とお祈りを耐えに耐え抜いて、次の面接は志望企業の最終面接だった。そこで死んでしまったのだが。


それに俺はどちらかというと気の弱い性格だ。犯罪をしたこともないし、他人を傷つけるようなこともしたことがない。

いや、あるかもしれないが、自覚的に故意的にしたことは全くない。

きっと天国ライフが待っている。うん。大丈夫だ。


「それでは早速ですが山田さん。面接を始めさせてもらいます。」


その言葉の刹那、場の空気がピリつく。


ああ。嫌だなあ。この面接の空気感。この瞬間から俺は試される側で、相手は試す側になるのだ。どうあがいてもこの立場を覆すことはできない。相手がサバンナのチーターなら俺はガゼルとなる。圧倒的に不利な状況でギリギリまで追い詰められて、食うか食われるかのところをせめぎ合わなければならないのだ。


「それでは」


キツネ目はひと呼吸を置いて始める。


「まず、小学生の頃のことをお尋ねします。当時、仲間内でワンパケカードというカードゲームが流行っていましたね。」


おお。天国とはやはり凄いものだな。そんなことまで分かるのか。確かに小学5年生頃だろうか。ワンパケカードが流行っていた。家はお小遣いには厳しかったから、中々レアカードが集められなくて悔しかったなあ。


「はい。流行っていました。」


一体何を聞かれるのだろう。小学生の頃のことはあまり覚えていないが・・・


「田中太郎くんという同級生を覚えていますか。」


田中。覚えている。家がお金持ちでカードゲームをたくさん持っていたっけ。よくあいつの家に遊びに行って対戦をしていたが、ブームが終わってからは、殆ど話さなくなったなあ。


「田中くんのカードを盗みましたね?」


盗んだ。と言われてドキッとした。今の今まですっかり忘れていたが、その言葉でぼんやりと思い出してきた。


確かに俺は田中のカードを盗んだことがある。いや、厳密に言うとすり替えたのだ。


当時田中の家に未開封のカードパックが置いてあったので、出来事でつい開けてしまった。

その時の気持ちは、ただ何が入っているのか見てみたかった。それだけだったと思う。だが、その中に丁度俺が欲しかったレアカードが入っていたのだ。

その場には俺しかいなかった。今なら誰にもバレない。と思い自分の中のいらないレアカードそのカードを交換した。

その後、田中から何も言われなかったと思うので、きっと気づかなかったのだろうと思う。


だが、これを盗んだとは言い過ぎではないか。子どものちょっとした出来心だし、代わりのカードは置いているのだ。


「いいえ。貴方のやったことは立派な窃盗ですよ。」


キツネ目は俺の心を見透かしたように、きっぱりと言い張った。


何なんだこれは。天国に行くための面接って一体・・・


俺は額から冷や汗が流れた気がしたので、顔を手で拭った。


その手には何もついていなかったが、掌にはくっきりとした爪痕が残っていた。

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