第7話 雨
心配なことがあった。今は6月。青森県の四季は他の県より1か月ほど遅れてくるから、6月中旬から下旬くらいにかけて梅雨入りする。あと少しだ。まだ梅雨入りは宣言されていなかった気がするけれど、雨の日は増えてきている。
これから、生活用品を買いにいかないといけない。でも、私は車の免許は持っていない。誰もいない世界なのだから、適当に駐車場に停まっている車を失敬することも考えた。でもよく考えたらキーがないのだ。結局、自転車で移動するしかないらしい。
天気予報がない今、雨がいつ降るのか、どれくらい降るのかは重要だった。そのあとは、青森とはいっても30度を超える夏がくる。天気がいい日も増えるだろうけれど、体温調節が課題になってくるだろう。なにしろエアコンが使えないのだから。
猫は寒さに弱い生き物だが、暑さにももちろん注意しなければいけない。昨年、ハチが来たときは、一日中エアコンをつけっぱなしにして涼んだ。両親から、電気代が高いと怒られたけれど。
デパートとスーパーとコンビニ、それからドラッグストアは自転車で行ける範囲内にある。問題は、ホームセンターが遠いことだ。かなり長い坂を登らなければいけない。時間はたくさんあるから、のんびり行けばいいけど、暑くもなく雨でもない日を狙っていかなければ。
そう思っていた次の日が雨だった。ハチとコノはいつも通りだ。低気圧に弱い猫は多いとインターネットに書いてあったけれど、ハチとコノが具合悪く見えたことはない。ハチはいつも通り、私に遊んでくれとせがんで腕を掴んで後ろ足で盛んに蹴り、コノもいつも通り、ご飯が欲しいと鈴が転がるような可愛い声で鳴いた。
ハチもコノも、完全室内飼いだ。だから、急に世界から人が消えてしまったとしても、私さえいればハチとコノの世界は普段通り、変わらない。人がいなくなって不安にも思わないし、ご飯が出てきて猫砂があってトイレができればそれでいいのだ。
「雨だねぇ」
私は? 私はどうだろう。
世界なんてなくなれないい、私とハチとコノだけ、別の世界に行けたらいいと書いた次の日、本当に世界はなくなった。
もしまた同じように、同じノートに、「みんな戻ってきて」と書いたら世界は元通りになるのだろうか。
このままでは困る。一番困るのは、これから夏にわくであろう蚊だ。蚊はフィラリアを運ぶ。ハチとコノが罹ったら一大事だ。動物病院に行くこともできないから、治療ができない。ひと月に一度の薬も買えない。
意を決して、ノートに書きこんだ。
世界が元通りになりますように。人が戻って来ますように。
これまでの生活に戻れますように。
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