その2

 彼女の名は沖田百合子と言った。

 年齢は俺の想像した通り、年齢は現在54歳。中野でジュエリーショップを経営している。

 百合子はただジュエリーを売るだけでなく、デザインやアクセサリー制作も手掛けており、雑誌やテレビなどでも取り上げられるほどの有名人だ。

 既婚者で、某一流商社の営業課長をしている夫との間に男の子と女の子、それぞれ二人の子供に恵まれている。

 

 話は今から五年ほど前。

 彼女の店に一人の若い男性がやって来た。

 アルバイト募集の広告を見てきたと、はにかみながら履歴書を見せた。

 都内の某デザイン専門学校に通っている男性で、将来はジュエリーデザイナーを目指しているという。

 名前は佐久田始さくた・はじめといい、当時23歳だった。

 背は中背で痩せており、どこか気弱そうな感じはしたが、手先は器用でデザインのセンスもあった。

 人柄も良く真面目で、彼女も好ましく思っていたという。

 とはいっても、当時彼女は49歳。28歳の差である。

 自分の息子よりも年が下だという事になるわけで、特別な感情など抱くはずもなく、ただ”真面目ないい子だな”という程度の印象しか持たなかった。

 しかし、彼女の元で働き始めて一年経った頃、

”田舎にいる妹の誕生日プレゼントに何かを送ってやりたい。良かったら見立てて貰えないだろうか”と、仕事終わりに切り出した。

 百合子も雇い主として、その位はしてやっても良いだろうという、軽い気持ちから承知をし、買い物に付き合ってやった。

 その日は夫が出張していて、成人した息子と娘も家にいなかったので、買い物の後食事、そして酒となった。

 そこまで行けば、二人とも一応は大人である。

 どうなるかはもう想像がつく。

 気が付くと二人はラブホテルに入っていた。

 要は男女の関係になっていたのである。

『とんでもないことをしたとは思いました。でも、不思議と後悔はしませんでした』

 彼女は悪びれずにそう付け加えた。

 決して家庭に不満があった訳ではなかったが、始の情熱に対して、

彼女は久しぶりに自分のを取り戻したような気分になった。


 それからはもう、

”首輪の外れた犬”同様で、二人は人目を忍んで、いや、半ば堂々と関係を持つようになったという。

 自分の息子より歳が下の男性なのだ。

 いずれは自分から離れて行くに違いない、でもそれまでの間、彼と二人きりの時間を共にしていたい。

 まるで安物のメロドラマみたいなものだが、彼女はそう思っていた。

 しかし、始は付き合えば付き合うほど、ますます彼女にのめり込むようになっていった。

 このままずるずると関係を続けるのは良くない。

 そう思った百合子は、ある日彼に別れを切り出した。

 始はその言葉を聞かされ、はっきりと、

”嫌だ、百合子さんを僕のモノにしたい”

 結局埒があかず、店を解雇したが、それでも付きまとうことを止めない。

 こっちが彼を拒否すればするほど、向こうはタチの悪いストーカーと化してしまった。

 幸い夫にはまだ彼との事は知られていない。

 百合子としては、夫に知られる前にどうにかこの一件を解決したい。まあこういう訳だ。

『いいでしょう。お引き受けします。料金やその他については、紹介者の田中弁護士からお聞き及びの通りです。状況によっては多少手荒なことをしなければならない。その点ご承知おき頂けますね?』

 俺がそういうと、彼が私の事を諦めてくれるなら、多少の事は目をつぶります。そう言って何度も頷いて見せた。

『分かりました・・・・これが契約書です。よく読んで、納得出来たらサインをしてください』

 俺の言葉に、百合子は言われた通り、渡された契約書を幾度も読み返し、そして最後にサインをして寄越した。


 


 

 


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