第9話 二人、結ばれて

 翌朝、思いの外目覚めの良かったカルダはルッコの姿を確認しにいった。

 結果は当然といえばそうなのだが、やはり猫だった。

「おはようカルダ」

 朝の挨拶をしてくれるルッコはどこかぎこちないような気がした。

「坊っちゃま、どうかなさいましたか?」

 カルダの問いかけに対してルッコは僅かに言葉を詰まらせるものの、意を決して切り出す。

「カルダ、夜に僕の部屋に来てほしい。話したいことがあるんだ」

「ええ、わかりました」

 カルダはルッコと約束を交わした後、彼から改まった呼び出しがあるなんて珍しいと思いながら一日を過ごした。

 夜になり、就寝前のカルダは約束通りルッコの寝室に行く。

 部屋に入るとルッコはベッドに座って待っていた。

 黒猫は気まずそうに話し始める。

「来てくれてありがとう。話っていうのは昨日のことなんだ。実はカルダが眠ろうとしたとき、僕は少しの間だけ人間に戻ることができたんだ」

 咄嗟に昨日の記憶がカルダの脳裏に浮かび上がる。眠る直前に見た人の姿をしたルッコは本物だったのだ。

「戻った理由にも心当たりがある。叔父さんの言っていた、愛し愛される関係ってあったでしょ? だから……つまり、その……僕はカルダのことが好きなんだ」

 カルダは喜びよりも戸惑った。縁談のことを立ち聞きしてしまったことやルッコの領主としての将来、マードの立場など様々な情報が彼女の全身を駆け巡る。

 ルッコは何も言わないカルダの態度を不安に思ったがそのまま話を続けた。

「昨日の夜、僕は眠る前のカルダに告白しようとして……僕が伝える前にカルダは寝ちゃったけど、僕の身体は人に戻ったんだ」

 ルッコの告白に混乱しつつもカルダは状況を整理していく。

 自分はルッコに想いを寄せていて、ルッコも自分に好意を抱いていてくれている。相思相愛なのは間違いない。

「僕はカルダが好きだ。カルダは僕のことをどう思ってるの?」

 ルッコの問いに対する答えなんて決まっている。ルッコを想い続けたカルダの気持ちは抑え切れるものではない。

「私はいつだって坊っちゃまのことをっ!?」

 カルダはルッコの元へ歩み寄ろうとして転んでしまう。

 すぐに反応できずに倒れ込むカルダは、せめてルッコにはぶつからないようにと手を伸ばす。

 ふと気がつくとカルダは頬に温もりを感じた。彼女が顔を上げるとそこには人の姿をしたルッコがいる。

 倒れ込んだカルダの身体はルッコが受け止めており、二人は重なるようにしてベッドに横たわっていた。

「カルダ、怪我はないかい?」

「はい」

「なら良かった」

 潤んだ瞳で交わされる短い言葉。ルッコは呪われる直前と同じ姿だった。髪の艶さえも変わっていないように思える。

 二人はしばらくベッドの上で抱き合って、寝支度をした後はまた同じようにベッドで抱き合った。

 明かりの消された暗い部屋で向き合う二人。

 カルダは縁談の話を聞いてしまったことをルッコに打ち明けるが、ルッコは彼女に気にしないと囁く。

「僕はカルダが好きだ。そう父さんに伝えるよ」

 月明かりに照らされる部屋で、ルッコの瞳に宿る強い意志がカルダに伝わる。

「坊っちゃま。少し私の昔話に付き合っていただけませんか?」

「うん、聞かせて」

 なぜ自分の昔話をしようと思ったのか、カルダ自身にもわからなかった。ただ、ルッコに聞いてほしかったのは事実だ。

「私はこのお屋敷で働かせていただく前までずっと奴隷でした。私は家族の顔もわかりません。物心ついた頃には同い年くらいの子どもたちと一緒にあちこち連れまわされていました」

 ルッコは何も言わず、ただ静かに聞いている。

「奥様とお会いして、私は救われました。お屋敷で住み込みの仕事をさせていただき、衣食住に困らない暮らしができるようになったのです」

 暗い部屋の中でもルッコの視線を感じる。彼が今どんな表情をしているのかカルダにはわからない。

「私の役割は坊っちゃまのお世話でした。それはずっと変わりませんが、最初は仕事ができなくて不安でした。それでも、奥様は私を気にかけてくださり……亡くなる前にも、坊っちゃまのことを私に任せたいとおっしゃってくださいました」

 カルダがレカの墓参りや手入れをマメにする理由にはこれであった。親の顔も知らない彼女にとって、レカは母親のような存在だったのだ。

「私は……坊っちゃまをお守りすると奥様に約束しました。ですが、坊っちゃまは呪われてしまって……」

 カルダがそこまで話すとルッコが抱きしめてきた。温かい腕に包まれ、カルダの心は安らぐ。

「カルダはちゃんと僕を守ってくれたよ。呪われたのは僕が飛び出したせいでもあるんだし、母さんだってカルダを悪く思わないよ」

「坊っちゃま……」

 一呼吸おいてルッコはカルダに囁く。

「明日、二人で母さんのお墓に行こう」

「はい、坊っちゃま」

 そう約束して、二人はお互いの体温と鼓動を感じながら眠りについた。

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