第6話 黒猫或いは主人の入浴
どんな仕事にも難しいことや手間のかかることはある。今のカルダにとってはルッコの入浴がそれだった。
浴室につれこまれたルッコは震えながらカルダを見る。
「カ、カルダ? 僕は入浴を遠慮したいな〜って思うんだけど……」
「ダメです」
おずおずと伺ってみるものの、入浴のために裸となったメードはキッパリと否定する。
「いつもみたいに濡らしたタオルで拭くんじゃダメなの……?」
「ダメなんです」
これは本当にダメだと怯えたルッコはカルダから逃げるために部屋の隅まで走る。
元々は綺麗好きで毎日入浴していたルッコだが、猫になってからは大量の水を怖がるようになった。普通の猫も水を怖がるらしいので、猫になったルッコも同じような状態になったらしい。
カルダもそれを知っているのでこれまではルッコを極力大量の水に触れさせないように努めていたが、汚れが酷いので今日は彼の全身を洗う。
「今日はしっかりと洗わせていただきますよ。視察のときから土埃がついていましたし、何より坊っちゃまは途中で土の上に落っこちたじゃありませんか」
日中、ルッコはカルダの持っていた資料を見ようと身体を乗り出して地面に落っこちた。一応土は叩いて落としたものの、毛の間に絡まったりして残った汚れがないとは言い切れない。
ルッコも入浴が必要だとはわかっているのだが、嫌がるのは水への恐怖だけではない。
「なら、僕だけで入るよ……」
「そうはいきません。私もご一緒します。坊っちゃまの姿だと身体を洗いにくいでしょう?」
そう、ルッコが入浴を嫌がるもう一つの理由はカルダが一緒に入ろうとするのだ。それも彼女は裸である。勿論タオルで多少は身体を隠しているが、それも今だけのこと。
「そんなに嫌がらないでください。お風呂ならもう何百回も一緒に入ったじゃないですか」
「それはもっと幼い頃の話だよ〜」
幼少期を一緒に過ごし、お互いに素っ裸の状態で入浴したのも数え切れないほどあるが、今の年齢でそうはいかない。ルッコも外見こそ黒猫だが中身は年頃の青年なのでカルダを異性として意識してしまうのだ。
けれどもカルダはそんな彼のことなどお構いなしにルッコを捕らえる。
「ふふっ、いっぱい綺麗にして差し上げますからね。坊っちゃま」
ルッコと入浴する機会なんて最近では滅多にないのでカルダは上機嫌だ。
無論彼女にも異性への恥じらいがないわけではない。他の男性には絶対に素肌を見せないし、ルッコが人の姿であればそれなりに恥じらっただろう。
ルッコが猫の姿であることが彼女にある異性としての抵抗を少なくしていたのだ。
尤も、ルッコが人の姿でもカルダは一緒に入ることを望むだろう。出会った頃からルッコはカルダを姉のように慕っており、カルダもルッコを可愛がっていたので一時期は姉と弟のような関係でもあった。その影響が今の二人の関係や心の奥に根強く残っているのだ。
その日、浴室では身体を洗われるルッコの叫び声が響いていた。
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