第2話 回顧録 黒猫になったときのこと

 ルッコも元は普通の人間だった。

 艶のある黒髪に愛らしさを残した顔立ちと身体つき、部屋でも着ているお気に入りの外套は髪の毛と同じ色。

 好青年であり、次期領主として領民からも親しまれていた。

 そんな彼に試練が訪れる。

 領地で魔物が悪事を働くようになったのだ。

 領民を守らねばならないとルッコの叔父であり、この領地の警護を任されているトンカが兵を連れて討伐に向かった。

 日々鍛錬していたトンカたちは強く、強力な魔物を徐々に追い詰めるがあと一歩のところで取り逃してしまう。結果として魔物はルッコたちのいる屋敷へと行ってしまった。

 魔物は自分の命を狙うトンカへ復讐すべく、血縁者であるルッコと彼の父であり領主のマードを殺害しようとする。

 魔物が屋敷のドアを蹴破って侵入すると、悪いタイミングで広間にルッコとカルダがいた。

 都合がいいと魔物は思ったが、それは間違いだ。

 カルダはルッコの護衛を務めるほどに強く、騒ぎを知って駆けつけたマードも武道の心得があるため、いくら強力な魔物でも手負いの状態では分が悪い。

 単純な戦いの結果だけを見ればカルダたちの圧勝だったがそれで終わるほど魔物も甘くはなかった。

 魔物は死の間際に呪詛を吐き、カルダを道連れにしようとしたのだ。

 四方に飛び散る死に際の呪いは凄まじい悪意と力が込められている。

 死を覚悟したカルダだったが、そこへルッコが飛び出して彼女を呪いから庇った。

 カルダは助かったが代わりに彼女を庇ったルッコと近くにいたマードが呪われてしまう。

 その呪いがルッコを黒猫に、マードを熊にしてしまったのだ。

 どうにか呪いを解けないかと領地の術者に相談するものの、一向に解ける気配はない。

 術者曰く。

「死の間際の呪いを受けて命を落とさなかっただけでも僥倖。だが呪い自体は非常に強く生半可な方法では解くことができない」

 術者の言葉を聞いて途方に暮れるルッコたち。彼らに希望が見えたのはマードの提案でルッコの母であるレカの墓参りをしたときであった。

 元は魔物退治の報告をしてルッコの気分を少しでも変えられればと思い提案された墓参りだが、その数日後にマードは熊から人の姿に戻ることができた。

 しかし、ルッコの黒猫化は戻らない。

 気を落とすルッコのためにトンカが呪いについて調べることで励まそうとする。

「魔物の呪いを解くには人の絆が鍵になることもあるようだ」

 トンカが言うには墓参りをしたことでマードとレカの絆がより強いものとなり、魔物の呪いに打ち勝てたらしい。

 この言葉はルッコの呪いが解ける可能性を示したが、同時に彼を悲しませることとなった。

 レカはルッコが幼い頃に世を去っている。彼は短い間しか一緒に過ごしていない母は自分と親子の愛を持っていなかったのではないかと思うようになってしまったのだ。

 ルッコの心に真っ先に気がついたのはカルダだった。彼女がやんわりと遠回しにアプローチするとルッコは自分が母に愛されていなかったのではないかと泣き出してしまう。

 ルッコは年齢と比較して精神面が未熟というわけではない。それだけに普段見せることのない彼の涙はルッコの悲しみを痛いほどに表している。

「そんなことはありません。奥様は坊っちゃまを愛しておられます。魔物の呪いで坊っちゃまと旦那様が命を落とさなかったのも、きっと奥様がお守りくださったからですよ」

 この説明はルッコを慰めるためでもあったが、レカに対するカルダの本心でもある。何よりルッコには亡き母を恨んだりしてほしくなかった。

 その他にも、奥様は旦那様の呪いを先に解いただけだとか、解け難い呪いだから時間が掛かっているとか、カルダは思いつく限りの言葉でルッコを元気づけようとする。

 ルッコも幼子ではないので彼女の言葉の全てを信じたわけではない。そうであってもルッコの悲しみは次第に消えていった。

 例え呪いが解けなくても母の愛を疑う必要はない。一緒に過ごした時間は短くてもレカは確実にルッコを愛してくれたのだ。

 そう思えるようになったことを、ルッコはカルダに感謝した。

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